ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第二章(1)


一夜が明けた。

「ジャングルの奥地で、遺跡を発見……ね」

本格的な調査を始める前に、遺跡付近の河原でキャンプを構えた彼等は
普段と変わらない、延長線上の生活を再開しようとしていた。
少し異なるのは、眼前に古代遺跡が聳え立っている、という事。

しかしエッジ少尉にとっては実感の沸かない現実であり、
何よりも任務として訪れているという事実が余計に客観的な立場に置かせた。

「早いな、エッジ少尉」
「あんたが言うなよ、ユーノ」

音を立てて砂利を踏むユノン大尉に振り返り、顔を拭いながら答える。
大尉は何やら資料を抱え、周辺を物色していたようだ。
普段と変わらない事だが、職務熱心な奴だ、とエッジ少尉は苦笑した。

「どうだ?遺跡は見つかったぞ。これで思惑通りなのかね?」
「俺に当たるなよ」
「へっ……そうじゃねえって。お偉いさん方の話だよ」
「だから、俺に当たるのはよせ」

「これで機械人を持ち帰れば、昇進も有り得るな」
「……」
「?……どうした」

少尉の皮肉に閉口した様子では無さそうだ。
顎に指を沿え、ユノン大尉は眉を顰める。これは彼の癖だ。
この時決まって彼は、立場から身を引いた、個人的な思慮を巡らせるのだ。

「まさか、機械人を見つけたくないとか……言い出すんじゃないだろうな」
「見つからないに越した事はないだろう」
「……おやおや」

少尉にとっては意外な返答だった。
意外と言うよりも、理解も納得も出来なかった。
任務に乗り気では無かった自身を棚の上に挙げながらも、大尉を睨みつける。

「そいつはどういう意味なのかね」
「……軍上層部の思惑は……表面的には、機械人の軍事転用が目的だ」

「それが公表されている見解ではあるわな」
「全てを鵜呑みにするわけでは無いにせよ、仮に機械人が発見された場合、
特装に代わる帝国軍の主力となる可能性が非常に高い。
つまり、帝国の軍事力が増大するか、最低でも現状を維持する事になる」

「……だから?」
「その軍事力を、帝国は何に使うつもりだ?」

現在の帝国軍は特装の配備、武装により一定の軍事力を築き上げているが
魔力や超能力を持つ者、異形の怪物を前に拮抗出来る程の力には満たない。
実際に軍事力が行使されるのは、各地の軍施設の防衛や、また今度の様に、
局地的なステージに置ける調査を名目とした場合がほとんどだ。

「エッジ、お前は短銃一丁でも良い。人に対して発砲した事はあるか?」
「いや、無い」
「それが普通だ。いまはな。常に平時が続き、人を撃つ機会も生まれない」

「均衡が保たれているからだ。現状の帝国軍では、出来る事が限られている」
「力が無いから、か?」
「支配や侵略を目的とした場合にはな」

「だが、機械人が持つ兵器としての有効度が極めて高かった場合、どうなる」
「世界のパワーバランスが崩れて……まさか」
「……平和的利用も考えられなくは無いが、それはあくまで副産物的なものだ」
「あくまで、機械人の力は軍事力として保持され、行使される……」

「全ては想定の域を出ないがな」

ユノン大尉は広げたまま目を落とす事も無かった資料を閉じ、
テントを畳む部下達の下へ戻ろうと歩き始める。
何時に無く多弁な上司を前に、エッジ少尉は頭を掻きながら後に続いた。

「たしかに、見つからないに越した事はないな」
「行き過ぎた力は、時として身を滅ぼすだけだ」
「拳銃を持てば、引鉄を引きたくなる……か」
「俺も機械人がどれだけの物かは知らん。だが、相応の物と捉えるべきだ」

彼等兵士に全体を推し量る事は出来ないが、帝国軍による機械人調査は
世界規模で行われている。機械人を発見出来る事、また
発見に繋がる資料、文献、情報を得られる事は非常に稀な事ではあるが、
だからこそ帝国は、僅かにでも発見の可能性が認められる場合には
多大な費用、機材、そして人材を割く傾向が強くなってきている。

ユノン大尉らが所属する東リル・ディス駐屯基地にしても同様だ。
地方の駐屯部隊として、大した重要性も見出されずに放置され続けてきたが
ここ数ヶ月の間に、過剰とも取れる特装と、人材の補充が行われた。

そして、帝国本土から転属されてきたバセス・チルノダ中佐の存在。
本格的に機械人調査が始まると、大尉等も頻繁に出兵する機会が増えた。

「……最近の多忙も、其れ相応と考えて良いのかね」
「特装の配備数から考えても、杞憂ではないだろうな」

「見つけたくはない、つっても任務と命令には従うんだろ?」
「……そうだ」
「まあ、なんというか……これで飯食ってるんだからなあ」

やがて彼等の簡易キャンプに合流し、大尉と少尉は口を閉じた。
ダグ少尉はともかく、マヤ准尉やレノット伍長のような
新米の下等兵士の前で話すような内容ではない。

「おはようございます、ユノン大尉」
「大尉、おはようございます!」
「ああ。身支度を整えたら調査を再開する。急げよ」

部下達に指示を出すと、大尉はそのままモルドフの調整を始める。
ユノン大尉と一緒だったエッジ少尉の姿を確認すると、
マヤ准尉とレノット伍長は手を止めて露骨に不快さを表情と声に出した。

「少尉!少尉も手伝ってくださいよ」
「ああ、ああ。解ってるよ」

釈然としない面持ちで、少尉は直立したまま動かずにいたが、
やがて頭を掻き毟ると、力任せにテントの屋根を引き摺り下ろした。
マヤ准尉が大きく溜息を漏らすのをレノット伍長が緊張した表情で見守る。

(どうするつもりなんだろうな、一体……)

誰に向けた言葉ともなく、エッジ少尉は反芻し、そのまま飲み込んだ。


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