ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第二章(20)


オルデマスの悲劇から数日が経過し、
調査部隊として派遣されていたユノン大尉らも
他小隊と共に、東リル・ディス駐屯基地に帰還していた。

休む暇も無く、新しい任務の遂行を命じられた小隊もある。
オルデマスでの一件を含め、報告書の整理に追われたユノン大尉も
やはりその中の一人である。この日は、上官の個室に呼び出されていた。

肩の張った軍服、黒光りする軍靴に身を包み、
身形を整えたユノン・マーダ大尉は厳粛な扉の前で深く息を吸い込んだ。

「帝国特殊兵装軍大尉、ユノン・マーダです」
「入り給え」

上官の返答を聞き、扉を開けるユノン大尉は速やかにデスクに寄り、
一礼して見せる。帝国軍規則に乗っ取り、視線は合わせない。

「解き給え」
「ハッ」

東リル・ディス駐屯基地に置ける総指揮者、上官とは
数ヶ月前に本国より異動してきた亜人の将校、バセス・チルノダ中佐だ。
純粋な人間で構成される帝国軍に置き、バセス中佐の存在は珍しい。

特にバセス中佐の場合は現場叩き上げの職業軍人であり、
その異端さは時に、帝国本土内に置いても疎まれるものであった。
しかし鋼鉄の意志、と称される中佐にとって蔑視の待遇は問題では無かった。

辺境の地方軍、と称されるベイジラ領に送られた事実も臆する事無く、
彼の冷静かつ冷徹な主義と姿勢は乱される事は無かった。

ユノン大尉に休憩を命じると、バセス中佐は淡々と話を続ける。

「報告書には目を通した」
「はい」
「機械人の発見は出来なかった、という事だが?」
「申し訳ありません」

中佐は丸眼鏡を外し、書類から目を外すと初めて、視線を大尉に向ける。

「遺跡というのは?」
「オルデマスの北西に位置する古代遺跡です。
サンプル、資料共に報告書に添付しましたが、更なる調査が必要かと」
「それが、機械人発見に繋がる糸口と……大尉も見るのかね」
「断言は出来ませんが、可能性は高いと見ています」
「宜しい」

バセス中佐との面合わせは普段から短時間で終了する。
既に話も終わったかに見えたが、大尉には聞かねばならぬ事があった。
例え上官に対する礼に反する事であったとしても、退く事は出来ない。

「中佐、こちらから進言したい事柄があります」
「何だね」
「中佐は、国際法をご存知でしょうか」

バセス中佐は静かに眉を寄せ、不快だという意思を示す。
何処か挑発的なユノン大尉は構わず、話を続ける。

「オルデマスは聖都、正輝女王陛下から直々の命を受けた自然保護区です」
「……だから?」
「不可侵の聖域である事はベイジラに限らず世界の民が知る事であります」

寸分の間が生じた。
バセス中佐は鋭い眼光で大尉を睨むと、ようやく口を開く。

「貴様は、私を……舐めているのかね?」

くだけた口調と緩んだ表情が、かえって威圧感を含ませた。
しかしユノン大尉はその視線さえも受け流して答える。

「いえ」
「……貴様の言いたい事は解るよ。
だが、貴様の様な下の者が軽々しく踏み込んでも良い領域ではない」
「……」
「自粛し給え」
「ハッ、申し訳ありません」

視線を合わせない大尉の一礼は、余計に挑発的に映るが
バセス中佐としても、まだカードを失ったわけではない。

「……貴様は先に、機械人の発見は無かった、と答えたが」
「はい。それが、何か」
「貴様の部下から直々に、夜空の中で緑色に光る人影を見た、
という証言があるのだが?貴様の把握していない事柄かね」

大尉の部下と言うと、全小隊員を合わせて数十人にも及ぶ。
個人を特定する事は難しいかもしれないが、問題は其処には無い。

「……報告書に記載した通りですが」
「貴様の認知した所では無いと?」
「では、再度報告書の作成許可を進言致します」
「それには及ばない。貴様にはやってもらいたい事がある」

意に介さぬ言葉を返されて大尉は多少動揺を見せるが、
本心を悟られぬ様構える事には慣れている。
間を置かずに、上官に尋ねる。

「私に出来る事であれば」
「ハルプラッセ軍開発研究所に赴いて貰いたい」
「ハル軍研……本国に帰れと?」
「いや、ティート支部の実装部だ。貴様に荷受を担って貰う」

左遷、というわけでは無さそうだ。
しかし機械人の手掛かりを掴んだ今、大尉を基地から離すという事には
相応の意味と意義があるのであろう。だが大尉に拒否する権限は無い。

「了解しました」
「宜しい。資料は追って引き渡す。下がり給え」
「ハッ」

再度一礼するのだが、大尉にはまだ問い詰めたい事があるようだ。
中佐とも劣らぬ眼光を中佐に送るが、やはり受け流されてしまう。
真意を図っての事か、中佐は突き放した態度を続ける。

「……下がれ、と命じたが?」
「失礼致しました」

もはや、大尉が詰問出来る状況ではない。
中佐の意図通り、間もなく本国付近の研究所へと派遣される事となる。
大尉は扉を開け、見えぬ様に睨みつけると退室する。

「……ユノン・マーダ大尉。中々切れる男の様だが……まだ甘い」

バセス中佐は嘲笑を浮かべると、手元の資料に手を添える。
夜闇に輝く、エルマーのセピア色画像。
瞳の奥が鈍く光るが、直ぐに目の色が戻る為に真意は推し量れなかった。


退室した大尉が通路を抜け、曲がり角に差し掛かると
腕を組んだままの姿勢のエッジ少尉が待ち構えていた。

「……よお」
「エッジ。何だ」
「話は出来たのかい」
「いつもの通りだ」

この会話すら、普段通りのやり取りだ。
つまり、何も聞き出せなかったと。何も進言出来なかったという事だ。
だが数年この基地に配属されてきたユノン大尉に、
珍しく異動に近い形で命令が下される事となった事は伝えねばなるまい。

「エッジ、俺はしばらくこの基地を離れる」
「何だと……左遷、て事か?」
「そうじゃない。しかし、厄介払い……という意味合いだろうな」
「……機械人絡みか」

事有る事に機械人を引き合いに出すエッジ少尉ではあるが、
何の考えも無しに当てつけているわけではない。
実際今度の場合も、やはり少尉の推測は的外れではないのだ。

「……中佐に注意を向けておけ」
「?……そいつは?」
「何をしろ、という訳じゃない。
だが、第一小隊にも何らかの命令が下るはずだ」

すべてを範疇に収める事は出来なかったが、
ユノン大尉の様子からも只事ではないのだと、エッジ少尉は察した。

「解ったよ。何が出来るわけじゃないだろうが、任せな」
「それでいい」

大尉は口の端を緩ませると、その場を後にしようとする。
切れた箇所を庇う様に、テープが張られていた。

「ユーノ」
「……何だ」
「その……痛むか?」

彼の真意を察したのであろう、大尉は大きく息を零し、
やや不釣合いなオーバーアクションで苦笑すると声を漏らした。

「ああ。ズキズキするな」
「チ……その、悪かったよ」
「いや、いい」

「直ぐに……経つのか?」
「だろうな」
「そうかい……まあ、休暇だと思えよ」
「お前もな、エッジ」

大尉の最後の言葉の意味は良く解らなかったが、
間もなく第一小隊全員が身を持って知る事となる。
ユノン大尉はその後振り返ることも無く、午後には出立を迎えた。

機械人を巡る争いは、まだ終わりそうには無い。


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