ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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序章(2)


その男は、エア・ポートへと続く通路に佇んでいた。

帝国軍内においても珍しい、全身を体毛に覆われた亜人であるその男は
肩の張った軍服と黒光りする軍靴に身を包み、何処か異彩を放っていた。

誰かを待っているわけでもない。
誰かが見送りに訪れる予定があるわけでもない。
その男はただ、眼下に広がるエア・ポートを眺めていた。

しかし異端者という者は悲しいかな、何処にでも存在する。
彼が珍しく物思いに耽っていると、彼方から自身を呼ぶ声が聞こえてきた。

「……中佐!バセス中佐!」

現実に引き戻され、拒絶するまでもない些細な不快さと共に顔を上げると
こちらに向かって、見慣れた男が駆け寄って着た。

「……ユイ・ゲラール中尉」
「はあ、はあ……良かった、間に合いました……バセス中佐」

意表を突かれたバセス中佐は、いくらか驚きの表情を浮かべたが……
普段の冷静な姿勢を取り戻すと、息を切らした青年に声をかけた。

「見送りは要らないと言ったが……中尉。いや、いまは大尉だったか」

中佐の言葉を受けると、何か不備でもあったのだろうか、
露骨に反抗的な表情を浮かべた中尉、と呼ばれた青年が言葉を返す。

「上が勝手に決めた事です。中佐の前では、中尉で構いません」
「モンデロッサ防衛の成果が認められたのだろう……素直に受け止めたまえ」
「評価されるべきは中佐です!自分ではありません!」

周囲に怒声が響き渡り、道を行く人が二人に怪訝な表情と視線を向けた。
空気を察したユイ・ゲラール大尉は、頭を振りながらも言葉を続ける。

「……自分は納得出来ません」
「困った物だな。以後は貴様も小隊を任される立場になるのだぞ」
「それだけではありません。中佐の異動も含めてです」

眉を吊り上げ、大尉の本心を察する中佐だが、黙って彼の言葉を逃がした。

「話では、機械人調査の為に中佐はベイジラへと向かわれると聞きました」
「耳が早いな。それが?」
「あてつけじゃないですか!
機械人調査を名目にした地方派遣など、左遷と同じ事ですよ!」

再度ユイ・ゲラール大尉が感情的に声を張り上げるので、
バセス中佐は露骨に不愉快だ、と示すように辛辣な視線を向ける。

「……慎みたまえ、ユイ・ゲラール大尉」
「も、申し訳ありません、バセス……中佐……」

ユイ・ゲラール大尉にしても、他意や悪意があって起こした事ではない。
これまでの長い付き合いと、
彼の忠実な姿勢を思い返した中佐は表情を緩めて続ける。

「貴様は、今度の異動が上からの一方的な指示だと、誤解しているのかね」
「……違うと言うのですか?」
「ベイジラ領、東リル・ディスへの転属は私自ら志願したものだ」
「え……何故です!?」

意外な中佐の言葉に、素直に驚きの意を示してしまう大尉ではあったが、
どう冷静に捉えても……納得はいかないだろう。
自身の階級や立場など省みず、中佐に問い詰め、詰め寄ってしまう。

「貴様は機械人の事を何処まで知っている」
「子供が読む御伽話や夢想家の学者達が探求している空想上の存在だと」
「それだけの理由で、帝国軍上層部の人間が執拗に追い求めると思うか?」
「下の人間からすれば、人事異動の言い訳に過ぎないと考えます」

頑なに拒絶する元部下の姿を見て、
肩をすくめた中佐は子供を宥めるように話を続けた。

「……私自身は、機械人は実在する物だと踏んでいる」
「!……本気ですか!?」
「貴様も私を笑うかね?」
「い……いえ、自分は……」

普段の冷静な……時として冷徹な表情を見せる上官からすれば、
耳を疑うような言葉であった。事実、中佐の言葉を受け入れられない彼は
しどろもどろになりながらも、一体中佐が
何処まで冗談で口にしているのか判断出来ずにいた。

