ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第三章(10)
空の航海を終えた三隻の飛空挺は、基地内の発走路に並べて停船している。
すでに動力炉は停止されており、特徴的なプロペラも頼りなく空を見上げて佇んでいた。
慌しいのは、無数のコンテナを積み降ろす軍人達の姿である。
研究所から回収した時と同様に幾つもの鉄の塊を運搬しなければならない。
補給物資を受ける際には茶飯事であるとはいえ、今回は数が多かった。
オルデマスでの調査任務において、複数機のフィチェンカが失われていた。
そのため大量の物資が納まり切らない、という懸念は無かったが労力には変えられない。
リル・ディスに派遣されたという探索班が帰還するまでには、まだ時間がかかるであろう。
帰還した運送班、そして基地内に残った兵だけで片づける必要がある。
今度の運送班の責任者であるユノン大尉は、やはり渦中から離れた場所にいた。
しかし研究所での振舞いとは理由が異なり、バセス中佐への報告が任されていたのだ。
「ご苦労だったな、大尉」
「わざわざ中佐自ら御出迎えとは……恐縮であります」
「確認したい事があるのでな」
幾分か白々しさを感じさせる両者の簡潔な挨拶ではあるが、
同行していたマヤ准尉が前に進んで資料を受け渡そうとする。
「中佐、こちらが引渡時に受け取った書類です……それから、幾つかの資料を」
「目を通すのは後だ……関係書類を運んでおき給え」
「了解しました。失礼します」
「ゲン・バウアに関する資料の確認も後で宜しいのですか?」
「構わん……実物はいまから見ておきたい」
「ミドレィ公との面合わせは直ぐに?」
「ミドレィ公……?誰だ」
「御存知、無いのですか?特別待遇で研究所から派遣された御仁なのですが」
「……知らんな」
試作機と共に、ミドレィ公に関しても中佐が根回ししたものだと思い込んでいたのだが。
中佐も疑問の色を浮かべたようだが、執着する事もなく興味を失ったようだ。
本命はやはりゲン・バウア本体である、という事なのであろうか。
二人は倉庫付近の様子に視線を向けるが、作業が終わるにはもうしばしかかりそうだ。
「……滞っていますね。特装部隊の半数を何かしらの任務に回したのですか?」
「リル・ディスに派遣した」
ユノン大尉はその一言で状況を把握する。
おそらくはネネコ・クローネルとエルマーの探索を本格的に始めているのであろう。
オルデマス付近で最も大きな町はリル・ディスだ。滞在している可能性も高い。
「貴様が何を言いたいのかは解るよ。非効率的だと考えているのだろう?」
「……」
「私も期待はしていない……派遣した探索班の責任者は貴様直轄の小隊員だからな」
エッジ少尉達の事か、と直ぐに察しがつく。
当てつけに嫌味を言う様子からしても、オルデマスの一件から警戒されているようだ。
最も、それは物資の運送班に回された自身の処遇を顧みれば言うまでもない話だ。
「時間稼ぎ……ですか」
「フ……そういうかね。だが物資が整ったいま、足踏みも終わりだ……
派遣した連中も大した成果はないだろうが、些細な事でも情報を持ち帰れば御の字だ」
馬鹿にしてくれる、とユノン大尉は奥歯を噛み締めるが言葉にするわけにはいかない。
しかし、ただ劣勢に立たされているわけでもない事を彼は把握している。
それでもこの時は、ただ大人しく頷くしか能の無い自身をオウムに例えると自嘲した。
中佐と大尉が口を閉ざすと、周囲に衝撃音が響き渡る。
音源の方角を辿ると物資が搬入されていく倉庫内であるようだ。
何かしらの事故があったのであろうか、二人は警戒しつつ足早に進む。
「中佐、大尉!こちらは危険です……倉庫には近づかないで下さい!」
「何があった。簡潔に話せ」
「圧力が掛かったのか、A-3477コンテナが内側から破壊されています」
「A-3477コンテナ?」
「……ゲン・バウアが格納されているコンテナの番号だな」
「なんだと……構わん、中に入って直に確認する」
バセス中佐は制止した兵隊員を無視すると倉庫内の状況を確かめる。
ユノン大尉も後に続くが、コンテナを破ったゲン・バウアが確かに起動していた。
不可解な現象にも驚きが隠せないが、機体の足元のミドレィ公に気づいて声を挙げる。
「……ミドレィ公!?」
特殊アーマーの全高は、成人男性の体躯に五歳児ひとり分を足した以上に高い。
はるかに小柄なドルイド種のミドレィ公では、容易く踏み潰されてしまうであろう。
大尉は彼の身を案じて駆け寄ろうとするが、それ以上の事は起きなかった。
コンテナから這い出し、右腕と右脚を外部に放り出した姿勢のまま静止している。
思えば、倉庫の外まで聞こえてきた衝撃音も直ぐに鳴り止んでいた。
ミドレィ公はゲン・バウアを見上げ、何かを呟いている様子だ。
「愚かな真似をしたものだ。こうして反応しておる……間違いはなさそうだのう。
それでもまだ、救いの手を待ち続けるというのかね……ラウュ・ウーフよ」
ゲン・バウアの静止と、ミドレィ公の安否を確かめるには十分な間が過ぎた。
ユノン大尉はミドレィ公の下に寄り、バセス中佐は特装を見上げつつ後に続く。
「御無事でしたか、ミドレィ公」
「うん……?おお、ユノン殿。見ての通り、何も無いよ」
「大尉、そちらがミドレィ公か……?」
「お前さんは……そうか、お前さんがこの場所の責任者か」
