ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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終章(2)
遥か彼方に浮ぶ、天然の居城。
周囲を包み込む雲海は白銀の雪山脈かと見紛うほどに視界一帯に広がり、
地上から果てなく伸び続ける岸壁の頂上に蓄えられた深緑の大地を覆い隠していた。
雲海を突き抜ける超高度においては、見上げれば広がるのは蒼い空のみである。
生物の姿は一切見られないが、草木、花々、そして大樹は逞しくも育っていた。
その中心に聳え立つのが、彼等が住まう、隠れ家にも似た巨木の傘下なのだ。
「目覚めたようだね。やはり、あの子が選ばれたようだ」
「ネネコ・クローネル。ここまではっきりと発現するとは思わなかったね」
漆黒の翼を身に纏い、ただ闇を映すだけの丸い瞳をぐるり、と回す烏然の鳥人。
一方は、長い飾り尾を悠然と垂らし、何処か幼さを感じさせる不死怪鳥に似た鳥人。
悠然とした翼がそれぞれを鳥に見立てていたが、二腕二足を有して人間然としても映る。
「『世界に異を唱える者』か」
「彼の人は自らそう名乗ったね。誰がつけたわけでもないのに」
「やはり彼女は、単一の存在であるようだ。何人にも侵されざる、絶対的存在」
「だけど、もう消えちゃったみたいだよ」
「いまはまだ、ネネコとエルマーを成長させる事を選んだんだね」
バセス中佐の精神世界に現れた、白色の光を発する少女の人影。
この鳥人達は彼女の存在を確かめる事が出来たというのであろうか。
「生まれたての彼女がした事は、ひとりの人間を癒す事……だったけど」
「まだ、ネネコの精神に依存する部分が強いという事じゃないかな」
「さっきエモーザが言った様に、完全には単一の存在として切り離せていないという事?」
「そこは難しい話になるけど……一因を話すなら、ネネコを存命させたかったのだろう」
「誕生と発現は、ほんの一瞬……だけど、いつかまた姿を見せてくれるのかな」
エモーザ、と呼ばれた烏は丸い瞳をぐるり、と動かすと小さく肩を下げる。
背を見せる彼の姿を、付き添う鳥人が怪訝に感じながらも次の言葉を待つ。
「彼女の発現は……ネネコとエルマーがひとつになったのは、彼の能力の影響だろうね」
「ラウュ・ウーフ?」
「うん。確か、彼が司る『言霊の刻印』は……『融合』だったね」
「ラウュ・ウーフの最期の輝きが、発現の後押しをするきっかけになったの?」
「元々、ネネコは潜在的な要因を抱えていたわけだけど、活性化されたのは事実かな」
「なんだか、必然と呼ぶには出来過ぎている感じもするけど……」
「……その話は、ちょっと後回しにしようか。モ・パティ」
彼の心にわずかな亀裂、憤りの感情が生まれた事をモ・パティは見逃さなかった。
エモーザが解り易くも感情の発露を晒す事は、そうある事でもない。
「ところで、ラウュ・ウーフはこの場に置いてリウ・オゥと呼ぶべきじゃないかな」
「そっか!ネネコがつけた名前だもんね。いいな、私も欲しいな」
「そうだね、フフフ……ネネコなら、君の事を何と呼ぶのかな」
「リウ・オゥは大いなる意思へと還ってしまったけど、直ぐに蘇るの?」
「『融合』か……意思と生命が受け継がれる時に、また彼女が目覚めるのかもしれない」
「あ……リウ・オゥが消滅してしまったから、彼女の存在もあっという間に?」
「その可能性は、あるかもしれないね。一概には説明出来ないけれども」
リウ・オゥの能力が発端として「世界に異を唱える者」が目覚めたのであれば、
その消滅と共に、ひとつとなった肉体が再度分断されても不思議ではない。
しかし実際の所はエモーザの言葉通り、断定する事は難しかった。
「名前の話をするのなら、エルマーはたしか……アルマだったね」
