ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第五章(3)
軍人達がつきつける銃口と無常の闇が、虚しくもネネコの訴えを飲み込んでしまう。
ただ一緒に過ごしたい、というささやかな願いは卑しくも摘み取られてしまうのか。
ネネコとユノン大尉、両者の言葉に寸分の間が生まれると突如、爆発音が響き渡る。
鼓膜を麻痺させ、腹の底に響いてくる轟音は場に集まる者達の神経を掻き乱す。
同時に黒色の空が赤く染まり、飛空挺の輪郭がゆっくりと崩れ落ちていく。
「っ!……なんだ!?」
「飛空挺……まさか、ゲン・バウア……バセス中佐が?」
事態を把握するには情報が少な過ぎる。
軍敷地内で起こった衝撃とはいえ、ユノン大尉を始め動揺を隠す事は出来ない。
ネネコ・クローネルにしても同じ事である。
「爆発した?……空飛ぶ船が、勝手に燃える事なんて」
ユノン大尉は背後に待機させていた自身のモルドフに寄り、通信機に手を伸ばす。
高台からネネコを照準内に収めている小隊員ならば、地の利を生かせるはずだ。
「シエラ機、応答しろ。状況の確認は出来るか」
『飛空挺発走路、爆発の付近にゲン・バウアの機影を確認。
三番機、ならびに二番機が炎上しています……それに、これは……うああっ!』
ノイズ混じりの音声の末尾が途切れるが、改めて確認するまでもない。
四方に構えられた高台の一本が支柱ごとへし折れ、赤い炎がモルドフを照らしていく。
撃墜されたのだ。
相手を問う必要も無いであろう。
『おい、ユーノ!』
「チ……オズ・パッセ、准尉、伍長。応答しろ」
『こちらオズ・パッセ。どうぞ』
「非常事態だ。状況を戦闘態勢に移行。
別棟と司令塔の非戦闘員にも伝達。演習ではなく実戦だという旨も忘れるな」
間もなく、構内は赤い非常灯と警告音に満たされていく。
騒動の主が爆発で周囲を巻き込み、少しずつこちらへと接近してくる。
無差別な破壊行動に綿密な狙いがあるとは考えられないが、躊躇している場合でもない。
広間に集合した特装、兵隊員達にも指示が伝わり、それぞれが展開していく。
たがこの中にひとり、訓練はおろか彼等とは無縁のはずの人間が紛れ込んでいた。
『ユーノ、相手はバセス中佐なんだな?』
「おそらくはな。一時、この場の指揮を一任する」
『お前は?』
「ネネコ・クローネルをエルマーと会わせる。出来る限り、目標を遠避けてくれ」
『そうか……そうだな。だが、相手が悪い。いつまで時間稼ぎ出来るかも解らんぞ』
「俺も直ぐに戻る。頼むぞ」
手短に打ち合わせを交える間にも、衝撃と施設が倒壊する音が木霊してくる。
ユノン大尉は素早くモルドフに搭乗、起動して広間の中心に佇むネネコの傍に寄る。
「ネネコ、ネネコ・クローネル!こっちだ!」
「ユノンさん、これはどういう事!?」
「詳しく説明している暇はないが、ゲン・バウアが暴走している」
「ゲン・バウア……もしかして、バセスさんが?」
子供の勘の良さに改めて意表を突かれるが、感心している余裕もない。
モルドフの補助腕と右腕を巧みに操作し、身体を固定するように促す。
「俺達も予測していなかった事態だ。こうなれば、君をエルマーの元に連れて行く」
「エルマー?エルマーがいるんだね……何処に?」
「生身で走るのも危険だ。モルドフにつかまれ」
モルドフのハッチが閉まると、ややも前傾姿勢で機体を浮かし、進んでいく。
肩越しから見る赤い光景は離れていくが、胸を揺さぶる破壊音が止む事はない。
夜明けの眩しさとは異なる禍々しい光に、ネネコは眉を寄せて奥歯を噛み締めた。
ユノン大尉に連れられたネネコは、急造された施設であるのか
妙に真新しさを表している地下室へと案内されていた。
機械的な扉を前に異質さを感じずにはいられないが、奥にはエルマーが待っていた。
照明が落ちた中でも、ネネコが判別するには容易い。
息を切って駆け寄るものの、何処か裏切られたような感覚に襲われた。
「エルマー、エルマー?」
「……」
「エルマー、どうしたの……迎えに来たんだよ、エルマー!」
エルマーの瞳からは光が失われ、ネネコの声に反応する様子も見られない。
身体に触れ、撫で上げ、掌で軽く叩いてみても石の様に微動だにする事もなかった。
怪訝な表情を隠せず、それでもエルマーを呼び続けるネネコを前にして
様子を見守っていたユノン大尉が静かに、口を開いた。
「……この基地に運び込まれた時から、ずっと状態が変わらないんだ」
「どうして……あなた達が、エルマーに何かしたの?」
「解らない。ただ、ゲン・バウアとの交戦中から様子が変わったと報告は受けている」
「ゲン・バウア……」
「俺達にも、いや……俺にも原因が解らない。君ならば、何か出来るかとは思ったが」
「わたしに出来る事……」
「エルマーと共にここから避難する事を薦めるはずだったが、
どうにも出来ないようであれば……君ひとりでも、逃げるんだ」
ネネコが閃き、外では非常事態に見舞われている事を思い出した。
