ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第五章(9)


「おじいちゃん、わたし急いで行かなくちゃいけない所があるの」

ゲン・バウアがリル・ディスを強襲しようと戦場を後にし、事態は一刻を争う。
ドルイドの老人が何処か悠長な物腰で問いかけるが、相手にしている場合ではない。

「そう急く事はないよ。一言二言、言葉を交わすだけの余裕は持たせてある」
「?……何を言っているの……?」

要領が掴めないが、老人の瞳からは妙な印象と力が感じられた。
足を止めて向き直り、正面から捉えると胸の中の不安とざわつきが身を潜めてしまう。
何を成すのか、と問われてもネネコがやるべき事はひとつだけである。

「バセスさんはリル・ディスでリウ・オゥの力を使おうとしているの。止めなくちゃ」
「止めるとは、助けるという事かね。一体、誰を?」
「リウ・オゥに飲み込まれていくみんなを、だよ。
 それにリウ・オゥ自身と、バセスさんの事だって放っておけないでしょう」

妙な事を言う。
被害に遭った、もしくは被害に遭うであろうという者達を守るというのなら解る。

「ネネコ、事の元凶は中佐本人だぞ。それを助けるってのは、どういう意味だ?」
「それはそうだけど、でも……追い込まれているのは、バセスさん本人だって感じるの」
「追い込まれている?」
「バセスさんは、寂しいって言ってた。全部を無くす事が、あの人の望みだとは思えない」

エッジ少尉とユノン大尉は、互いの顔を見合わせて首を傾げる。
しかしミドレィ公はその言葉と意思を愛しむ様に頷くと、深い皺の奥で小さくも笑った。

「リウ・オゥとは誰の事かね、ネネコ・クローネル」
「本人は、ラウュ・ウーフだと教えてくれたよ」
「彼の声を聞いたというのだね?」
「うん。助けを求めてた……きっと、ゲン・バウアがリウ・オゥを閉じ込めているの」

「……バセス中佐が連れ去る生命の渦を、どうやって救おうと?」
「解らない。だけど、方法はあるはずだよ」
「その方法とは?」
「話をしてみる。バセスさんと、もう一度……きっと、言葉は通じるはずだから」

当てがなく、根拠もない。
反面、藁をも掴む様な状況の中で即答するネネコには一抹の迷いも見られない。

言葉が、言霊が持つ潜在的な力の源を、この少女は無意識の中で実感しているのか。

「だから、わたしはエルマーと一緒に行くよ。リウ・オゥが待ってるから」
「……そうか。解った。話を聞いてくれてありがとう、ネネコ・クローネル」

「ネネコ、いいかい」
「なあに、ユノンさん」
「この期の及んで、君に逃げろとは言わない。だが、ひとつ覚えておいてくれ。
 君が多くの人を大切に思うように、君の無事を祈っている人間もまた、いるはずだ」
「うん……ありがとう、ユノンさん」

「無茶するなって言っても聞かないだろうが、まず自分ありきだって事、忘れるなよ」
「エッジさん、ダグさんも。エルマーを、信じていてね」

これから死地に赴かんという時に、手を振るネネコは笑顔である。
少女を迎え、緑光輝の粒を潤沢に溢れさせる巨人が翼を広げて山林を離れていく。
蛍火の光が夜闇の中に一筋の軌跡をつくり、やがて消えていった。

事が過ぎた軍人達の拠点には、虚しくも静寂が訪れる。

「歯痒いな。あまりにも無力過ぎて、無様だ」

元はといえば、これは彼等の内輪揉めである。
本来なら自身達が追い駆け、外部にひとつの被害も出さずに事を収めなければならない。

しかし長距離移動用の飛空挺はすでに破壊されている。
仮に足を掴まえたとしても、負傷した兵と役不足の特装で出来る事はあるのか。
いや、理屈抜きに鎮圧しなければならない事態であるという事も解っている。

戦うのは、利用せんと追跡を続けていた機械人とただひとりの少女である。

だが現実は悲しいかな、何をする事も出来ないのであった。
振り返れば、残骸と化した施設跡からは煙が燻っている。
この空虚感は、オルデマスが炎上した日に味わっていた事を嫌でも思い出す。

悪戯に、機械人に手を出そうとした事への罰なのであろうか。

「あの子達ならば、心配はいらぬ……大丈夫だよ」
「ミドレィ公……?」
「これは……試練だ。授かった力に対する宿命でもある。きっと、乗り越えられる」

「大尉殿、もう一度思い出してみてはくれんかね。彼と、別れた時の事を」
「彼……もしかして、過去の?」
「胸の中で静かに待っているはずだ。いまのお前さんでも、聞く事が出来るはずだよ」

「声を?……ミドレィ公、あなたは何故……そう仰る事が出来るのですか?」
「信じてあげなさい」

ミドレィ公は穏やかに笑い、ネネコとエルマーが消えた西の空を見上げる。
既に姿はなく、何万光年も先の世界で生きる星々が儚くも力強く、輝いていた。

「乗り越えて貰わねば困る……ネネコ・クローネル。
 お前さんと、この世界のためにも。星が生きた過去と、星が生きる未来のためにも」


ゲン・バウアが赤い瘴気を放出して静寂の夜を舞う。
姿を歪め、力を増すゲン・バウアの中にありながらもバセス中佐は違和感を抱いていた。

「妙だな。速度が上がらない……むしろ、緩慢になっているのではないか」

膨れ上がる異形と脅威に勢いが感じられなくなった。
古巣である基地を離れてからピークを過ぎてしまったのではないか、と。
事実、ゲン・バウアの飛行速度は徐々に落ち始めている。