「その通りだ……大尉、作業を続行させるよう兵に指示を出しておけ」
「了解しました。では、ミドレィ公……失礼します」
老者に深く頭を下げると、ゲン・バウアの姿を一瞥してその場を立ち去ろうとする。
一瞬、眼部に当たるであろう箇所が赤く光っているように見えたのだが、幻覚であろうか。
気にはなるが、直接命令を受けた手前、もたついているわけにはいかない。
「貴様はドルイドだな……通達は受けてはいないが、何処の者だ」
「何処の者?さてな、書類だか何かには記されているのではないかね」
「ふざけているのか?……何の為に此処まで回されてきたのだ?」
「任されているのは、ゲン・バウアに関する助言だと聞いているよ」
「……ゲン・バウアの?」
改めてゲン・バウアの様子を確かめる。
モルドフよりも頭ひとつ分大型だ。
そのシルエットは無骨である、と例えるのが自然であろうか。
余計なモールドも装飾も見られず、試作機と呼ぶにしてもシンプル過ぎる。
「では聞くが、ゲン・バウアには操縦士無しでも起動出来る機能があるのかね?」
「……さあのう。お前さんの常識ではどうかね……特装が無人で動けると?」
「聞いているのは私だ……まあいい、貴様の身元は直ぐにでも解る事だろう」
「そうだのう……ワシがここにいる意味も、間もなく身をもって知る事になろうて」
身形、身分、言動のすべてが不審な人物ではあるが、妙に悟った様な口ぶりだ。
後に判明するが、確かにこの老人は軍上層部の命を受けて派遣された者であった。
しかし詳細については何も伝えられず、また追求する事も許されなかった。
数日後、ゲン・バウアに関しては手動による起動の際、そして試運転に望んだ際にも
問題となる誤動作を起こす事も無く、調整が続けられていく事となった。
初起動の原因が判明する事も、同様の症例が起こる事も無く時間だけが過ぎていく。
まだ、この時点では。
エッジ少尉が率いる探索班が乗る飛空挺は、東の空に向けて飛び去っていく。
ネネコを両腕に抱えるエルマーの様子は、普段と変わりがない。
何故、軍人達がエルマーを捕らえる事に注力しているのか。
ネネコ・クローネルが考えても、答えが出る問題ではなかった。
それでも少しの間は、また変わらぬ日々を過ごせるであろうか。
果物屋の夫婦の家で寝泊りをし、温かいミルクとクリームスープを飲み、
町中を散策しては人々と一喜一憂し、またエルマーと共に陽が沈むのを眺める日々。
何という事も無い、実に平凡で静かな日々だ。
いまはまだ、何処か他の場所に旅に出ようという気持ちにはならなかった。
ただ気の向くままに心を流して、陽の光と潮の香りを浴びる事に喜びを感じる。
ただそれだけで良かった。
しかし、ネネコの胸でざわつく悪寒が消える事はないのだ。
「!?……エルマー?
エルマー、どうしたの……エルマー!」
東の空を眺めていたエルマーが突如、硬直して動かなくなってしまう。
一瞬であるが翼から零れる光の粒も止み、姿勢を崩して落下しそうになった。
間もなく力を取り戻したのかネネコごと落ちる事は無かったが、まだ様子がおかしい。
エルマーの瞳の光が小刻みに点滅し、何度かは消えたまま光を失ってしまう。
ネネコは異変の理由を把握する事は出来ないが、ひとまず地上に降りさせる事にする。
「こんな事、いままでに一度も無かった……光が消えちゃうの?」
草原の直中に足がつくと、エルマーは腹部を展開してネネコを招き入れようとする。
リル・ディスに帰ってからはベッドを借りて眠っているため、
エルマーの中に入るのは数日振りとなるが、躊躇する様子はない。
座椅子の前には、一枚の光のプレートが浮かび上がっていた。
外からでは逆に映っているのか、内容が良く解らない。
ひとまず腰を下ろして確かめてみると、映し出されているのは文字のようだ。
そして、文字には見覚えがある事を思い出す。
エルマーに初めて出会った時に、遺跡の中で見つけた古代文字だ。
「これは……エルマーの胸にも刻まれているのと同じ……
でも、やっぱり読めない。【RiU:ow】……リ、ウ……オー?」
エルマーには【ELM:er】と刻まれているのだ。
光のプレートに浮かぶ文字は【RiU:ow】である。
ネネコ・クローネルには、これがエルマー同様に名前だと感じられてならない。
「リウ・オゥ……これが、どうしたの?
リウ・オゥっていうのは、誰の事なの……エルマー?」
座っていても、声や意識が胸の中に響いて、導いてはくれはしなかった。
それよりも、エルマーが苦しむ様子が見られなくなった事に気がついた。
同時に、リウ・オゥのプレートも光の粒となって弾け、消えてしまう。
待っているだけでは状況を把握出来る事は無さそうだ。
一度エルマーの外に出て、再度様子を確かめてみる。
瞳の光は普段通りに灯っている。
身体を硬直させる事も、小刻みに震えてしまう事もない。
何かの発作であろうか。しかし、発作の原因が解らないだけに回答は出ない。
しかし、様子がおかしくなってからいまに至るまで、ある一点で共通する事実があった。
エルマーは、東の空を向いたまま姿勢と目線を変える事がないのだ。
「東……東の空の向こう側に何かがある……?
東にはたしか、軍人さん達の基地が……もしかして、そういう事なの……?」
ネネコの悪寒、エルマーの異変、そしてエッジ少尉が残した言葉。
すべてを辿っていくと、ネネコを不安に陥れる憶測ばかりが脳裏に浮かぶのであった。