ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
もくじ / Prev Page / Next Page
第三章(9)
軍人達は町中の至る所で探索任務に当たっていたのであろう、
決まって一度に二、三人組にまとまり、時間差でネネコ達を追い駆けてきた。
しかし、派手に騒ぐ町民達が目印ともなり、進むべき方向を示してくれる。
坂道を駆け上がると、眼前には無数の木箱や木樽が幾重にも並べられていた。
ゴウシュは疲労が堪えてきたのか、出足が遅れネネコとの位置が逆転しつつあった。
道が封じられているのかとネネコは戸惑うが、直ぐに見慣れた顔と声に気がつく。
「おっ、来た来た!」
「ネネコちゃあん、こっちだよー!こっちこっち!」
「マーコ、シーッだ!声が大きいと軍人達に見つかっちまうだろう」
急拵えの壁の向こうから、モドやマーコ達がネネコを誘ってくれる。
子供達が町中から集めてきたのかと思わせる程、手毬や看板、腐りかけの果実など
ありとあらゆる種類の丸い物が、積み上げられたバリケードから顔を覗かせていた。
「モド、マーコちゃん?みんなも助けてくれるの!」
「ネネコ、おっさん、そのままこっちに向かって走れ!飛び越えろ!」
「とびこえてー!」
「な……なんだか解らないけど、ガキどもの作戦に乗っかろうぜ!」
「うん!」
「そおらっ!よしやれ、ワルガキども!」
ネネコとゴウシュが勢い良く壁の隙間を飛び越えると、子供達は一斉に壁を崩していく。
ゴウシュも飛び越えざまに木樽に足を引っ掛けて中のガラクタをぶち撒けたようだ。
斜面一杯に広がった障害物は次々と軍人達を捉え、足枷として十分な効果を果たした。
「く……くそっ!この町の奴等はなんなんだ!」
「完全に俺達を目の敵にして……うおっ!?」
「ありがとう、みんな!今度一緒に、オレンジジュース飲もうね!」
「最後まで、上手く逃げろよ!」
「おにごっこ、まけちゃだめだよ!」
「持つべきものは、友達だな……ネネコ!」
ゴウシュが口にした陳腐な格言に、ネネコは力強く頷いてみせる。
いつの間にかリル・ディスの熱気に影響されたのか、些細な事は気にしていない。
何よりも、町民達が一丸となってネネコの助力となってくれる事が嬉しかった。
経緯や目的はどうあれ、無事に軍人達の手から逃れたいと願う。
しかし油断が隙を生み、斜路を抜けた先で無線を操作する軍人達と鉢合わせとなる。
ネネコとゴウシュ、そして軍人達は互いの顔を見て硬直するが、
やはり、ここでもネネコ達に救いの手が差し伸べられる事となった。
頭上から落下した物体がそれぞれに直撃し、脳を揺らした軍人達は気絶してしまう。
散乱した物体を凝視してみると、砂を詰め込んだ麻袋である事が解った。
「まったく、揉め事の中心にはいつもお前がいるな……ネネコ」
見上げると、蒼い翼を広げた鳥人間がネネコに向けて微笑みかけている。
信頼している優しいお兄さん、という印象の人物の登場にネネコは喜びを隠せない。
「サザにいちゃん!」
「あんたも来たのか。そこからだと、奴等の様子も良く解るんじゃないのか?」
「ああ……後続の連中も、いましばらくは追ってこれないだろうよ」
サザは高い位置から町の周辺を見渡し、有益な情報を与えてくれる。
翼をはばたかせながらゆっくりと降下すると、ネネコの髪を遊びながら言葉を続けた。
「転がってる連中も含めて、適当に時間を稼いでおいてやるからな」
「うん、ありがとう」
「後は歩いて行っても平気かもしれないが……念のため、最後のひとっぱしりといくか」
北東の門までの距離は順調に縮まっていく。
サザと別れてからは軍人達と遭遇する事もなく、平坦な道が続いていた。
安心感から気が抜けたのか、ゴウシュは肩で息をしながら弱音を吐いてしまう。
「ふう、ふう……運動不足かなあ」
「大丈夫?ゴウシュおじさん……公園からずっと、一緒に走ってくれてたから……」
「うう、ウゲーッ!……いやあ、毎日酒かっくらってる場合じゃねえな、と……ん?」
高宅が日差しを遮って出来た陰に差し掛かったところで、空からの来訪者に気がつく。
サザにしては影が大きいとは感じたが、確かめるまでもなく、それはエルマーであった。
「エルマー!良かった、無事だったんだね……ここまで会えなかったから心配したよ」
「こ、こりゃまたグッド・タイミングだ……ネネコは相当、日頃の行いが良いんだなあ」
理由としては都合が良過ぎる方便ではあるが、合流出来た事実に変わりは無い。
体力の限界を迎えていたゴウシュにとっても朗報である。
呼吸を整えて顔を上げると、小刻みに腕を震わせながら向こう側を指差して指示を出す。
「いいかい、後はこの裏路地を真っ直ぐ行けば北東ゲートの通りに出るから」
「真っ直ぐ……うん」
「悪いが、おじさんはそろそろ休みたいからさ……エルマーと一緒に抜け出ておくれ」
「もう大丈夫……おじさん、ありがとう。ゆっくり休んでね」
「ふひひ……リル・ディス民がグンジンなんざに、負けてたまるかってんだ!」
ゴウシュは話し終わると壁にもたれかかり、力尽きて座り込んでしまう。
ネネコは抱きついて感謝の気持ちを伝えると、エルマーを連れてその場を離れていく。