同時に、ユノン大尉の言葉の意味を理解するのである。
「逃げるって……それなら、ユノンさん達も逃げないと!」
「状況によってはそうなる。だが、これは俺達の問題だ。君が気にする事じゃない」
「違うの、ゲン・バウアは!ゲン・バウアは、何処か普通じゃないの。
エルマーが頑張っても、なんとか押し切れるくらいで……それで」
ユノン大尉がネネコの両肩を優しく掴み、言葉を遮る。
その顔は、静かに笑っていた。
過去に見せた事がない彼の表情に、視線から伝わる覚悟の様な物を感じ取る。
「ネネコ、すまなかったな」
「え……?」
「君には辛い話をした。だが、出鱈目な言葉を並べたわけじゃあない。
この先もずっと、エルマーと一緒にいたいと願うのならば
誰にも見つからない場所で、目立たない様に静かに暮らすんだ」
ユノン大尉は真っ直ぐにネネコを見つめている。
胸の奥まで染み込ませる様に淡々と話す声は、重く広がる中でも穏やかだ。
「ユノンさん……」
「人は自身にない物を恐れ、そして羨望の眼差しを送るものだ。
エルマーの様に特別な存在は格好の餌食となり、誰もが欲しがり、争うだろう。解るね」
「エルマーは……そんな、わたしや他のみんなと大きく違うようなものじゃないよ」
「いいんだ、ネネコ。君がその感じ方を変えられないのならば、そのままでもいい。
ただ、弱い者の愚かさもまた、少しだけでも解ってやってくれないか」
この話は、以前にも聞いた事がある。
父親であるユウマが伝えた言葉の中でも、似たような話を教えてくれた。
ネネコが反芻して瞳を小さく伏せていると、ユノン大尉は身体を起こして離れていく。
「エルマーが起きないのならば、外の様子が静かになってから西の林陰から逃げなさい」
「ユノンさん……ユノンさん、待って!」
「部下が……仲間達が待っている。こうしている間にも、危険は増しているはずだ」
黒い軍靴が階段を叩き、軽く乾いた音が密室に響いてくる。
先から続いている小刻みの震動は、地上からのものと考えて良いであろう。
ユノン大尉は止まる様子がない。堪らなくなったネネコが、彼の裾にしがみついた。
「ユノンさん!」
「……ネネコ・クローネル。君は」
彼の掌がネネコの赤い髪に添えられる。
少し癖のある柔らかい髪質に安堵を感じ、いつか初めて出会った時の事を思い出した。
「……君には、人の心を突き動かす力がある」
「心?」
「強いとか優れているとか、そういう話じゃない。
君のひたむきな姿が、俺やエッジや、そしておそらくは多くの人達に伝わっていくんだ」
「ユノンさん、何を……」
「君の様な子供は、死んではいけない。エルマーも同じだ」
「それは、ユノンさん達だってそうでしょう!」
ネネコの怒声がユノン大尉を貫く。
そしてやはり、オルデマスで受けた叱責を思い出すのだ。
口の端を緩ませ、一度エルマーに目線を移すと彼の告白は続いた。
「俺はね、俺は……子供の頃に機械人と過ごしていた時期があるんだ」
「エルマーの、お友達?」
「声を聞いた事もある。話が出来たんだ。いまではもう、聞こえないけどね」
「そのお友達は、いまはどうしてるの?」
「解らない。いつ別れたのか、会えなくなったのか。思い出せないんだ。
ただ、忘れたわけじゃなかった……君とエルマーを見ていて、妙に懐かしさを感じてね」
髪に触れる手が再度離れ、階段の手摺を握り締める。
これが最後なのだと、彼の決意が変わる事はないのだと感じられた。
言い表せない感情が込み上げて来る中、ネネコはただ動揺する事しか出来なかった。
「大丈夫だ。どういう結果になっても、君とエルマーだけは逃がす。
生きるんだ、ネネコ・クローネル。俺達も、諦めない」
俯くネネコにはユノン大尉を止める事は叶わない。
階段を上がる音が遠くに消えると、開かれた扉が外の気配を飲み込み直ぐに引いていく。
力無く振り返ると、エルマーが変わらず佇んでいる。
小さな震動とネネコの足音が重なり、ふたりはその距離を縮めていく。
ネネコがエルマーの足に触れると、冷たかった。
抱え、胸に寄せても冷ややかな感触は変わらない。
静かな密室の中で、徐々に自身の鼓動が聞こえてくるのを確かめる。
「エルマー」
小さい声だ。
直ぐ傍にいるエルマーにも、はたして聞こえたであろうか。
「エルマー、辛いなら、苦しいなら……お返事しなくてもいいから、わたしの話を聞いて」
ネネコの脳裏に、これまでの出来事ひとつひとつが蘇ってくる。
初めてリル・ディスを訪れた時の事。
ボジョやニッチ、コポルとオルデマスの遺跡を探検した時の事。
ユノン大尉達と出会い、そして生命の箱庭が赤く炎上した時の事。
景色を見、さえずりを聞き、生き物に触れ、多くの人達と出会ってきた事。
過去、思い出、赤子の頃からの記憶。
エルマーと、出会えた事。
ネネコ・クローネルにとっては、どれもかけがえのない大切な宝物だ。
何ひとつとして、手放して痛くないものなどない。
ネネコは顔を上げ、黒く閉ざされたエルマーの瞳を見つめると、言葉を綴り始めた。