ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第五章(11)


リル・ディスから離れ、北東部に位置するアディゴ・ディフレト湖畔。
身体を半透明に映して身を潜め、繁殖期には岸辺に密集して産卵を行う幻魚が棲む。
光を七色に反射し神秘的な景観を彩るというが、今季は月光が静寂を見守るのみである。

月と太陽を地上に欲し、鏡面としてたゆたう悠久の湖の均衡を破るものがあった。
それは灼熱の業尾か、蛍火の輝矢か。

エルマーとゲン・バウアが流星の如く湖面に激突し、天高く水柱を打ち揚げたのだ。
突如として湧き上がる緑光輝の奔流は、ゲン・バウアを捉えて離さなかった。
歪悪に満ちた暴虐を、ネネコ・クローネルが許すわけがない。

「フーッ、フーッ……やらせるもんか……絶対に、行かせちゃいけない!」

琥珀に染まる満月は、地につかんとばかりに低く降り立ち夜空に君臨する。
黄金の翼と豊かなスカートから緑色の光珠を発し、エルマーが力強くも輝く。

一度は冷静を取り戻した硝子色の湖面を、黒い影が乱暴に割り入って飛び立つ。
禍々しい赤い光は巨大な体躯を豊護する渦となってゲン・バウアの身体に纏われていく。
犠牲となった生命を吸収した業など痴義とでも嘲笑うかの様に強靭な肉体を憮然と曝す。

「ハア、ハア……貴様は、何故……」

エルマーが右掌を掲げて大剣を形成し、刀身からオーラを立ち昇らせる。
静でも動でもなく、邪心を打ち砕くための剛の剣だ。

「エルマーッ!ブレイドをーっ!」
「鉤爪っ!ウアアアッ!」

大剣と鉤爪が十字を組んで衝突すると、鼓膜を突き抜ける金属音が響き渡る。
互いの刃から追随して放出される光の帯が交錯し、獲物の喉元目掛けて閃光を散らす。

「何故貴様はっ、ことごとくゲン・バウアの上を……!」
「エルマー、力を絞り込む……集中するの!ううあっ!」
「この純然たるマックス・パワーを上回るのだ!解せんっ!」

ゲン・バウアが巨体を回転させ、肥沃の奇腕から伸縮させた鉤爪を走らせる。
十条もの斬撃が嵐と化して暴風を呼び、真空の刃を発生させるのだ。

エルマーの闘刃には変化が生まれていた。
切っ先から伸びる光の剣を刀身に吸収し、白黄金色の大剣へと進化している。
振り下ろす縦一文字の斬閃は、横薙ぎの嵐の中でも畏れる事なく両断の軌跡を描く。

「ギャアアアッ!……グ、力が足りない、力が……!」
「もう誰も奪わせたりしない!みんなを取り戻すんだ……リウ・オゥもっ!」

連続して繰り出される白鬼の乱剣撃。
体躯ほどもある大剣を自在に操り、ゲン・バウアを手玉に取っていく。
寸分の後に、胸の前に刃を絞り込み突きの姿勢で構え、オーラを爆散させて弾き飛ばす。

「まだぁ……伸びろーっ!」

白黄金の大剣から再度緑光輝のオーラが放出され、ゲン・バウアに追い討ちをかける。
伸縮、強弱。緩急と剣閃を奔放に使い分け、バセス中佐を圧倒していく。

「アアッハッ……なんという意思!この、揺ぎ無い精神力こそが……まさか」
「逃がさないっ!」
「まさか、この俺の敗因とは……」

エルマーが脇を締め、握り込める拳にも力が宿る。
直撃の度に強烈な閃光を散らしながら、圧倒的な体躯差のある化物を蹂躙するのだ。

「俺が、解せんと……力が足りないと口にした事を、ゲン・バウアは実現しようと……
 ゲン・バウアの足枷になっていたのは俺か?俺の言葉が……意思が阻害していたと?」

ゲン・バウアの肉体が崩壊していく。
ネネコとエルマーが解放する剣術と格闘術を前に、耐え切れなくなってきたのである。

「俺は……俺は、敗因と言ってしまった!それでは駄目だ……いや、駄目だと言うな!」

バセス中佐は相手を見失い、自身の心の葛藤の中で混乱する。
ゲン・バウアのエイ・シイ・ドライブは操縦者の意思を汲み取って力へと変換する。
つまりはアス・カンタネルが持つ特性であり、リウ・オゥの本来の能力でもある。

