ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第五章(2)


集中的に照らされる刺激にも慣れると、舐めるようにつき纏う光が鬱陶しく感じる。
大尉の周りに集まるモルドフはライフルこそ構えていないが、
外側に突き出した補助腕には武器を装備しているようだ。生身を晒す兵隊員も同様だ。

小さく頭を振り、せわしなく瞳を動かして状況を把握する中、大尉に鋭い視線を向ける。

「エルマーに会わせるわけにはいかないって……どういう意味なの」
「機械人は明朝、帝国本土に搬送される。そう指示を受けていてね」
「そんなのユノンさん達の勝手な都合じゃない。エルマーには関係ないよ!」

「君も身を持って知ったはずだ。機械人に関われば、常に危険と隣り合わせになる」
「だから、あなた達がエルマーを追い駆けるのをやめてくれれば、それで済む事でしょう」
「そうはいかないんだ」
「どうして!」

ネネコの苛立ちが募る。
彼等がエルマーの執着するのも、どうしても勝手な都合だとしか考えられないからだ。

「ここで俺達が見逃したとしても、また別の場所で他の人間が機械人を求めるだろう」
「バセスさんは言ってた……エルマーを、戦争の道具にするって!
 昔からそうだから、今度も……エルマーはそんな事、これっぽっちも望んでないのに」
「機械人には力がある。オルデマスで不可思議な超常現象を起こすのを君も見たはずだ。
 エルマーと交戦して、数機の特装が容易く破壊されている。機械人には力があるんだ」

「好きでやってるんじゃないよ!力があるからって、戦わなくちゃいけないなんて!」
「望む望まないじゃない。力を持つ者は、その力を行使しなければならない責務がある」

バセス中佐の言葉とも重なってくるが、ユノン大尉の言い分も解らなくはない。
ネネコ自身にも、常人にはない稀有な身体能力がある。
戸惑う事もあり、なじられる事もあった。

それでも、自身の意思を無視して無理を通されれば抵抗はするであろう。

「機械人を手に入れようとする人間が現れる度に、君は命を張ってエルマーを守るのか」
「そうだよ。エルマーは……人を傷つけたくない、傷つけるのが怖いくらい臆病なの。
 誰かが守ってあげなくちゃ、すぐに潰されちゃうんだよ。そんなの耐えられない」
「君は、もっと自分自身を大切にするべきだ」
「わたしは、自分の気持ちを大事にしてるから、こうしてエルマーを迎えに来てるの!」

会話は平行線を辿る。
どちらにも譲る意思はないのだ。
だがユノン大尉には、ネネコに問い質したい事があった。

「君は何故、そこまで機械人に……エルマーにこだわるんだ」
「それは……」
「エルマーの気持ちというが、そこに根拠はあるのか?
 君が危険を冒してまでここまでやって来た理由は何だ。君にとってエルマーとは何だ?」

答えは胸の中でははっきりと出ているのだ。
しかし、言葉にして伝える事が出来るであろうか。
胸のつかえをひとつひとつ解くように、ネネコはゆっくりと答えていく。

「エルマーは……わたしの中でずっと眠っていたの。
 わたしの中で力を与えて、長い間……赤ちゃんの頃からわたしを守ってくれていた。
 エルマーの身体から溢れる緑色の光、ユノンさんも見たでしょう?
 わたし、あの光も知ってた……何度も何度も、見た事があった。見ていてくれたの」

要領を得ない話ではある。
子供の御伽噺だと一蹴する事も出来る。
それでもユノン大尉は嘲る事も無視する事もせず、ネネコの話を受け止めている。

「エルマーと出会って、旅を続けて……離れ離れになって、わたしもようやく気がついた。
 証明する方法は解らないけど、胸に手を当てて目を閉じると、エルマーを感じるの。
 どれだけ離れていても……エルマーが傍にいるから、何も怖くないんだって」

ネネコの瞳から涙が零れる。
相手に理解出来る話ではない事が、話をしている本人でも解るからだ。
何よりも、自分自身がそう確信している事も不思議だと感じる。

それでも、この場で訴えなければならない。

「ユノンさん、解って。エルマーと会わせて」
「……聞くが、エルマーは君が迎えに来る事を望んでいるのかな」
「え……?」
「バセス中佐がエルマーを連れ去る時、何故君をあの場に残したのだと思う?
 君を、危険から逃がしたいと……それがエルマーの本心だからじゃあないのか」

「ネネコ、何故君はここまで来てしまった?
 エルマーが望んでいるのは、君の無事だったんじゃあないのか」
「だ、だけど……」
「いますぐ背を向け、ここから立ち去れ。引き返すというのならば決して撃たない。
 リル・ディスまで安全に君を送り届ける事も約束しよう」

「そんな事、出来ないよ!」
「エルマーの事は忘れ、君は君の世界で静かに暮らすんだ。
 いまは辛いかもしれないが、必ず君のためになる。エルマーのためにもだ」
「ユノンさん……」

酷い眩暈と脱力感がネネコの両肩に圧し掛かってくる。
エルマーを迎えに来た事は間違いであったのか。
ネネコの独り善がりな思い過ごしであったのか。

そうではない。
そうではないはずだが、ネネコにはこれ以上反論する言葉が浮かんでこないのだ。


バセス中佐は再度、イールミュ・エルが待つ地下室へと戻ってくる。
兵隊員達は侵入者の対応に追われているのであろう、要らぬ邪魔が入る事も無い。

しかし、イールミュ・エルの前にはミドレィ公が立ち、中佐を待っていた。
バセス中佐の顔を見るなり、ミドレィ公は事を察した様子である。

「人を殺めたのかね」
「相手も軍人だ。少々温室育ちだがね……問題はない」
「……」

「それよりも、何か話でもあるのか?ミドレィ公」
「別れを告げに来たよ」
「なんだと?」
「この機会を逃したら、もう会う事もあるまいて……だから、直接話をしよう、とな」

