ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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序章(1)


広がる空海と佇む深緑の大地。
すべてを見下ろす事が出来る天然の居城に、ひとつの人影が舞い降りた。

人影……とはいえ、それは果たして人間なのであろうか。
黒色の翼を身に纏ったその姿は、烏の姿と酷似していた。
何処までも暗い闇を映す瞳をぐるり、と一回りさせると

「ふむ……」

と誰に聞こえるわけでもない声を漏らし、神殿の中へと足を進めていく。

周囲を見回しながら歩く姿は、初めてこの地を訪れた事を裏付けていたが
何か明確な目的があるのであろう、足取りには力強さを感じる。

翼を折り畳んだ彼は、二本の腕と二本の脚を振るいながら歩き、
烏を思い起こさせる姿は影を潜め、たしかに人間のように映る。
しかしだらしなく伸びた嘴と、その巨体はやはり異質さを放っていた。

「身を潜めるには、最適な場所なのかもしれないね……だけど」

迷う事の無い彼の意思は、やがて自身を神殿最奥部へと導いた。
眼前には、彼同様翼を身に纏った巨人の姿があったが……
しかしその身体は石と見紛う程に朽ち果てており、生ある者には見えない。

「せっかく僕がこうして足を運んだんだ。姿を見せてよ」

彼の放つ言葉は、石像に向けて放たれているのか?
一瞬の静寂の後、空間に光と影が溢れ始め、やがて霧は人影を表し始めた。

「……まさか、お前さんが直接ワシの前に姿を現すとは思わなんだ」
「久方振りだというのに、随分とつれない御言葉ですね」

人の姿を成した霧は、やはり何処か鳥を髣髴とさせる姿として映った。
彼が烏なら、石像から放出されたその影は……梟に例える事が出来るだろうか。

「そちらの身体に戻って言の葉を摘まれてはどうです?」
「姿を現したのがお前さんでなければ、人と言葉を交わす事も無かったよ」
「嫌われたのですね……グラン・バモ・ガメイサ」
「身体を具現化して世界に干渉する事は、禁じたはずだが……エモーザ」

両者は顔見知りであるらしいが、言葉からは親しみを感じない。
烏をエモーザ、梟の影をグラン・バモ・ガメイサと呼ぶようだ。
個を分かつ名前がお互いの口から放たれ、その場に安定が生まれ始めた。

「人の行動が、必ずしも自身の意思に寄るものとは限らないでしょう?」
「ではあくまで、お前さんの行動は自然発生的なものであるというのかね」
「それは、僕にも解りません……ふふふ」

飄々とした態度で互いを牽制していたが、梟の彼が場に緊張を走らせる。

「不用意に外界に干渉する事は、世界に歪みを生じさせるのだ、エモーザ」
「……貴方程の御方でさえ、僕に対しては畏怖の表情を垣間見せる……
この事実は、僕にとって快感となり満ち溢れます…グラン・バモ・ガメイサ」

「エモーザ!」

梟の恫喝が場に響き渡ると、エモーザも機を読んだのであろう、
深い溜息を零した後、幾許の冷静さをその顔に宿して口を開いた。

「そろそろ頃合なのではないでしょうか」
「……何の話だ」
「僕を前にして誤魔化す事も無いでしょう…この物語の始まりです」

「始まりを指し示す事が出来る者など、この世界には居ないよ」
「貴方らしい答えですね
……ですが今度ばかりは、ただ引き下がるわけにもいかないのです」
「と、言うと?」

「この世界に、異を放つ者が生まれようとしています」
「!……まさかエモーザ、接触したのではあるまいな?」
「いえ…まだです」

梟の反応に確信を覚えたエモーザだが、同時に……
自身の「まだ」という言葉の意を察したグラン・バモ・ガメイサの
表情が険しくなるのを確認して、彼は安堵して構えた。

「……そう警戒せずとも、僕自身、己の分は弁えていますよ」
「彼女を必要以上に刺激してはならぬ……世界の敵としてはならぬ」
「はい……僕はただ、真実を享受する為にこの地を訪れただけです」

エモーザの言葉が真意であると受け止めた梟は、ようやく警戒を解いた。

「やはり、貴方にとっても守るべき相手であるようですね」
「悠久の刻を生きたワシにとって、彼の存在は正に奇跡なのだ」
「解ります……貴方程では無いにしても、僕とて覚悟と共に生きる者です」

「……お前さんを狂わせた事、ワシ自身何の責任も感じていないわけではない」
「ふふふ…僕はそんなに、狂っていますかね?」
「確かに狂っている……だが、他の生ある者同様愛しているよ」
「それを聞いて安心しました、グラン・バモ・ガメイサ」

エモーザは目的を果たした様子で、その場を離れようとしたが……
まだ確認したい事があるようだ。愚問である事を自覚しながらも口を開く。

「グラン・バモ・ガメイサ」
「なんだね?」
「もう一つ聞きたい事が……世界は、変わろうとしているのでしょうか」

「……」

「世界は、変わる事を望んでいるのでしょうか」

「……あまりワシを、困らせないでおくれ…エモーザ」
「ふふふ……我ながら、意地が悪かったですね……御許し下さい」
「すまんな」
「構いません。貴方は充分に、僕に道を示して下さいました」

「帰るのか?」
「在るべき場所にね。そして、その時を待ちます」

エモーザは背を向けるが、梟はさらに言葉を続ける。

「ワシの前に姿を現し、ワシに言の葉を紡がせた事……
たしかに、お前さんの意思では無いのかね?エモーザ」

その場に静寂が訪れる。
エモーザ自身、もはやどう応えて良い物か解らなくなっていた。
そしてようやく導き出した言葉は

「この場であった事は、御互いに夢の中の出来事としませんか?」
「……そうか」
「僕は、この世界に生を受けた事に感謝しています」

「うん?」
「僕自身も、この世界に生きる他の者と同じだ、と言いたいのです」
「そうか……そうだな」

「では、また何時の日か、彼の地でお会いしましょう」

エモーザはいま言えるだけの言葉を残したが……
やはり無念の意まで、その地に置き去りとする事となった。
やがて刻の流れこそが、彼に安息の地をもたらしてくれるのだろうか。

この地を訪れた時と同様、黒色の翼を広げると、
エモーザは空の彼方へ消えていった。

「まったく、釈然としないね……」

烏も梟も、いまはただ、姿を消して機を待つ事しか出来ないようだ。


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