ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第一章(11)


ゴーストの異変を最後まで見届ける間も無く、
放出される白色の光に包まれる中、ネネコは別の空間に飛ばされていた。

夢を見ているのだろうか。

青海の雲上、一面に広がる空の只中に、ネネコは居た。
飛んでいるのか、立っているのか、浮いているのか。

何処か感覚をひとつ抜き取られたような感覚に襲われ、
現実味の無い世界が眼前に広がっていたが、
そこに居る、という事だけがリアルであった。

空に居るのは、ネネコだけでは無かった。
少女をこの場へ誘った張本人、ゴーストだ。
しかしその姿は変貌を遂げ、また別の者として映る。

黒色の翼を広げ、空の青と雲の白の世界に大きく身体を伸ばすと、
ただ闇を映すだけの瞳が、唯一の真実としての存在を示していた。

その姿は何処か、烏の様に見えた。

「カラス……あなたが、ゴーストの正体……?」

放出と消失を続け、霧とも幻ともつかぬ身体が変化し続ける中、
ぐるり、と回る瞳が宝石の様に鈍く光り、やがて口を開いた。

「……やはり、君だったんだね」
「え?」

「僕の正体など、とても些細な事だよ……ネネコ・クローネル」
「?……わたしの名前を、知ってるの?」
「僕は、僕達は生有る者の心に触れる事が出来るからね」

すべてが黒で塗り潰された烏の姿は不気味ではあったが、
その言葉は穏やかさで満ち溢れていた。

「みんなは?ボジョやニッチや、コポルは何処へ行ったの?」
「何も変わらないよ。君の心だけを、此処へ連れて来た」
「……じゃあ、ゴラム達は?」
「うん?」

烏にとっては、意外な言葉であった。
ネネコの意思がどちらに向いているのか、一瞬理解出来ずに眉を顰める。

「君は、生命を持たない者の心配まで、いちいちしているのかい?」
「命の有る無しなんて、わたしには解らないよ。
だけど、わたしに殴られた時、あの子達は痛かったんじゃないかな」

「……」

「操っていたのは、あなたなんでしょう?
ほら、見て……わたしの手には、あの子達の身体がまだ残ってる」

差し出すネネコの手の甲にはたしかに、塵と化したゴラムの一部が
ざらつく感覚と共にこびりついていた。

「不思議な子だ……それが君の、感じ方なんだね」
「不思議?」
「大丈夫だよ。ゴラム達はどの道、夢の中へと消える事になったんだ」

「何?……何を言っているの?」

「ゴラム達だけじゃない。地下通路も古代遺跡も、もうすぐ姿を消す」
「あなたの言葉の意味が、よく解らないよ」

目の前に広がる光景だけでも、十分に思考を鈍らせる原因になっていたが
淡々と言葉を紡ぐ烏の本心が、何処にあるのかまるで実感が沸かなかった。

「使命を終えたんだ。正しくは、もうすぐその使命を終える」
「使命……」
「そうだよ。君を迎え入れ、そして迎えに来て貰う、というね」
「もしかして、わたしの心に語りかけてきた声の主の事?」

ここで初めて、烏の口の端が緩み、微笑んだ様に見えた。
一息の間を入れ、彼は満足そうに最後の言葉を告げる。

「さあ、はやく会っておあげ。彼はずっと……待っていた」

突然、そして緩やかに周囲の景色が変わり始めた。
空が夕闇に染まり、やがて眩しいオレンジへと変わっていく。
ネネコの身体も、光を放出しながら消え始めていた。

「待って、行かないで!まだわたし、あなたに聞きたい事が……」
「行くのは僕じゃない。君だよ」
「また会えるよね?カラスさん!」

視界がぼやけてきた。
四隅が白く染まり、徐々にすべてが色彩を失っていく。
手を伸ばしても、もう何処にも届きそうには無かった。

『君の意思と僕の心が、また巡り合う事を望むのならね。
また、いつか』

ネネコの心に言葉が染み込んでくると、やがて完全に身体は消失した。
後には、佇む烏の姿だけが残る。

「ふふふ、カラスさん、か。やはり魂と精神は、
己の身体から逃れる事も出来ず、縛られ、支配され続けるものなんだね」

「僕がネネコ・クローネルと言の葉を交わした事、
貴方は咎めるのでしょうか……グラン・バモ・ガメイサ。だけど、
人の行動が、必ずしも自身の意思に寄るものとは限らないでしょう」

烏は……エモーザは、自嘲気味に笑みを零すと、翼を丸めて姿を消し始める。

「僕も貴方も、世界に干渉すべき時なのだと確信しましたよ。
守らなければ……彼と、彼女を。ただ託すだけでは、駄目なのです」

夕闇は漆黒の月夜へと移り変わり、この世界にも終焉が訪れようとしている。

「ネネコ・クローネル。今度は君が、僕に会いに来てくれ。
その時僕の身体は目覚め、君と世界の力となる事が出来るだろう」

光は闇に飲まれ、すべての始まりである「無」へと帰そうとしていた。

「それまでは、さよならだね」

残ったのは「無」だけだ。
やがて、生命の誕生を祝福する歌が、この世界にも生まれるだろう。


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