ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第三章(3)
機械人確保を目的に構成された特装部隊は、先の補充数からすれば少人数であった。
一度に搬送可能な数に制限がある事も理由のひとつではあるが
不慣れな兵隊員の運用によって無駄な消費が生まれる事を抑えるという考えもあろう。
オルデマスでの遺跡調査では配備された半数以上のフィチェンカが失われている。
帝国本土が機械人に関わる作戦展開に注力しているとはいえ、損失が大き過ぎるのだ。
バセス中佐はリル・ディス駐屯基地に配属されている兵隊員のふがいなさに頭を抱える。
これまでの実弾演習を顧みると演習以外に重火器を扱った経験も皆無と見える。
軍全体を通しても実際に戦争を経験した兵隊員が一握りである事は事実なのだが。
軍人達の脆弱さに対して、バセス中佐の苛立ちが募る。
機械人の入手発見は、玩具のコレクションとは違うのだ。軍隊は御遊戯ではない。
今度の作戦ではバセス中佐自らが指揮を執る事となる。
ユノン大尉は自身が外される事を踏まえてエッジ少尉が小隊員となると見越していたが
実際には、参加する特装部隊員全員がバセス中佐の直轄として動くよう命令が下された。
飛空挺はすでに基地を離れ、リル・ディスへ向けて出航している。
「失礼するよ、中佐殿」
「?……何処から入ってきた、ミドレィ公」
中佐の不意をつき、ドルイド種のミドレィ公が個室の扉の前に現れていた。
扉が開いた音も、人が入ってきた気配もしなかったのだが。
素性からしても不審な老人ではあるが、時折薄気味悪さを感じさせていた。
「船の針路を少しばかり、変えさせてもらったよ」
「なんだと……操舵士が貴様の指示を聞いたというのか?」
「舵の動かし方などいくらでもあるよ」
相も変わらず含みを持たせた物言いをするが、それ以前に変更された行き先が気になる。
「軍隊は外賓館ではないのだ。勝手な振る舞いは遠慮してもらいたいな」
「なに……要はリル・ディスに辿り着けば良いのであろう?」
「いつからだ……本来の針路をどれだけ外れている?」
「出航してから間もなく。到着時刻にしても……大した差はないのではないか?」
手にした書類をややも乱暴に机に伏せると、丸眼鏡を外して目を瞑った。
ミドレィ公は彼の様子を凝視すると、無遠慮に近づいてきた。
「その様子だと、部下の扱いにも相当手を焼いているようだのう」
「貴様のように、置かれた状況も把握せずに勝手な振る舞いをする者が多いからな」
「時に中佐殿、何故にオルデマスを焼かれたのかな?」
「貴様に応える必要はない」
「たかだか老人に口を開くだけだよ……それで楽になると思えば安いものであろう」
「解ったような事を……ふむ、しかしな」
机にはネネコ・クローネルと、機械人と思われる影が映った写真が散らばっている。
オルデマスで記録が取られたものだ。
機械人の姿に目を落とし、その姿の縁取りを目で追うと口を開いた。
「機械人というのは……大規模な自然災害が起こった時、
戦争により不特定多数の人間が死亡した時に出現する、と記述された文献が多い」
「……だから、擬似的な状況を作り出す事で機械人を誘い出そうとした、と?」
「結果的にあの密林から機械人を発見する事に成功している」
「犠牲を払っても、結果に導く事が出来ればそれで良いのかね」
「犠牲を気にしていては、軍隊の任務を全うする事など出来んよ」
幾重にも密集した皺の中ではミドレィ公の表情が変わった事に気がつく事は出来ないか。
バセス中佐は、老人が見せた感情の発露を流してしまったのであろう。
「この船には、武装された特殊アーマーが積まれていたね」
「ああ……それが何か?」
「リル・ディスに到着したとして、今度は何をするおつもりなのかのう、とな」
「……そういう事か?無駄だ。貴様が何をしようと、リル・ディスには赴く」
「何を勘違いしておるのかしらんが、リル・ディスには向かっておるよ……ただし」
「何かね?」
「リル・ディスに辿り着く前に、事は済む」
ミドレィ公の言葉が終わるか終わらないかという間に、
ブリッジから繋がれた警報機の向こうから通信士の声が会話を遮ってきた。
『中佐、ブリッジです』
「どうした」
『望遠レンズにより、前方に人影を発見しました』
「獣か怪物の類ではないのか」
現在航行している針路上では、人が住む町の上空を経由する事はない。
ミドレィ公の言葉が真実だとしても、大きく迂回しなければ人里に近づく事もなかろう。
『まだ距離があるために詳細は解りません』
「……ある程度船の高度を落とし、監視を続けさせろ」
『了解しました』
「もしや、と?」
「まさかな……出向いてくる理由などあるのか?」
船内の格納庫では、エッジ少尉を含めた特装の操縦士達が集まっている。
リル・ディス到着にはまだ距離があるはずだが、すでに待機命令が下されていた。
