ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第五章(10)
「エルマー、もう一度光条線を撃って!いけえーっ!」
「クソーッ!俺が撃っても一発も当たらんのに……オフウッ!」
常に同時に四発発射される緑色の光条線が、ゲン・バウアを捉えていく。
エルマー自身の身体が追いつく事は出来ないが、放出される光は音速を超えている。
これでは、背中を見せて飛び回っているわけにもいかない。
「ゲン・バウア!バルカンだ……狙え、撃ち落せ!」
「闇雲なんだもん、そんなの……エルマー、良く狙って!」
「があっ!グ、ウググ……オーッ!」
緑光輝がその巨体を撃ち抜く度に、体勢が大きく崩れて失速する。
ただ良い様に的にされて翻弄されるほどに虚しいものはない。
幾度目かの狙撃がゲン・バウアを捉えると、弾ける光の合間から巨体が飛び出してくる。
溜まらずに懐まで接近してきたのだ。
「調子に乗るんじゃ、ねえーっ!」
「ああうっ!」
真上から縦一文字に振り下ろされる尻尾に直撃してしまう。
死角からの思わぬ攻撃を受け、必要以上の痛手を被る。
力無く地面に衝突する危機は脱するが、顔を上げればゲン・バウアは再度彼方にあった。
「ひとつ覚えみたいに、人の背中を撃つのをやめろ!」
「嫌がってる?……やめるもんか!ええーいっ!」
「チ……馬鹿野郎が!おいお前、こっちだ……降りて来い!」
気づいた時には着弾している光条線を回避するのは難しい。
業を煮やしたのか、バセス中佐はゲン・バウアを地表近くに降りさせて挑発する。
「誘われてるけど、好都合だよ。エルマー!」
「ハハッ、正直な奴め!そうらっ!」
逸る気持ちで接近するが、間合いに踏み込んだ所で長い尾に弾かれてしまう。
これでは、ある程度の距離から光条線を連射している方が有効打であった。
自身の不甲斐無さに幾らか嫌悪してしまうが、怯む隙に相手は逃げるばかりだ。
リル・ディス到達を目論む相手の目標は依然として変わっていない。
詰めれば逃げられ、小突く程度の反撃を受ければ中途半端な足止めとなり、
煩わしいイタチごっこが続くがゲン・バウアは牛歩ながらも前進しているのだ。
結果的にはバセス中佐の思惑通りに事が進んでいく。
光条線に手を焼きながらも、事態が好転している事を冷静に判断しているのか
バセス中佐は撹乱する様にゲン・バウアの動きを散らせ、嘲るように笑う。
「もうひとつ、嫌がらせをしてやるか……見給え」
ゲン・バウアが草原の真上を低空で飛翔する。
健気にも背丈を伸ばそうと蓄えられている群草に赤い光が触れると、次々と枯れてしまう。
まったくもって意味のない所で、リウ・オゥの力を開放しているのだ。
「何をしてるの……やめてーっ!」
「ハハハーッハッ!愉快、愉快。存分に泣き叫ぶが良い!」
ネネコの悲鳴が加虐心に油を注ぎ、暴君の意思が無抵抗の生命を奪っていく。
無差別に吸い上げた力で、一体何が出来るというのか。
「無駄ではないぞ、こうしている間にもゲン・バウアは更に成長する!」
「そんなのは成長じゃない!増長っていうの!」
「何かが吼えているが気にする事はない。これは期待感だ。そうだろう、ゲン・バウア!」
溜まらずエルマーが光条線を放出するが、怒りと動揺で狙いが定まらないのであろうか。
ゲン・バウアに難なく回避された上、皮肉にも地面に着弾して草原を荒らしていく。
「おいおい、これじゃあどっちが悪者か解らないじゃあないか」
「ぐううっ……!」
高笑いが浮かぶ中、眼前には自然の物とは異なる無数の小さな灯りが見えてきた。
左手には雄大な海岸線が広がり、月明かりを照り返して海平線の境界を知らせている。
未だ遠方にあるとはいえ、いよいよもって目視出来る距離まで来てしまったのだ。
「見ろおっ!貴様がもたもたとしているから、ついに辿り着いてしまったぞ!」
「リル・ディス……!」
「解るかね……貴様では何も救えない。この俺を捕まえる事すら出来ない。
イールミュ・エルを使いこなす事も出来ず、これから起こる惨劇も止められないのだ」
バセス中佐の全否定は間違っていないのであろうか。
正しい、正しくないではない。止めなければならないのだ。
しかし、眼前にリル・ディスが迫っている事も事実である。
「リル・ディス……おじちゃん、おばちゃん……モド、マーコちゃん」
ネネコの脳裏に、リル・ディスで出会った心優しくも明朗な人々の顔が浮かぶ。
皆気さくで、適当で、大柄ながらも人と人のつながりを大切にしている町人達。
世界中から集まる異国や異人種の来客であろうと、変わらず迎えてくれる温かい人達。
「サザにいちゃん、ゴウシュおじさん、みんな……みんな……」
踏みにじられる?
奪われ、蹂躙される?
