ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第五章(8)
翼を広げ、長い尾を揺らして舞うゲン・バウアは彼方から見れば十字に映るであろう。
身体から絶えず赤い光が溢れ続け、軌跡を描く様は架から垂れ続ける鮮血を思わせる。
皮肉としては、笑えない冗談である。
斬り込んでいく緑色の一条の光は、エルマーとネネコだ。
「バセスさん、ひとりぼっちになった世界で、何をしようっていうの?」
「異な事を言う。集まっているんだよ、ボルテックスが築き上げられていくのだ」
「目を凝らして良く見てよ。みんな枯れていくんだよ?全部なくなっちゃうの!」
「だから、ゲン・バウアに姿を変えていくんじゃあないか。昇華だよ、これは!」
盲目的なバセス中佐の発言からは、何処か現実感が失われつつあった。
幻覚か幻想を見ているのか。
ゲン・バウアがもたらす力の副作用か、もしくは弱き人間の自然な性なのかもしれない。
「いま、ゲン・バウアがどんな姿をしているのか、知らないでしょう!」
「ハハハ、さながら神が遣わした救世主といったところかな?」
「乱暴で横暴で、天使になんかなれやしないよ!」
「ハッ!純白のイールミュ・エルがそうだというのかね?笑わせるな!」
「エルマーは、そんなんじゃない!」
宙空を漂うゲン・バウアに追いつく事が出来た。
少しでも生命の吸収を止め、被害を抑えなければならない。
エルマーが大剣を振るうと、後を追う光の帯が空を両断する。
「何度挑もうと、もはやゲン・バウアは止められないぞ!」
「その子はゲン・バウアじゃない、リウ・オゥなの。
その力もリウ・オゥのものなんだよ。バセスさんが奮っていいものじゃない!」
「貴様こそ、イールミュ・エルをエルマーと呼んでいるだろうが」
「エルマーはイールミュ・エルなんかじゃない。エルマーは、エルマーだよ!」
バセス中佐を逃がすつもりはない。
何度外そうとも直撃を諦めないネネコに食い下がられて、ゲン・バウアは滞空する。
「随分と勇ましくなったものだな、イールミュ・エル。
過去は吹っ切ったか?それとも開き直ったか。どちらにしても始末が悪いぞ」
「エルマーを惑わせないで。わたしに力を貸してくれるって、言ってくれたの!」
「そうかい、貴様はアス・カンタネルの声を聞く事が出来るんだったな」
「リウ・オゥだって、お話してくれたんだよ。助けてって、救いを求めてるの」
「……生意気なんだよ!」
何がネネコよりも劣っているというのか。
エルマーから突きつけられた失意と失望を思い出すと、激情が顔を覗かせる。
ゲン・バウアの五本の指から強靭な鉤爪が形成され、エルマーに襲い掛かった。
「うううっ……!」
「細切れにしてやる!目障りな、お邪魔虫め!」
攻撃の範囲を遥かに増した鉤爪に当たるのは危険だ。
何よりも、巨木の様な両腕に巻き込まれては切り裂かれる前に粉々に打ち砕かれそうだ。
ゲン・バウアの身体全体から溢れ続ける赤い光にも警戒したい。
「恐ろしいのだろう?ゲン・バウアに吸収される事が!」
「怖くなんか、ないよ!エルマーが守ってくれるもん!」
「なんだよ、その理屈は!」
考えてみれば、先から至近距離で交錯しているにも関わらず、
ネネコはおろかエルマーの身体にも大きな変化は見られない。
原因は解らないが、何かしらの力が働いて光の脅威から身を守っているであろうか。
「エルマーの光は傷だって癒してくれるのに!」
「ゲン・バウアの光こそ、この俺を癒してくれるぞ……寂しさを感じずに済む」
「え……?」
寂しさを感じる?