「うん。大剣を携えるアス・カンタネル・アルマ。ムシカじゃないよ」
「だけど、むしろ彼は僕達寄りなんじゃないかと思うんだよね」
「アルマでも、ムシカでもなく?……そんな感じはしないけど」
「だったら何故、武器を持っているのか……という事かい」
「うん。私達は、武器も楽器も持っていないでしょう。それに、雰囲気も違うよ」
「フフフ……こう考えたらどうかな。彼はこれから、生まれ変わろうとしている」
エモーザはいつになく多弁だ。
胸の前に掲げた指を振り、歌う様に言葉を重ねては綴っていく。
「アルマとムシカか。ここではあえて、僕達の事をバルトと呼ぼうか」
「バルト……鳥?なんだか、そのままな気がするよ」
「名前というのは、元々解り易く区別するために用意されたものだからね」
「それで、エルマーはアルマからバルトに生まれ変わるの?」
「君は『夢』の『言霊の刻印』を司る、アス・カンタネル・バルト。モ・パティ」
「貴方は『運命』の『言霊の刻印』を司る、アス・カンタネル・バルト。エモーザ」
「そして、エルマーは『生命』の『言霊の刻印』を司るアス・カンタネル・アルマ」
首を傾げるモ・パティの姿に、エモーザは少し笑ってみせる。
「元々、彼が司るには責務としては荷が重過ぎるのかもしれないね」
「だから、成長していく?」
「その過程で……エルマーが生まれ変わっていくのだとしたら……」
「ネネコと一緒にいるから……ネネコとひとつになるから?」
「世界が変わる一端には、彼女達の成長が大きく影響するのかもしれない」
「もうすでに、強い影響と結びつきを生んでいるのかもしれないね」
「いい子だ、モ・パティ。君は飲み込みが早いね」
エモーザに褒められて、モ・パティは無邪気に笑う。
彼の淡々とした話に耳を傾け、時として彼に認められることがモ・パティの喜びなのだ。
ここでふと、先の感情の発露の原因が気になってしまう。
「ねえエモーザ、彼女が目覚めた必然の話、もう一度聞いてもいい?」
「……そうだね、少し話をまとめておこうか」
やはり、多少ではあるがエモーザの機嫌を損ねてしまうようだ。
だからこそ余計に、その続きを聞かねばならないのだと感じる事も事実だ。
「君は気づいていたかい?グラン・バがネネコに関わっていた事を」
「さすがにね。だけど、直に接触するとは思っていなかったけど」
「彼はしたたかなのさ。静観は出来なかった。自身の範疇に留めておきたかったんだ」
「バセス中佐をけしかけた、と考えてもいいの?」
「おそらくはね。しかし荒療治と呼ぶには、強制力が強過ぎたね」
「ネネコが危険に晒された事も含めて?」
「強引なんだよ。君が介入してくれなかったら、最悪の結末を迎えていたのかもしれない」
ネネコはエルマーと共にゲン・バウアと戦い、そして負傷した。
エルマーが連れ去られた時の事だ。
あとひとつでも何処かのタガが外れていれば、異なる結果を生んでいた事であろう。
「だけど、彼女の存在の重要性はグラン・バも知っていたんでしょう?」
「彼にとってはどちらでも良かったんだ。
ここで存在を抹消出来ようとも、覚醒を促進させる事が出来ようとも」
「それが、グラン・バにとっては等価値の両天秤だった……」
「大切なのは、バランスだという事さ」
「もしもネネコに果たせない様なら、バセス中佐に委ねようとしてたの?」
「予め、彼では役不足だという事も解っていたろうにね」
「うーん……」
エモーザの話は解る。
しかし何処か、理屈に感情が勝り過ぎて客観性に欠けるとも感じた。
元々、エモーザはグラン・バモ・ガメイサが絡む話となると熱く成り易い。
「でもたしかに、ネネコとエルマーの存在を封じようとする力が働く事は、解るなあ」
「ただ野放しにしてしまっては、劇的な変化を招きかねないかもしれないからね」
「私としては、そのためにネネコが辛い目に遭うのは……すごく悲しい事だけど」