追いつけない、捕まえられない。
バセス中佐の高笑いが卑しくもネネコの頭に響いてくる。
人とは違う、特別な力を持っていたのだとしても、目の前にいる人達すら守れないのか。
「うううう……っ!」
複雑に絡み合う尾根と、生物達の隠れ家として豊潤を育む緑枝が空高く続いている。
夜行性の動物や昆虫、潜んでいた異形の怪物達が闇の中で鳴き、行動を始めていた。
オルデマスの密林は朝も夜も、変わらず生命の箱庭が循環し、生き続けている。
その豊かさ故に、時として大自然は来訪者に牙を剥く。
すでに何日も、何週間もこの密林を彷徨い続け、帰路を見失う一団の姿があった。
背丈は人間の子供ほどの体躯にも満たない、ゴブリンの三人組である。
「ハア、ヒイ……喉渇いた、腹減った……」
「お前、そればっかりだなあ……だけどオレも、心無しか……肉が食いたい……」
「やっぱり、川沿いに進むべきだったんだよ、ずーっと」
仲間のひとりが口にした言葉が気に入らなかったのであろうか。
項垂れつつも聞いていたゴブリンが顔を真っ赤にして反論を始める。
「うるせえな!お前等だって、賛成したじゃねーか!」
「オレはネネコの言う通りに進むべきだって止めたぞ」
「オレも、オレも」
「うそつけ!コポルは諸手を上げて飛びついただろ!」
「うるさいな!覚えてない。証拠もないから、そんな話はナシ」
挙句の果てには、取っ組み合いの喧嘩を始めてしまうのだ。
そうした姿も茶飯事ではあるが、疲労が続く中で見ていて面白いものでもない。
ニッチが大樹に背を預けつつも遠くの空を見上げると、珍しい物を見つけたようだ。
「ん……アレ?あの光、なんだか懐かしいな」
「あの光って……あ、本当だ」
「緑色のもやもや……エルマーっぽいな、すごく」
南東の空に、緑色に光る筋が点滅するように輝いていたのだ。
彼等にとって、懐かしくも見覚えのある光のようである。
「じゃあ、あっちの赤い光はなんだ?」
「さあ……なんかワルモノなんじゃねえの」
「ネネコが誰かと戦ってるってえの?大丈夫かなあ」
「なんとかなんじゃね」
「ネネコだしな。エルマーも一緒だろうし」
小さな青果店の店先では風に遊ばれてしまった看板を掴まえた亜人の男が佇んでいた。
日中は暑い陽射しが絶えず降り注ぐとはいえ、夜ともなれば肌寒い日もある。
なかなか戻ってこない主人に業を煮やしたのか、店の女将も表に出てきて彼を窘める。
「あんた、何してるんだい。看板は見つかったんだろう」
「うん。だけどほら、見てごらん」
「え……まあ、流れ星?ううん、違うね。緑色に光ってる」
「なんだか、デカいのを思い出すなあ」
「そうだね……ネネコちゃん、今頃何処でどうしてるのか知らないけど」
「ちびスケなら、まあ……何処にいても、元気でやってるさ。ウエッブシ!」
「ほらあんた、もういいから中に入んなさいな」
「ああ、はいはい」
言葉とは裏腹に、頭を叩かれつつも丸い尾を揺らして店の奥へと戻っていく。
女将が一度、東の空を振り返るとやはり緑色の光が一条の筋を形作っていた。
蒼い翼と立派な嘴を誇る鳥人の塔守は、やはり今晩も夜の宿直を担っていた。
リル・ディスを包む様に広がる大海は変わらぬ姿で帆船を招き、見送っている。
大灯台が導く青白い光は夜闇の中でも絶えず真っ直ぐに伸び、彼等を祝福するのだ。
サザは帳記を進める中で軽快に口笛を吹き、自身が奏でる民曲に癒されていた。
この曲は、背の高い大灯台の頂上で、ひとりの少女が聞かせてくれた地方の唄だという。
飾り羽根のついた筆を置き、小さく溜息を零すとサザは開け放たれた窓に身を乗り出す。
港口は町の南西から南東まで、果てしなく続いている。
ゆっくりと視線を動かして黒銀の海と空を見渡していくと、東の空に妙な光を見つける。
「うん?……ありゃあ、何だ」
長く塔守を続けてきた彼にとっても、あまり見た事のない現象だ。
奥から双眼鏡を取り出してきて覗いてみると、赤い光と緑色の光が競うように舞っている。
「綺麗なもんだな……緑色の光、か……」
思い出すのは、数日前までこの町に滞在していた少女とその友達の顔である。
子供ながらも、不思議な連中であった。
リル・ディスに住めば毎日が出会いと別れの連続ではあるが、その中でも感慨深い。
「心配なんざしてねえが……元気にしてるか、ネネコ。エルマー」
返事があるわけではない。
しかし、脳裏には屈託のないネネコの笑顔が直ぐ身近にある様に思い出せるのだ。
「……ううぅああああぁぁっ!」
「?……ぬわあっ!?」
エルマーの黄金の翼から緑光輝の濁流が溢れ、ゲン・バウアに突撃する。
鮮血と豊穣の光が螺旋となって交錯し、リル・ディスを目指す針路を大きく外れていく。
ネネコの咆哮が天地をふたつに割って空を引き裂き、湖畔に向けて激突する。
叩きつけられた水面が悲鳴を挙げて水柱を巻き上げ、無数の雫粒を生む。
この場所で、ゲン・バウアを封印するのだ。