ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第二章(19)
エルマーと共に舞い降りた先は、やはり痛々しい焼け跡であった。
オルデマスが炎上した夜の雨は、長い時間降り続けたのであろうか。
所々、点々として大きな水溜りを形成していた。
気を失っていたネネコには気がつく事が出来なくて当然だが、
雨は三日三晩、延々と傷ついた大森林を癒し続けた。それは同時に、
エルマーがただ一時も休まずにネネコの治療を試みたという事なのだが。
「……燃えた。焼けたんだ。
あの子だけじゃない。きっと、みんな……怖い思いをしたんだ」
目を伏せてネネコが言う「あの子」とは、黒塊と化した鹿の事だ。
オルデマスの焼け跡は、ただ静かだ。
恐怖の渦と化し叫び声で溢れた三日前の晩が夢幻の出来事かと見紛う程に。
肩を落とし、小さく見えるネネコの傍にエルマーが近付く。
はっ、と我に返ったネネコは、無理に笑顔を作って微笑んでみせる。
「だけど。
だけど、エルマーが助けてくれたから、炎はみんな消えたんだよね。
ありがとう、エルマー。きっと、みんなも感謝してるよ」
無理に作る笑顔は、やはり笑顔ではない。
ネネコはすべてを言い切る前に言葉に詰まり、瞳に涙が溜まり始める。
みんな、というのは生き延びた動物達だけを指す物では無いのだから。
エルマーは、胸を締め付けられる感覚に襲われる。
心の優しいネネコ。
生きるものだけでは無く、死を迎え、生きたものの事さえも尊ぶ心。
エルマーに、出来る事。
エルマーが、見せたかった世界。
間もなく訪れる。
エルマーは、ただ静かに両腕を広げる。
「?……エルマー?」
両腕を広げたエルマーは、そのまま動かなくなってしまった。
声が聞こえてくるわけでもない。ただ、静寂が続くだけだ。
困惑するネネコだが、ふと視線を落とした時に小さな光を見つけた。
「何だろう……あっ、光?黄色の……青、紫……
えっ?何、いっぱい……いっぱい出てきた!」
瓦礫と化した黒い世界、ネネコやエルマーの足場からは
次々と光の粒、光の玉が溢れてくる。
太陽が照る下では、凝視しなければ見つけられなかったかもしれない。
それほどに微弱で、か細い光の玉だ。
「エルマーの光じゃない。だとしたら、これは……この子達は……」
程無くして、今度は音が聞こえてくる。
光と同様に微弱な……繊細な音。
「鈴の音……鍵盤?綺麗な音……何?何が始まるの?」
エルマーに視線を送ると、やはり微動だにしない様子だ。
両腕を広げたまま…しかし、何時の間にか瞳が白色に変化している。
地面から空中に向けて浮かび上がる光の玉が、エルマーの瞳に映り込む。
「りんりん……らんらん……
声も聞こえてきた?ピアノ……ハープ……何?歌ってる……」
ネネコの胸が躍って来た。
歌だ。音楽だ。
誰が、何処から奏でているのかは解らないが、徐々に音が集まってくる。
「わあっ!」
光が溢れる地面に注意を向けると、緑色の若葉が顔を出していた。
ひとつやふたつではない。
シャボンの泡が弾ける様に、愛らしい破裂音と共に次々と芽を出し始める。
「らんらん、ららら……らんらら……みんなだ。
みんなが歌ってるんだよ、エルマー!凄い……みんなが目を覚ますの?」
溢れる若葉は、驚く程の速さで成長を始める。つい先程に
目を出したばかりの若葉が、すでにネネコの足首の高さまで成長している。
気がつくと、鍵盤だけでは無く……打楽器、弦楽器の音色さえも聞こえてくる。
「わああ……わあい!
みんなが生き返る……ううん、そうじゃない。みんなが生まれ変わるんだ!」
ネネコの足首をくすぐりながら目覚めと成長を続ける草木達と遊びながら、
大きく、くるくるとネネコは踊り始めた。
嵐の中で聞こえたように、女性の高音域の歌声が周囲に溢れ始める。
「あ、そうだ!良い事思いついた……
エルマー、お腹を開けて。わたしのリュックサックを貸して!」
すでにエルマーの瞳には緑光輝が灯り、構えも解いた状態であった。
ネネコの願いを聞き入れ、再度少女を自身の中へと受け入れる。
勇んで飛び込み、外に駆け出す頃にはネネコの掌にオカリナが握られていた。
「エルマー、これ知ってる?
オカリナ!わたしの宝物なんだよ……みんなと一緒に、演奏しようと思って。
綺麗な音色だよ……いい?聞いていてね」
ネネコは瞳を閉じると、オカリナの穴に指を添えて音を奏で始める。
周囲に溢れる音色と共に、優しいメロディが流れ始めた。
目覚める草木も誕生の祝福を受けてか、より快活にその背を伸ばしていく。
美しい世界だ。
エルマーは、ネネコにこの世界を見つめて貰う一心でこの場に誘ったのだが
逆に自身が、見た事も無い幻想的な音楽会へと招待されていた。
『みんな……ありがとう……』
エルマーはこの場に集まった仲間達に、心からの言葉を送る。
ネネコ・クローネルには聞こえなかった様だが、然したる問題ではない。
エルマーの声に応えているのだろう、ネネコを中心として音楽は続いていく。
白昼に起こった、夢の世界の出来事であった。
赤く濁るリュシード本河から派生するエンタゴ川の中流に赴き、
足を止めたネネコとエルマーは、輝きを発する砂利を踏みしめながら
お祈りをするかの如く、掌を合わせて瞳を閉じている。
「……これはね、わたしが育ったカサヤに伝わる、
亡くなった人達を天国に送る為の大切な儀式なんだよ」
目を開けたネネコはエルマーに振り返り、
小さな指先に摘んだ緑色の帆掛け舟を掲げ、言葉を続ける。
「大切な人との思い出を舟に託しながら、流れの緩やかな川に沿えて流すの。
そうすると、みんなに見送られた人は雲の上で幸福になれるんだって」
雨の影響で水嵩が増したリュシード本河はいま、軽い氾濫状態にある。
だからこそ、ネネコはこのエンタゴ川を選んだのだ。
「カサヤでは、リクトの葉を織って帆掛け舟を作る決まりなんだけど……
送る気持ちさえこもっていれば、きっと伝わるよね」
微笑むネネコの視線を受け、エルマーも瞳を点滅させる。
その様子に安心したのであろう、ネネコはエンタゴ川に手を添え、
キシータの葉を織った帆掛け舟を流した。
「……みんな、ごめんなさい。だけどどうか、幸福になってね」
再度掌を合わせるネネコは、小さく囁く。
間違いなく、炎に焼かれた鹿の事も思い出しながら送っているのだろう。
エルマーもネネコに習い、掌を合わせて死者を見送った。
「リリカト、エノテッソ、シリムネア。
リリカト、セノ、ティリト、セムリヌン。
わたし達を見守って下さい。わたし達を誘って下さい。
大切な人。大切な思い出。わたし達は、忘れません」
カサヤに伝わるおまじないだろうか。
静かに詠唱するネネコの姿は、何処か神秘的に映る。
エルマーは胸の中で、同じ様に詠唱を続けた。
忘れてはならない。
生きる者が、生きた者を尊ぶ事は生命の環を繋げて行くという事なのだから。