言うか言わないかの間に胸ポケットからボトルを取り出すと、ゴウシュは喉を鳴らした。
町全体を巻き込んで騒々しかった時間は過ぎ去り、裏路地は静寂が続いていく。
一日を通して日差しを通し難いのか、ややも肌寒さを感じてしまう。
しかし手を伸ばせば届く距離にエルマーがいる事に安心し、脚に触れると温かかった。
「ここまで、たくさんの人達がわたしを逃がすために力になってくれたんだよ。
落ち着いたら、ふたりで一緒にお礼を伝えに行こうね」
薄暗い中では、エルマーの瞳の光もはっきりと映る。
言葉や表情を表さないエルマーではあるが、そうした光の変化が心情を伝えていた。
ネネコは頷き、一度後方を確かめてから再び歩き始めようとする。
その時、いつの間に先回りしていたのかエッジ少尉が物陰から姿を現した。
思わぬ遭遇に言葉を失い、挫折に似た感情を拭い去る事が出来ない。
「あ……そんな」
「……」
無言でネネコを睨みつけてくるが、彼が何を考えているのかまでは憶測が及ばなかった。
エルマーと一緒のいまなら、空を飛んで一緒に逃げる事も出来たかもしれなかったが、
エッジ少尉が口を開くと、行動に移す前にその先の言葉に耳を傾けておきたいと感じた。
彼に聞きたい事もあるのだ。
「……人の気も知らないで、馬鹿騒ぎを起こしやがって」
「え……?」
小声で何かを囁いたようではあったが、ネネコの位置からは良く聞こえなかった。
エッジ少尉は腰に括りつけた無線機のスイッチを落とすと、こちらに歩み寄ってくる。
「俺を疑ったか?」
「……ううん、もしもエッジさんがわたしを捕まえる気があったなら……
もっと早くに、簡単に出来たはずだから」
「そう捉えてもらえると、こっちも救われるね」
「構える事はない。お前達をどうこうするつもりはねえよ……いまはな」
言葉を聞く限りは安心しても良さそうだが、感情を押し殺した表情に変化は無かった。
ネネコは聞いておかなければならない問いがあった事を思い出す。
「エッジさん達は、エルマーを捕まえてどうしようとしてるの?」
「……知らねえよ」
「知らない?」
「知らんが、お前とエルマーを拘束しようとしていたのは確かだ。
基地に連行して、その後どうするのかまでは……俺達は知らない」
両者の間に沈黙が生まれる。
いつまでもそうしていても仕方ないと判断したのか、エッジ少尉が切り出した。
その表情には少し、余裕が生まれたようにも感じる。
「また会ったな、エルマー」
遺跡で発見した時には言葉を交わす、という行為さえ浮かばなかったであろうが
再会したいまは不思議と、抵抗無く向き合う事が出来る事に気がつく。
意識の何処かでは、少女と巨人を庇い立てするユノン大尉が理解出来る気もする。
だがやはり、エッジ少尉にはエルマーが理解出来ないのである。
理解しようという思考こそが邪魔になっている事を、実感するだけの感性は無かった。
エルマーは瞳で応えてみせるのだが、彼に捉える事が出来たであろうか。
「ネネコ、お前はこいつの事を大切な友達だって言ってたな」
「うん」
「だったら……少しの間、町の外れか誰にも見つからない物陰に隠れてろ」
「え……どういう意味なの?」
エッジ少尉は腰のポケットに手を突っ込むと、初めて微笑んでみせる。
口の端を緩ませるだけの微妙な変化ではあったが、ネネコには確かめられた。
「幸い、今度の捜索班のリーダーは俺でな。
適当な理由をつけて撤収してやるから、それまで大人しくしてろっつってんだ」
「エッジさんが……見逃してくれる……?」
「招集かけて指示出して、実際に町を離れるまでには時間がかかるからな。」
日が沈む頃には全部済んでるだろうよ……辛抱出来るな?」
「……うん!」
エッジ少尉の真意を受け止めると、一度エルマーと顔を合わせてから快い返事をする。
しかし、彼の話はまだ済んでいないようだ。
緩んだ表情もまた奥へと潜み、厳しい顔でネネコを睨みつける。
「だが、俺に出来るのはそこまでだ……その後までは責任持てねえ」
「その後?」
「上の連中はエルマーを諦める事は無いだろうよ。
二度、三度と……お前達を捕まえるまで、何度でも俺達を回すはずだ」
「大人は……組織の人間は、ガキの夏休みほど好き勝手には振舞えねえんだよ」
言い終わるのを待たずに、エッジ少尉はネネコの頭に拳をぶつけてくる。
鈍い痛みはあるが、殴られたわけではなかった。
悲しそうな、名残惜しそうな表情を浮かべた彼は何を聞くまでもなく、少女に促す。
「……そら、行けよ。俺達には後片づけが残ってるからな」
「エッジさん、あの……」
「礼を言うのは止めておけよ。それじゃあ、裏切られたと感じた時に辛くなるだけだ」
変わらず沈みゆく夕陽の赤いラインが、時と共にリル・ディスの騒々しさを鎮めていく。
エッジ少尉らが率いる帝国の捜索班はネネコとの約束通りに町を離れていった。
東ゲートからしばらく距離を取った場所に停泊されていた、飛空挺が浮かび上がる。
ネネコはエルマーに抱えられながら、リル・ディスの空を漂っていた。
エッジ少尉の言葉通りであるならば、エルマーに対する捜索は今後も続いてくであろう。
それはすでに可能性の域を超えた未来の姿である、という事実を実感すると
温かい胸に抱えられながらであっても、胸にざわつく悪寒を拭う事が出来ないのであった。