怪訝な表情を浮かべるバセス中佐には、もうひとつ気がかりな点があった。

「遅いな……諦めたわけでもあるまいに。むう?」
「バセスさんっ!」
「来たか……ネネコ・クローネル!」

待ち侘びていたのは、振り払ったはずのネネコ・クローネルである。
執拗に進行を阻止しようとする姿からも、逃走後も必死に食いついてくると見ていたのだ。
ようやく追跡の意識と影を見せ始めた相手に、中佐は歓喜の声を挙げる。

その思考の幼さに、彼自身は気がついていたであろうか。

「遅かったな、諦めたのかと失望していたぞ!」
「そんなわけないじゃない。見過ごしたりするもんか!」
「ゲン・バウア、何をしている。スピード・アップだ!」

先までの違和感は杞憂であったのか、ゲン・バウアが大きく翼を羽ばたかせて前進する。
目まぐるしくも変わる視界が脳に高揚感を伝えてくるのだ。

「やっと追いついたのに……エルマー、急いで!」

ある程度の時間差があった中で、ゲン・バウアの姿を捉えた時にはややも安堵した。
それでもまだ両者の距離は離れており、捕まえる事が叶ったわけではない。
リル・ディスに辿り着かせるわけにはいかないのだ。

「リウ・オゥを連れ回してリル・ディスまで飛んで、何がしたいの!」
「知れた事。お前達の望みを叶え、すべての先導者、先駆者となるのだ」
「バセスさんがやりたい事なんて、そんな大袈裟な事じゃないでしょう」
「すべてを消滅させ、新しい世界を築くんだよ。ゲン・バウアを方舟にしてな!」

「そうじゃない。全部を奪いたいのなら、どうして基地でそうしなかったの?」
「あいつらは虫けらだ。故にこの俺を追放しようとした!」
「やりたかった事って、鬼ごっこでしょう?わたしに追い駆けて欲しかったから!」
「何をぅ……?」

「リル・ディスを目指して飛ぶのも、みんなに見て欲しいからなんだよ」
「な、何を……」
「空だって飛べるんだよって事を!上手に飛べるから、褒めて欲しいから……」

「貴様っ!」

この意識の深くまで探ろうとする声の主は一体何者であるのか。
不快感を抱き、熱く煮え滾る憎悪が込み上げて来るのは図星だからなのであろうか。
相手が子供の姿を成しているだけに、余計に始末が悪い。

ゲン・バウアが反転し、掌に力を収束させる。

「ゲン・バウア!バルカンだっ!」
「!……エルマー、集中して!」

前方の黒い塊から閃光が生まれると、赤い光弾が連続して襲い掛かって来る。
目眩ましに気を取られて、足を止めるわけにもいかない。
鎖の様に繋がっていると錯覚させながら迫る敵意を、速度を落とさずに巧みに避けていく。

「撃ちながら後退しろ。奴等が追いつけなければ、俺達の勝ちだ」
「ううう……そんなもの、どれだけ撃ってきたって!」
「ハハハハ、だったら潜り抜けて掴まえてみせろよ、おい!」

両者が渓谷の隙間を縫う様に突き進んでいく。
光弾と自然の障害物、両方に注意しなければ速度に乗せたまま叩きつけられてしまう。

ゲン・バウアが発する光弾が弾道を変え、岩壁をかすめて粉塵を巻き上げる。
夜闇に紛れる身体の保護色に加えて、さらに地の利を活かして身を潜めようとする。
煩わしさの中で悪態もつきたくなるが、エルマーを制御するのに精一杯である。

「なんとか、リウ・オゥの足を止めないと……」
「止まりはしない!むしろ離れる一方だぞ……何をモタモタしている!」
「エルマー、わたしは耐えられるから、もっと速く飛んで……捕まえるの!」

月光が限られた後押しをつくり、波打ちながらもネネコの視界を飲み込んでいく。
エルマーは高速で追跡を続けている。
ゲン・バウアの影が徐々に、徐々に大きさを増していくが、それでも追いつけない。

「届いて……もう少し、届いて……!」

赤い光弾の妨害は続き、岩壁に衝突しそうになる局面も耐えない。
足を止めて見過ごす事が出来れば、どれだけ楽であろうか。

当然、出来ない。
だからこそいま、自身はエルマーと共にバセス中佐を追っているのだ。
リル・ディスには、大切な人達が大勢待っている。

「届いて、届けっ……!」

距離が縮まらない。
ゲン・バウアの巨体は依然として、点のままだ。

「届けえーっ!」

エルマーの後部スカートから、四条の光の帯が放出される。
ゲン・バウア目指して真っ直ぐに飛び、そして直撃させる事に成功する。

「何っ……なんだ、攻撃されたのか!?……どうやって!」
「光の線が出た……エルマーが、撃ってくれたの?」

ゲン・バウアを捕まえる。
赤い光条と緑色の光条が渓谷を越え、繊密ながらも豊かな草原上空へと突入していく。


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