ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第四章(4)


周辺を見回しても、身を潜めて危険を回避するだけの場所は見当たらない。
背の低い青草と剥き出しのひび割れた地面が広がるのみで、陽の光も照りつける。
少しでも早く行動を始め、出来る限り距離を稼ぐ必要があるがエルマーが動けないのだ。

「エルマー、もしかしたらリウ・オゥを感じてるの?
 だとしたら、リウ・オゥも意地悪過ぎるよ……だけど、そうじゃないんだね?」

瞳が不規則な点滅を繰り返し、身体を震わせて萎縮してしまうエルマーの姿。
その様子を、以前にネネコ・クローネルは間近で見ていた事がある。
オルデマスが巨大な炎の壁に覆われ、赤い光景に逃げ場を奪われてしまった時だ。

初めてユノン達と遭遇した時にも、やはり怯えていた事をネネコは覚えている。

今度は飛空挺を駆り出した軍人達が迫ってくる。
恐怖を感じているのだ。
エルマーの感情が伝わってくるが、このままでは容易に捕まってしまう。

「怖がってる……わかるけど、一歩ずつでもいいから前に進まないと!」

ネネコは押したり引いたりしながら行動を促そうと試みるものの、
エルマーの巨体が僅かにでも動く気配は無い。体躯の差が大き過ぎる。

そうしている間にも、船体を固定した飛空挺の格納庫から特装が展開されているのだ。


特装専用のバズーカ砲を背負ったモルドフ数機と、オズ・パッセが出撃する。
船首に立つバセス・チルノダ中佐はオズ・パッセと繋がる拡声器を握り締めて笑った。
天候も見晴らしも申し分ない。機械人を確保するには最良の機会である、と。

『モルドフ各機、目標を射程圏内に捉え次第、攻撃を開始せよ』

指示を受けたモルドフは機体をやや浮かすと前傾姿勢を取り、ホバーで走行を始める。
中佐の言葉を間近で聞いていたミドレィ公が彼に詰め寄る。

「捕らえる間もなく、破壊してしまうつもりかね」
「機械人はこの程度で壊れたりはしない……
 期待外れに終わるならば、特装に代わる力と成り得る事もない。これは篩いだよ」
「……」

「こちらオズ・パッセ。目標は依然として沈黙状態を保っています。
 射程圏内に到達し次第、攻撃態勢に入って下さい」

七機のモルドフは一斉に距離を詰めていくが、ある程度距離を詰めると
ネネコとエルマーを中心に円を描く様に展開し、その動きを止めた。

「のこのこと間抜けなツラ見せに来やがって……
 てめえから死に急いだんじゃあ、救えねえぞ」

機内のエッジ少尉は額に脂汗を浮かべると、忌々しげに愚痴を零す。
すでに砲塔を構え、スイッチをひとつ押せば弾を命中させられる距離にある。
しかし引鉄を引く事はせず、彼は通信機を操作すると妙な会話を始める。

「旦那方、回線の調子はどうだい」

『ダグ機、問題ない』
『ベスタだ。聞こえている』
『パゼー、ノイズも遅延も見られない。どうぞ』

他六機のモルドフの操縦士から次々と返答が返って来る。
一般市民であり、さらに幼い子供である目標に対して銃を向ける罪悪感はある。
同時に生まれる緊張感を否定する事も出来ない。だからこそ、彼等は軽快に話を進めた。

「射撃演習は真面目にやってきたんだろうな?」
『それはこっちの台詞だ』
『ここまでお膳立てして外しましたじゃあ、明日食う飯も不味いだろう』

「クソガキをビビらせてやるだけでいいんだ……後は勝手に逃げていくだろうよ」
『刺激が強すぎて漏らさないといいがな』

待機してから次の行動に移るまでのもたつきに気がついたのであろう。
通信機の向こう側から別の声が割り込んでくる。

『何をしている……指示は出した。砲撃許可を待つ必要はない、やれ』

バセス中佐の声だ。
モルドフ部隊の意図と企てに気がついている様子はない。
出航前に拵えさせた特別回線の調子は良好のようだ。

エッジ少尉は一度大きく舌打ちを打つと、射撃用のバイザーを降ろして構える。

「野郎、せっつきやがって……勘づかれる前に始めるとするか」
『良く狙えよ』
『一斉に砲撃する事もない。まず俺が先陣を切ってやる』

トリガーが引かれる。
モルドフのバズーカ砲が火を噴き、いよいよもって弾丸が放たれた。


軍人達の特装とネネコ達の間には距離があるが規則的に並んだ相手の挙動がおかしい。
それ以上に接近する事はないが、感覚が鋭く働くのか、狙われていると感じた。
タイミングを計ったように運動を始めると、その内の一機が構える鉄筒から火花が散る。

「なに、あれ……何かが飛んできて……!?、うわああっ!」

砲弾がネネコとエルマーから離れた場所に着弾すると同時に、地盤を抉って爆発した。
音響が轟き、粉塵と残骸が乱暴に飛び散る。

弾丸は外れた。
狙い通りだ。

「よし、良い位置だ!」
『欠片や破片ががぶつかっただけでも致命傷だ。気をつけろよ』
『とっとと尻尾を巻いて逃げやがれ……』

エッジ少尉達の意図とは、ネネコ達が逃げ出すまでの時間稼ぎだ。
とはいえ、バズーカで砲撃しなければならない、という大前提がある。
怪我をさせないように、そして中佐が察する事の無いように撃ち続けなければならない。

