ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第一章(13)
光の収束が止むと、緑光輝の中からネネコが姿を現した。
今度は意識を失った様子も無く、ゆっくりと床に足を降ろす事が出来た。
見回すと階段があるわけでもなく、天井に穴が空いているわけでもない。
何処から侵入出来たのかは不可解ではあったが、完全な密室でも無かった。
前方には、奥へと続く通路が覗いている。
迷う事も、戸惑う事もないだろう。
ネネコは警戒を解き、足を前へと進めた。
「なんだろう……歌?女の人の声かな」
ネネコの耳には女性を想像させる優しいメロディが流れてきていた。
人の声だとは断言出来なかったが、心地よい響きだ。
「らら、ららら、ら、ら……」
響く声に合わせて口ずさんでみる。
聴いた記憶があるのだろうか。どこか懐かしさを感じる。
「ん……緑色の光が、たくさん舞ってる」
ネネコを誘った物と同じ、しかしひとつひとつは小さい光の玉が
床に降り注いでは宙を舞い、淡い緑色の光を発している。
通路の壁には、やはり地上の遺跡で見た古代文字が刻まれていた。
「クォン、マセルタ……アンフェルト……ら、らら……」
女性の声と共に歌を口ずさむと、見知らぬ言語も親しい物として錯覚する。
やはり意味までは解らなかったが、異質さや違和感は消えている。
やがて、この通路にも終わりが見えてきた。
「わあ……部屋が輝いて見える」
通路が導いた先は、幾つもの貴金属に祭られた聖台であった。
金、銀、まばゆい宝石達、世界中の美しい物を集めたかのような聖台は、
何を語るわけも無く、ただ静かにネネコを招き入れる。
しかし、ネネコが目を奪われたのは財宝の山ではなかった。
聖台の中心に佇む、何処か寂れた石像。
ドーム状の広間で見たどの石像とも違うが、朽ち果てた事に変わりは無い。
金色の輝きの中で、ネネコはただ、その巨人の像を見上げた。
「……そうか」
神殿に足を踏み入れた時、緑光輝の球体に触れた時と同様、
ネネコは心を吸い込まれるような感覚に包まれた。
「そうだったんだ。あなたが……」
ネネコの瞳は薄緑の光に満たされていた。
やがてゆっくりと、一段ずつ確かめるように階段を昇る。
一歩一歩進むごとに、心の隙間が埋まるかのような安心感が募った。
何時の間にか、女性の歌声は遠くに聞こえなくなっていた。
対して緑光輝の球体はその数を増し、ネネコと巨人の像を包み込んでいく。
ネネコは巨人の像に手を添えた。
温かい感触が伝わってくる。
「温かい……声が聞こえてくる。わたしを呼んでいたのは、あなた?」
撫でてやると、温かさが手の平を追ってついて来る。
だがこの巨人の心の奥には、少しの冷たさが宿っていると感じた。
「どうしたの……どうして眠っていたの?
ひとりでいる事が、寂しかった?大丈夫、わたしはここにいるよ」
朽ち果てたはずの巨人の瞳に、光が灯ったように見える。
心の冷たさも少しだけ、和らいだようだ。
何故、自分にはそう感じられるのかが解らなかったが、それが実感であった。
「そうだよ……わたし、あなたに会いに来たんだよ」
錯覚では無い、と確かめる為に、ネネコは巨人の身体を登り、
突き出た胸の前にしがみつくと、その表情を見守った。
笑ったわけではない。光が灯るわけでもない。
しかし、ネネコを迎え入れてくれた事が感じ取れた。首元に目を落とすと、
遺跡のそこかしこに刻まれていた古代文字と同じ、刻印を見つけた。
「あなたにもこの文字が……エクリス語とも、シハンス語とも違う……だけど」
刻印の文字を指でなぞり、ネネコは声に出して読んでみる。
「え、るむ……ううん、違う……エル、マ……エルマー?」
『エルマー』と名前を呼ぶと、突如部屋の輝きが強くなった。
緑光輝が黄金へ、そして穏やかな白色の発光へと変化し、満たされると
ネネコと巨人の像を包み込み、降り注いだ。
「何……光が満ち溢れる……目を、覚ますの?」
巨人の像が光の収束を始めると、石化したその身体は徐々に覚醒を始めた。
頭から胸へ、そして四肢へと光が伝わり、肉体は目覚めていった。
五体に緑光輝の宝玉が灯ると、やがて純白の身体が姿を現した。
共に白色の輝きを発していたネネコからも光の放出が終わり、
流れる風は赤い髪を撫でながら、穏やかさを取り戻す。
部屋に溢れるどの輝きでさえ見劣りするような奇跡の中で、
ネネコは決して目を逸らす事無く、エルマーの変化を見守っていた。
先程までネネコの心に語りかけて来ていた声は、もう聞こえない。
緑光輝の球体も、すべて消え失せてしまった。
その輝きすべてを身体に封じ込めたエルマーの瞳が、優しく灯る。
「エルマーなのね……あなたの名前は、エルマーなのね?」
ネネコの声を感じるのだろう。
エルマーの瞳はうっすらと収縮し、そして光が溢れた。
「おはよう、エルマー。
わたしはネネコ。ネネコ・クローネルだよ」
やっと会えた。
やっと巡り合えた。
何時からだろうか。無意識の中で、エルマーの元へと辿り着く事が、
この旅の目的となっていた気がする、とふと脳裏に浮かぶが、
何よりも目の前で輝くエルマーの存在こそが大切だと感じた。
エルマーも同じ気持ちのようだ。
ずっと待ち焦がれていた人に、出会う事が出来た。
ネネコ・クローネル。
初めて出会う人、初めて聞く名前。だけどずっと…待っていた。
床に降りると、ネネコは純白のエルマーの身体を確かめる。
エルマーが見つめると、目の前の少女は、優しく微笑んでいた。