「カッセ・ユイ・ゲラール大尉。ゲラール家の歴史を背負う貴様の事だ」

不意に真意を突かれ、大尉は言葉を失ってしまう。
只でさえ、虚偽か真実かともつかぬ言葉を聞かされ続け、彼は動揺していた。

「帝国軍公報においても、重要なポストに置かれた貴様だ。
私のようには成らず、先代の名に恥じぬようキャリアを積んで行けば良い」
「中佐……自分は……」

図星を突かれ、裏を突かれた大尉は返す言葉が見つからなくなってしまった。

軍校出身の自分が大した成果も挙げずに短期間で現在の位まで昇格した事、
そして亜人である、という異端な存在である中佐の元で経験を積み、
またこの事実が皮肉として中佐を帝国本土から遠避けた事は、
自身が帝国軍の歴史において名門であるゲラール家の出自である事実から
自身の重責ではないかと、思い詰めていたのだ。

密かに募らせていた思いが、尊敬する上官に見抜かれていた上、
さらに部下に対して配慮した言葉を続ける中佐を前にして己を恥じた。

「申し訳ありません、中佐……自分は、中佐を」
「大尉。貴様は良く出来た部下だ」
「え……?」

「私のような上官に、いままで良く尽くしてくれた」
「やめて……やめてください、中佐!」
「過去の経緯と経験は、配属された次の小隊で生かしていけば良い事だ」
「中佐!出自の事も、階級の事も!全て他人が決めた事です、中佐!」

「……受け入れたまえ」

大尉には正直、何故中佐がここまで、
自身を切り捨てて言葉を残してくれるのかが理解できなかった。
己の未熟さを噛み締めればこそ、返す言葉が見つからないのであった。

「中佐……」

頭を垂れる元部下に、これ以上話を続けても無意味だと察したのだろう。
バセス中佐はふいに、思いも寄らぬ問い掛けを投げた。

「大尉、貴様は何故、この帝国軍が存在すると考える?」
「え?何故とは……」
「歴史を垣間見た時、
軍隊というのは他国侵略か、自国防衛の為に意義を成すのだ」

上官が何を言い出しているのか把握出来ない大尉は、余計に
思考と思慮を巡らせるだけなのだが……徐々に彼の問いを理解し始めた。

「だがこの世界において、帝国軍というのは何を成していると考える?」
「……それは」
「意味も意義も持たぬのだ。ただ失われた歴史に捉われ、執着している」
「中佐は、その核心が機械人に委ねられているものと?」

「形骸と化した帝国軍が、事の本質も無く追い求める物……」
「……もしや、中佐は歴史の変革を垣間見ようとしているのですか?」

珍しく多弁な中佐の言葉に引っ張られては来たが、
ここまで話して不意に口を閉ざした彼の姿に、大尉は言葉を失った。
同時に、中佐の決意とその重圧を感じ取ったのだ。

「自分がどれだけ言葉を重ねても、もはや止められないのですね」
「貴様は私の事も、夢追いの馬鹿だと笑うかね?」
「……いえ、自分は小さな人間です。笑う事など出来ません」

「貴様は、他の者の期待に応え、軍内においてその名を挙げて行けば良い」
「真に笑われるべき道化は、自分ですね……中佐」
「形に捉われず、本質を追う事だな」
「……はい」

間もなく、エア・ポート構内に出立のアナウンスが入った。
中佐も帝国を離れ、ベイジラ領リル・ディスへと向けて出立する時が着た。
もはや、大尉には彼を止める言葉も、理由も見つからなかった。

「お気をつけて。お早いお帰りを」

彼に返ってくる言葉は無かった。
背を向けた中佐はそのまま、後ろを振り返る事無くその場を後にした。

「中佐……お待ちしています」

その願いが叶えられる事は無いと知った上だろうか、
奥歯を噛み締めた彼は、やり切れない気持ちに苛まれ、踵を返した。

「……形に捉われず、本質を追え、か……自虐だな」

形の見えない不快さに包まれているのは、大尉だけではないようだ。
失笑、と呼ぶべき笑みを浮かべた彼は、
険しい表情のまま言葉を残すと、帝国本土を後にした。


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