やらせであるとはいえ、緊張と疲労を伴う事は変わらないのである。

だが、肝心のネネコ達に逃げ出す様子はない。
彼等が気がつく術もないが、エルマーが動けないのだ。
放たれた弾丸が追い討ちとなり、余計に萎縮してしまう。

「う、うう……駄目だ、このままじゃやられちゃうよ!
 エルマー、しっかりして!何もしないままに捕まっちゃうなんて、嫌でしょう!」

ネネコの髪や肩口に粉塵が被さり、その危険性を訴えている。
エルマーにも、この危機的状況が把握出来ないわけではないのだ。
本能が発する警戒に対し、心の慟哭が遮ろうと邪魔をして身体が言う事を聞かない。

何よりも、ネネコの生命に危険が迫っている事実が目の前にあるというのに。


この一撃で済んでいれば、彼等の溜飲も下がった事であろう。
舞い散る粉塵が落ち着くのを待ち、様子を伺うが状況に変化が見られない。
目標は微動だにせず、逃げるどころか反応さえ希薄とも感じられた。

『……どういう事だ』
『完全に縮こまっちまったか?』
「冗談を言ってる場合じゃねえが……」

彼等が間を空ければ、後方のバセス中佐が背を押すように通信を入れてくる。
業を煮やした中佐が、自ら出撃する事態となればエッジ少尉達の徒労も無駄となる。

「仕方ない、撃つぞ」
『こうなった以上、第二波、三波と続けるぞ』
「あまり前のめりになるなよ……ハッタリが利けば十分だ」


「また撃ってくる……爆発するんじゃ、わたしが弾き飛ばす事も出来ない!」

ネネコが無茶を言うが、砲弾がただの鉄の塊であれば対処する自信もあった。
地盤を容易く吹き飛ばし、四散する弾丸を見ると触れる事も許されないであろう。
もはや逃げ出す以外に危機を脱する術もないのだが、伏せる以外に選択肢がなかった。

自身を守ろうとするのであれば、エルマーの背後に隠れる方がまだ安全だ。
それが出来ないのがネネコ・クローネルなのである。
身体を丸めて凌ぐ事で精一杯ではあるが、自分だけが逃げ出すわけにはいかない。

「エルマー……どうしたらいいの!」

今度は一度の砲撃だけで済ませる気はないようだ。
相変わらず弾丸は離れた場所に外れているが、粉塵が絶え間なくネネコに振りかかる。

このままでは、いつか砲弾の直撃を受けるのは時間の問題である。


高所から作戦展開を見守るバセス中佐は、眼前の状況に違和感を抱き始めていた。
彼等に実弾を用いた戦闘経験が皆無だとはいえ、ここまで外すものでもない。
発射、命中させるだけなら、操縦士がやる事は照準を合わせてトリガーを引くだけだ。

何よりも、目標は移動する事もなく沈黙しているのである。

中佐が訝しむ気配を察したわけではないであろうが、エッジ少尉が業を煮やす。
固定されたバズーカの発射体勢を解くと、僚機が砲撃を続ける中で前身を始める。

『おいエッジ少尉、何をする気だ!』
「直接取りついて話をする……適当な所で攻撃を止めろ!」
『適当な所って……全機、攻撃中止!エッジ機に当たるぞ!』

一、二発の弾丸が後方からすり抜けていくが、少尉はモルドフを巧みに動かしていく。

弾切れを起こすまで撃ち続けるやり方もあるが、撃てば撃つほど命の危険が増す。
何よりも、砲撃を外し続ける状況をバセス中佐が何もせずに見過ごすとも考え難い。
中佐が行動を起こすよりも、弾切れを起こすよりも早くに逃亡してもらいたかった。

だがネネコ・クローネルが粉塵を浴びる事に甘んじて何もしないとはどういう了見か。
進渉を変え、相手の真意を確かめるためにも直に密着するのが手っ取り早い。
当然、その行動にはエッジ少尉自身を危険に曝す事にはなるのだが。

我ながら馬鹿馬鹿しい事をやっている、と少尉本人も自覚している。
撃って仕留めれば終わるはずの話である。それが出来れば事は済むのだ。

エッジ少尉のモルドフがネネコと接触するのに時間はかからなかった。


特装が高速で接近すると、吹き上げる風がネネコに被さる塵埃をいくらかさらっていく。
ネネコは丸めた身体を起こすために初動が遅れるが、構える必要はなかった。
轢く勢いで迫り、寸前で静止した特装のハッチが開くと、エッジ少尉が姿を見せたのだ。

「この……馬鹿野郎が!
 何をもたついてやがるんだ、ネネコ・クローネル!」
「その声!?……あ、エッジさん……?」
「こんなに埃塗れになりやがって……逃げろよ!何故逃げないんだ!」

攻撃してきたのは彼等である。
筋が通らない物言いではあるが、だからこそ少尉が何を言いたいのかを理解する。

「エルマーが動けないの!怖がってて……だから、逃げる事も出来ないんだよ!」
「なんだと……!?」

この緊急事態に、悠長な事を言う。
子供達の不可解な行動の原因を掴むと、エッジ少尉は顔を上げてエルマーを睨みつける。


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