ネネコ・クローネルはバセス中佐の暴虐を阻止しようと、その一点のみで戦っている。
彼の意思と野心はあまりにも脆弱過ぎたのだ。

そして、現状と戦況、内的葛藤を自覚する度にバセス中佐は追い込まれていく。

「ウウウ、アアアアッ!違うぞ、俺は……戦える!戦わなければ、孤独だ!」
「!……バセスさん?」
「ひとりは駄目だ……ひとりにはならない!強くあるためには……勝たなければならん!」

ゲン・バウアが漆黒の翼を広げ、空高く牙を剥いて咆哮する。
エルマーに両断され、崩壊した鉤爪も再生し、オーラを纏っていく。

「ゲン・バウア、俺に力を貸せ!俺と共に行くのだろう……だったら!」
「バセスさん……そんな気持ちで戦っていたら……」
「あああ……ああああっ!力……パワーを!叩きのめす、凌駕する力がっ!」

「悪戯に欲しがる力なんか、何の役にも立たないんだよ!」
「欲しいものなどない!そんなものは……遠い昔に消え去ってしまった!」
「昔……何を?」
「何もないんだ!この世界には……俺が欲しいものが、もう何も……!」

湧き上がる力はエルマーの緑光輝をも巻き込み、ネネコの視界を赤く染めていく。
だがそこにあるのは恐怖ではなく、深い悲しみであった。
エルマーの身体を通して、ネネコの意識の中に浸透していくのだ。

バセス中佐が、泣いている。

「滅ぼすぞ……邪魔をするのなら!何もないこの世界で、俺を孤独に押し帰すのなら!」
「エルマー、ゲン・バウアを破壊する!リウ・オゥを助けられるって、信じて!」

「殺す、殺してやる!奪われる前に、殺す……ネネコ・クローネル!」
「簡単にそんな事を言える人に、出来っこない!」
「駄目なんだよぉっ!寂しさをっ……感じる、この場所にいたらぁっ!」

ゲン・バウアが暴走する。
赤い瘴気が氾濫を始め、アディゴ・ディフレト湖畔を覆い隠していく。

「がああああっ!」
「オオオッ……ウオオオオッ!」

月明かりの下、最後の激突が始まる。
剣と、鉤爪に懸けるそれぞれの意思と、想い。
純白のエルマーと、漆黒のゲン・バウア。吐き出される魂の咆哮に互いに遜色はない。

「斬り裂けえーっ!」
「切り裂く……!」

一条の緑光輝、そして五条の鮮血の凶刃。
受け止められなかった二本の爪がエルマーの額と爪先を抉っていく。

しかし、大いなる意思はバセス中佐に勝利をもたらす事はなかった。
エルマーが放つ白黄金色の大剣はゲン・バウアを肩口から袈裟に斬り裂いていた。
致命打となった斬撃は深い亀裂を走らせ、崩れ落ちる肉体が湖面へと沈んでいく。

「あ、あああ……俺は……」

甚大な被害を被るゲン・バウアだが、その内部のバセス中佐の身体に異常はなかった。
エルマーの一撃が、彼の生命を奪う事はなかったのだ。
だが心まで守る事は出来なかったのであろう。バセス中佐は堕ちていく中で放心する。

「バセスさん……」
「俺は……俺は……マァマ、マァマ……!」
「マァマ……お母さん?」

飛翔する力を失い、高度を下げていくゲン・バウアの動きが緩やかに感じられる。
間もなく湖面に接触し、水面下へと姿を消していこうか、という時に変化が表れた。

ゲン・バウアが滞空したまま浮遊し、翼を大きく広げた姿勢で停止してしまう。

「あ……ゲン・バウアが……」

訪れる静寂。
音も声も消え、ひとつの波紋が湖面に広がると一切の小波すら生まれず時が止まる。
鼓動すら活脈を止めるのか、と錯覚した時に解放されるのは濁流と化した生命の誕生だ。