唐突な話ではある。
元々、何故この軍人達の基地に居座っているのか解らない不審者ではあったが、
去り際まで意味不明な言動と挙動を取るのだ、この老人は。

「中佐殿、お前さんはこのイールミュ・エルで何をしようとしておる?」
「その質問を受けるのは、これで三度目になるかな」
「……イールミュ・エルの声を聞く事は出来たかね」
「声だと……アス・カンタネルは話をするのか」

「アス・カンタネルが生きている、という話は多少は理解出来たようだのう」
「正直に言えば、実感は沸かない。しかし、只の機械ではない事は解る」
「世界には……この時代でも、アス・カンタネルの声を聞く事が出来る者がおる」
「……俺は聞いた事がない。第一、イールミュ・エルは沈黙したままだ。
 いまこいつは生きているのか?そうでなければ困るのだが」

イールミュ・エルの眼部は黒く塗り潰されたままである。
話をするどころか、一切の刺激に対して無反応なのだ。

「生きておる。動きを封じてはおるが、意識もある。ワシらの声も聞いているはずだ」
「ならば何故……何も答えない」

中佐は、ひとり告白をした夜の事を思い出す。
彼が淡々と話をするばかりで、とくに返答があったわけではなかった。

「問題は、イールミュ・エルにあるわけではない。お前さん本人にある」
「俺に?……何がいけないというのだ」
「アス・カンタネルと会話をする者は皆、高い精神力と感受性を備えておる」
「……つまりそれがない俺には、資格がないと言いたいのか」

「かつてアス・カンタネルを操縦した者は、すべてが声を聞く事が出来たわけではないよ。
 ただ、精神の深層部分での強いつながりを持っていたかといえば、そうでもない」
「動かす事が出来るのならば、問題はないだろう」
「パートナーを選ぶのは、アス・カンタネル自身だと教えた事を忘れたかね」

「選択の指標に強い影響を与える、と言いたいのか」
「イールミュ・エルは、お前さんを受け入れたかね」
「反応がないのだ。確かめようもないだろう」

ミドレィ公は中佐の傍を離れ、イールミュ・エルの足元へと近づいていく。
やはりイールミュ・エルの様子に変化はないが、話は終わりではないようだ。

「お前さんも見ていたであろうがイールミュ・エルを操るには腹部に乗り込む必要がある。
 人間を受け入れるのは当然、アス・カンタネルの意思だ。やってみるが良い」
「やってみろだと?……腹を開けなどと……どうすれば叶うのだ」

歩み寄る中佐が腹部を撫で、探ってみるがとくに開く様子はない。
スイッチや繋ぎ目が見られる事もなく、外部から開かせる方法が思いつかなかった。

「話を……声をかけろ、というのか?開け、イールミュ・エル。開け!」

反応はない。
何度試しても同じ結果である。いや、結果すら見られない。
試行錯誤するバセス中佐に見切りをつけたのか、黙って見ていたミドレィ公が制する。

「これが答えだよ」
「答えだと?」
「イールミュ・エルはお前さんを受け入れる事はない。
 何故ならば、すでにパートナーを決めているからだよ」

「……ネネコ・クローネル」
「あの子を撃ち落したのは間違いであったな。
 もしも話をする事が出来れば、何かしらのヒントを得られたかも知れないのに」
「知っていて……俺に恥をかかせたというのか、ミドレィ公」
「恥などではない。元々、人間とアス・カンタネルのつながりとは特別な物なのだ。
 その事を実感出来る人間もまた、稀な事ではあるがな」

「俺では……イールミュ・エルを操れない」
「イールミュ・エルを何処へ運ぼうと、何の役にも立たぬよ。動かないのだから」
「ゲン・バウアで封印を解けば良いのか」
「動きを封じたのはたしかにゲン・バウアの能力だが、
 心を閉ざしているのはイールミュ・エル本人の意思によるものだよ」

バセス中佐は絶望する。
イールミュ・エルは自身には手を貸さない。心を開かない。
これでは、何のために入手したのか解らないではないか。

「最後に伝えておく事がある。
 お前さんの未来を切り開くのは、イールミュ・エルでもゲン・バウアでもない。
 お前さん自身、お前さん次第だよ……中佐殿」

口を半開きに開放し、呆けた表情を浮かべる中佐の耳に届いたであろうか。
ミドレィ公は煌びやかな杖を取り出し、その姿を闇の中に溶け込ませていく。

「自分自身を受け入れる事だ。偽りの上にはひとつの真実も生まれない。
 ……さらばだ、バセス・チルノダ中佐。御機嫌よう」

ドルイドの老人は音もなく消え去り、バセス中佐だけがその場に取り残された。
虚ろな瞳でイールミュ・エルの名前を呼び、言葉が返る事を切望する。

「開け、イールミュ・エル。腹を開け……この俺を受け入れろ。
 話をしたろう、共に行こうと。共に歩もうと……俺の声が聞こえているのだろう?
 イールミュ・エル。開け……俺を、受け入れろ。ひとりにするな、イールミュ・エル」

魂が抜け落ちた顔にも表情が戻ってくる。
しかし、湧き上がってくるのは激しい憎悪の心だ。
鬼の形相を浮かべ、赤い歯茎を剥き出しにしてへし折らんばかりに歯軋りを鳴らす。

「……おのれ!」

力任せにイールミュ・エルの足を殴打する。
返ってくるのは鈍い痛みと、自分自身の惨めな醜態だけである。


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