規則的に整列したモルドフの隣には、今度の作戦で使用されるであろう鉄の砲塔が並ぶ。
「町の真ん中で、こいつをぶっ放すつもりだったのかね」
「可能性は高いだろうな」
すでに広範囲に渡って無差別に密林を焼く、という暴挙を犯している。
見せ掛けのために特装専用のバズーカを背負わせるのだとは考え難い。
しかし、冗談だと言われれば彼等は喜んでその指示を仰ぐであろう。
もっとも、その楽観的な考え方は無駄に終わりそうだ。
「……任務だから仕方ない、と割り切れるか?」
「……」
「ましてや子供だ……顔も名前も知ってるような相手に、銃を向けろって言われてもな」
「ならば、どうする」
指揮官がユノン大尉であったならば話も別であったかもしれない。
だが今度の作戦ではバセス中佐の目が届く範囲で行われる。
過去のように適当な誤魔化しが許されるような機会が訪れる事はないと言い切れる。
格納庫の奥には、ゲン・バウアが固定されている。
この試作機の操縦を任されている兵隊員はいない。
バセス中佐も特装の操縦士としての技術は高い。おそらくは彼が搭乗するのだ。
試運転などは別の場所で行われていた様子で、実際に動いた姿も見た事がない。
「作戦の目的は、機械人の確保……以上」
バセス中佐が出航前に伝達した最後の内容を反芻してみる。
要するに、任務を達成するならば与えられた特装をもって何をしても良い、という事だ。
無論、邪魔者の排除も含まれている。その時に使用されるのは装備された実弾である。
少尉は以前、ユノン大尉から人を撃った経験はあるか、と問い質された事があった。
経験があるならば、慣れていれば迷う事も無いのであろうか。
上官から下された命令であるからと、任務であると割り切る事が出来るのか。
誰もが口を噤み、静寂と緊張が走る格納庫にもブリッジからの伝令が入った。
ノイズ交じりの乾いた音声が響き渡る。
『前方の影が人間である事を確認。
ひとつはネネコ・クローネル。ひとつは機械人である事に間違いありません』
『……着陸態勢に入れ。予定を繰り上げて作戦を開始する』
『了解しました』
「あの、馬鹿が……」
「最悪だな。余計な被害者が増えないだけマシか」
ダグ少尉の襟首に詰め寄りそうになるが、事実である。
何よりも、いまは自分自身に余裕がなかった。
『特装部隊は各員、搭乗しろ。着陸が完了し次第、部隊を展開する』
バセス中佐の声だ。
外の様子は解らないが、ネネコ・クローネルとの距離は縮む一方であろう。
「元より逃げるつもりもねえが……覚悟を決めるしかないか」
エッジ少尉はモルドフに搭乗し、起動させた。
息を吹き返すセンサーが周囲の状態を映し出し、固定されたバズーカ砲の姿を確認する。
船体の揺れはモルドフの中からも体感出来た。降下が始まったようだ。
リル・ディスを離れてから何日間が経過したのであろうか。
軍人達の基地までは草原が広がっているとサザから聞いていただけに
平坦な道が延々と続くものと想像していたが実際には高低のある川辺や渓谷を挟む。
しばらくは障害物となるものも見当たらないようで、遠方までの見通しが良い。
岩肌が目立つ渓谷までは距離があり、駐屯基地が位置する山岳はその先だと思われる。
共に歩くエルマーの様子には、とくに変化が見られなかった。
考えれば、手掛かりとなるものはリウ・オゥの名前と東の方角、という
断片的な情報しかないために当てのない旅とも言えるのだが
不思議と迷いが生まれる事はなかった。一歩一歩進む度に、何処か充足感が生まれる。
遺跡の中でエルマーと出会うまでにも感じていた事であるが、
誰かに呼ばれているような、導かれているような感覚がネネコを突き動かしていた。
それがリウ・オゥの声であるのか、また他の存在のものであるのかは解らない。
ましてや、声とはいえ耳に聞こえてくるようなはっきりとしたものでもないのだ。
そうして胸が躍る中でも、軍人達の存在を忘れたわけではない。
東の空を目指し、景色が変わるごとに危険な場所へと近づいている事も自覚している。
エルマーを狙う理由は解らずじまいだが、彼等の目的ははっきりと解っていた。
出来る事なら彼等と遭遇する事もなく、危険に曝される事もなくリウ・オゥを見つけたい。
しかしその願いも、無力かつ愚かな小さいものであったのであろうか。
ネネコが空を見上げると、青空の中に一点の影を見つける。
見覚えがある。帝国軍の飛空挺だ。
「あ……あれは」
エルマーも、その存在に気がついたようだ。
周囲には身を潜める場所も見当たらない。改めて降りる場所を探す必要もない程だ。
高い場所から見下ろされたのでは、すでに発見された後であろう。
事実、飛空挺は徐々に高度を下げ始めている。
「エルマー、大丈夫……まだ間に合うよ!
急いでここから逃げよう……エルマー?」
振り返るネネコの顔色が変わる。
タイミングが悪過ぎるのだ。
エルマーは二、三歩後ずさりをすると、そのまま動かなくなってしまった。