ゲン・バウアの体内から、幾重にも絡まった無数の木の根、蔓が一斉に発生する。
根は湖底へと、肢枝は闇空へと伸び続け、驚異的な速度で成長を重ねて繁栄する。
幹も根も、枝も葉も、いまこの瞬間に生まれたとは想像出来ぬほどに豊潤に育っていく。

「樹が……大樹になって、ゲン・バウアを包み込んでいくの……?」

機械の身体が漆黒の化物を生み、そして深緑の大樹へと転生するのだ。
永遠の時を生きた証を示すように、緑枝は空を覆い隠してエルマーの姿さえ消してしまう。
巨大かつ雄大な大樹の姿が、オルデマスの原生樹と同じである事にネネコは気がつく。

芽生える葉々から零れ、舞い降りる無数の赤い光珠がゲン・バウアの面影を残していたが
忌々しくも禍々しい、呪われた暴君の印象はもはや何処にも見つからなかった。

「吸い上げた生命のエキスが、大樹の礎になって目覚めていく……」

降り注ぐ光の粒を目で追い、少しずつ視線を落とすと湖面には幻魚の群れが現れていた。
月明かりと赤い珠をその身体に投影させ、彼等自身も七色の光を煌かせている。
幻魚が現れるはずもない季節に、奇跡の中で再誕した大樹が呼び寄せた幻想的な風景。

戦いの中で昂ぶっていた心の波が、静かに引いていくのをネネコは実感する。
その時、澄んだ意識の中に自身とは異なる声が響いてくる。

『ネネコ、エルマー。ありがとう』
「!……その声、リウ・オゥ?」

『私はリウ・オゥ。貴女は私との約束を守り、私の魂と精神を解放してくれた』
「助かったの……無事だったの?何処にいるの、顔を見せて」
『私は貴女の目の前にいる。貴女の中に、私がいる』

見回しても、瞳に映るのは赤い光珠と悠然とした大樹のみである。
エルマーと共にリウ・オゥの姿を探すが、やはり何処にも姿はない。
もう一度問いかけようとしたその時、赤い光珠が太陽と同じ、橙に変化していく姿を見た。

「あ……ゲン・バウアの光が……オレンジ色に、変わっていく……?」
『私は最期に本来の姿を取り戻す事が出来た。私は私として、使命を終える事が出来る』
「最期……?リウ・オゥ、リウ・オゥ!どうして……助かったんでしょう?」
『私の生命は、新しい生命へと受け継がれていく。寂しさを感じても、悲しむ事はない』

「リウ・オゥ……」
『暗い闇の中でも、絶えず貴女とエルマーの声が聞こえていた。
 貴女の優しさが……私と、バセス・チルノダを救ってくれたのです』

ネネコはリウ・オゥから受けた言葉から、ひとつ大切な事を思い出す。
バセス中佐。助けたいと、守りたいと感じていたのはリウ・オゥだけではない。

「そうだ、バセスさん……バセスさんは、何処に?」

エルマーは大樹の葉陰や枝間を飛び回り、バセス中佐の姿を探す。
消滅してしまった、などとあるわけがない。

「力が、抜けていく……俺はまた、ひとりになった……誰も見向きもしない。
 ゲン・バウアも、満たしてくれたパワーも……もう、何処にも……
 助けて……孤独だ……俺をひとりにしないでくれ……マァマ、マァマ……」

「バセスさん……見つけた!バセスさん!」

大樹が舞い散らせる、湖畔を覆う無数のオレンジ色の光珠が白色へと変化する。
最期の輝きを発し、儚くも力強い発光を伴って世界を白く染め上げていく。

『さようなら……ネネコ、エルマー。貴女達に、祝福の未来が訪れる事を』

エルマーの掌が緑肢に横たわるバセス中佐に伸びた瞬間、すべては弾け飛んだ。


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