敵対する相手であるだけに思いもしなかったが、その一言が妙に引っ掛かった。
そもそも、バセス中佐が他と一体化する事に執着するのは何故なのであろうか。
単純に、エルマーを凌駕し、無二の力を求めているからだとは考えられない。
「寂しさ……バセスさん?」
「俺にふさわしいのは、帝国軍でもイールミュ・エルでもなかったのだ。
このゲン・バウアこそが……俺の心に、魂に充足感を与えてくれる!」
「だったら……尚更もう、リウ・オゥの力を使っていたら……」
「リウ・オゥと呼ぶのをやめろ!こいつはゲン・バウアだ……この俺自身だ!」
突き出した掌から、突如として赤い光弾が放出される。
ひとつやふたつではなく、連続して発射された光が眼前に迫ってきた。
「!……エルマー、避けて!」
間一髪、大きく翻して避け切る事に成功する。
だがこの光の弾は脅威だ。間合いの計り方からやり直さなければならない。
無意識に攻撃に転じたバセス中佐だが、思わぬ産物に口の端を緩ませる。
「こいつはいい……撃ち落せ、バルカンだ!」
「もうっ!手がつけられないじゃない!」
「踊れ踊れ!避けた分だけ、弾の数を増やしてやろう!」
以前、ゲン・バウアが携帯していたマシン・ガンに通じるものがある。
最も、ゲン・バウアの掌大の巨大な光弾の連打では避け難さも比較にはならない。
威力の程は解らないが、危険を知らせる赤い光が警戒心を強めてくる。
両者の距離が離れると、興味も薄れたのか中佐はネネコを追うのをやめて迂回に戻る。
エキスを吸収する事に集中し始めてしまったのだ。これでは本末転倒である。
「駄目……逃がさない!エルマー、剣を構えて!」
大剣を胸の前に突き出す形で構え、姿勢を崩さぬまま突撃する。
速度を増すごとに全身から緑光輝が溢れ、一直線にゲン・バウアを追った。
その様子に気がつき、驚愕するのはバセス中佐である。
まだ距離はある。
対空の光弾を連射させて迎撃を試みる。
「チ……猪め!狙いを定めるまでもない!」
「避けない!このまま突っ込むよ!」
軌道を変えずに最短距離を突き進むネネコは弾道の中にあると解っていても止まらない。
意志の強さが硬度と破壊力を生むのか、直撃する光弾を弾き飛ばして突き進む。
ゲン・バウアに到達する刹那、両拳を締め、渾身の力で目標を貫いた。
「アーッ!グ、うう……お、おのれえっ!」
咄嗟に身体を捻って直撃を避けるが、衝撃がゲン・バウアの右肩を捉えた。
バセス中佐は自身の腕を押さえて悶え苦しむ。
効果はあった。鉄壁の防御ではないのだ。
「何故だ……こちらのパワーは上がり続けているのに……!」
「やってやれない事はないの!どうにかしても、リウ・オゥを止めるんだ!」
「ウウ、ウ……何をそんなに執着しているのだ……ン、むう?」
激痛に脂汗が滲んでくる中で、バセス中佐の脳裏にひとつの仮説が閃く。
この小娘は、明確な意思と目的があるからこそここまで食い下がるのだ。
「そうか……貴様、この俺を止めると言っていたな……
それだけ、皆を守りたいか。失う事がそんなに嫌かね」
「そうだよ!バセスさんひとりのために、みんなが犠牲になるなんて絶対に許さない!」
「絶対に、か……フフフ、結構」
不敵な笑みを浮かべるバセス中佐に、底知れぬ薄気味悪さを感じる。
ただの詭弁や虚勢ではないようだ。
「この力、人間に使ったらどうなるのだろうな……」
「えっ……?」
「この地域で、一番人間が密集している町は、何処だったかなあ……」
「まさか……リル・ディスを……?」
最悪の事態である。
バセス中佐を野放しにしては、間違いなく全滅する。
「駄目っ!行かせない!」
「スパイダー・ネット!」
感情が昂ぶり、冷静さを失ったためであろうか。
避けられるはずのスパイダー・ネットに捕まり、身動きが取れなくなる。
しかし効果は薄い。直ぐにでも大剣で両断し、呪縛から逃れなければ。
「うううっ!待って、バセスさん!」
「ハハハハッ!止めてみせろ、追い駆けて来い、ネネコ・クローネル!」
ゲン・バウアがその姿を巨大にしても、スパイダー・ネットの効果は変わらなかった。
封じられた後でも、手間取りつつ自身を解放する事に成功するが、
ゲン・バウアは西の空の彼方へと、すでに逃走した後であった。
もしも、ゲン・バウアとバセス中佐がリル・ディスに到達する事があっては。
その惨劇は想像するのに難くない。是が非でも止めなければ。
「追い駆ける!……だけど、その前に」
無論、今直ぐにでもゲン・バウアの後を追わなければならない。
しかし戦闘の中でネネコを守るために負傷したユノン大尉の事も気になる。
エルマーを反転させると、ネネコは彼等の姿を探した。
「ユノンさん、大丈夫!?」
ユノン大尉が搭乗していたモルドフの損壊は酷いものであった。
ハッチを無理やりにこじ開けたような形跡を見ると、脱出も困難を極めたようである。
応急処置を済ませたユノン大尉の傍らには、エッジ少尉とダグ少尉の姿もあった。
「ああ……大丈夫だ。なんとか、助かったらしい」
「良かった……矢継ぎ早だけど、わたし、バセス中佐を追わないと」
「バセス中佐……彼は一体、何処へ?」
「リル・ディスに向かったみたい。この山と同じ様に、みんなを吸収するつもりなの」
草木と大地が枯死していく様は彼等も目撃していた。事態の深刻さは良く解る。
しかし、この上で目の前の子供を危険に遭わせる事にも躊躇する。
その時、彼等の背後から民族的な衣装を身に纏ったドルイドの老人が姿を現した。
「彼はやはり、力の使い方を誤ってしまったようだのう」
「ミドレィ公」
「ドルイドのおじいちゃん?……どうして、こんな所に」
「御機嫌よう、ネネコ・クローネル。こうして顔を会わせるのは、初めてかな」
「わたしを知ってるの?」
「良く、な。しかし、それはいい。お前さんに、ひとつ聞きたい事がある。
イールミュ・エルの力を持って、何を成さんとしておる?」
「イールミュ・エル……バセスさんも言ってた。エルマーの事でしょう?」
「エルマー?」
「なるほどのう……そう読めなくもないか」
ドルイドの老人が笑う。
ネネコだけではなく、ユノン大尉達も怪訝な表情を浮かべて顔を見合わせる。