「それが、あの子にとっても大切な試練となる事も、解っているよね?モ・パティ」
「うん。その上でも……やっぱり、私はあの子の力になりたいな」
アス・カンタネルとしておくには、モ・パティの心は奔放過ぎるとも感じる。
だからこそこの子はムシカではなく、バルトとしての能力を有しているのではあるが。
それでもエモーザにとっては、モ・パティの精神の揺れ動きを愛しいと実感するのだ。
「それほどに心配は要らない。突然、天地が割れるほどの変化は生まれないはずだ」
「そうなの?」
「そうだよ。長い歴史を振り返ってごらん。混沌の果てにも、壊滅的滅亡は訪れないんだ」
「それが、星が生きるという事なの?」
「すべてはつながり、受け継がれていく。
ただ発端として、ネネコの存在はどうなるか……という事なのさ」
「ネネコの気持ちひとつで、みんなが滅茶苦茶になったりはしない?」
「それを見守るのが星と……僕達の役割、という事なんだろうね」
「エモーザには見えているの?ネネコとエルマーの未来が」
「それを僕が答えてしまったら、真実へと変わってしまうだろう?」
「そっか……じゃあ、私は私で、色々想像してみる」
「それでいいんだよ。モ・パティ」
エモーザは「僕達の役割」、と言った。
星を構成する、ありとあらゆる森羅万象の意思。
「これから、眠っていた仲間達が目覚めるかもしれないね」
「オルデマスが燃えた時、そしてリウ・オゥの魂が浄化された時。
多くの仲間達が、ネネコの姿と精神を見守っていたはずだ」
「みんなの覚醒の呼び水になる?」
「僕達は歴史の中で覚醒と沈黙を繰り返している。また、始まるのかもしれない」
「エモーザはどうするの?ここで隠れんぼしているの?」
「グラン・バの言いつけもあるしね。それに、やはり僕は能動的に動くべきじゃない」
「だけど、ネネコの方から尋ねてくれた時には、いっぱいお話してあげるんでしょう?」
「フフフ……そうだね。それが僕と彼女の約束だし、唯一の接点だから」
「私はどうしようかなあ。どうしたらいいのかなあ」
「君は、君のあるままに……好きな様に生きるといい」
「それでもいいの?」
「君の能力は、他者が抑え込もうとして出来る対象じゃあ、ないんだよ。
僕からしたら羨望の眼差しを送るほどに、輝かしくも尊い存在だと言えるね」
笑うエモーザの心の影からは、何処か寂しさに似た感情が伝わってくる。
モ・パティに出来る事は多くはないのだが、だからこそこうして、彼の元を訪れるのだ。
「不安はあるけど、これからが楽しみだね」
「そうだね。小さな変化か、大きな変化か。それは解らないけど、実に興味深くもある」
「私、そろそろ行くね。じっとしてると、身体がうずうずしてきちゃうから」
「行っておいで。その目で、世界の姿を見つめてくるといい」
「またね、エモーザ。また遊びに来るね」
「ああ、待っているよ。この場所でも、夢の中でもね」
人懐っこく、明朗なモ・パティが翼を広げて離れていくと、場に静寂が生まれる。
彼ひとりで過ごす空間は、時の経過さえ麻痺させるほどに孤独である。
「人の行動が、必ずしも自身の意思に寄るものとは限らない……
しかしその事実は、時として人に幸福をもたらしてくれるのかもしれないね」
エモーザが漆黒の翼で身を包み、小さく項垂れてしまうと闇の中で一体と化していく。
ただ闇を映すだけの丸い瞳が光から遮られると、その姿を見つける事は難しい。
「ネネコ・クローネル。そしてエルマー。
いつの日にか、君達が僕に会いに来てくれ。
その時、僕の身体は目覚め、君達と世界の力となる事が出来るだろう」
人の存在が感じられないこの場所で、声だけが主張を続け、そして消えていく。
「それまで僕は、ずっと……この場所で待っているよ」
蒼海と大地の狭間に聳え立つ天然の居城は、悠久の時の中で眠りにつく。
やがてその姿は白い雲海の中に身を隠し、太陽の光を透過させた。