ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第二章(6)
近づいて来る特装が前傾姿勢に倒れ込み、排気音がしたかと思うと
頭部が上方に移動、胸部から腰部にかけての外部装甲が大きく開き
中から軍服に包まれた中肉中背の男が姿を現した。
窮屈そうな特装から身を出したその男は、
とくに威圧的な印象を醸し出しているわけでもなく、
むしろ何処か優男として映る青年であった。
ユノン大尉はネネコに目を落とすと、口の端を緩めて話しかけてくる。
「こんにちは……と言うのも、おかしいかな」
「えっ、あ……こんにちは」
構えを解いて、ネネコは間の抜けた声で返事をしてしまった。
しかし油断した、失敗したという感覚は無い。
「あなたは……あなた達は、帝国軍人さん?」
「ああ。帝国軍東リル・ディス駐屯基地所属、ユノン・マーダ大尉だ」
「ユノン・マーダ……ユノン・マーダさん?」
「ユノンでいい。君は?」
「わたしはネネコ。ネネコ・クローネル」
自ら名を名乗り、柔らかい物腰のユノンを前にネネコは警戒を忘れていた。
ユノン大尉は子供相手に所属を名乗るのも滑稽だ、と内心笑ったが
相手の様子から、打ち解けるまでは行かずとも、緊張がほぐれた事を感じた。
「……何を話しているのでしょうね」
『さあな』
レノット伍長は事態を把握出来ずに困惑しているものの、
傍らの上官達はさほど動揺していない事を察して、
自分が蚊帳の外にいるかのような心細さに苛まれていた。
「後ろの白い人型、何でしょう……特装ではないですよね」
『……』
「まさか!あれが、機械人でしょうか」
「黙っていろ、伍長」
上官に突き放されると、より自分が浮き足立っている事を自覚した。
ただ、空間に取り残されていると感じているのは彼だけではないようだ。
(ユーノ……どうするつもりだ?)
「ネネコ、と……後ろの彼等は?」
「ボジョとニッチとコポル、それにエルマーだよ」
「エルマー?」
先に挙がった三つの名前は、ゴブリン達の事を指すのだろう。
とすれば、問題の白い奴がエルマーと見て間違いない。
ただ、彼女達の関係がいまだに不可解だ。
「友達だよ」
「友達……ゴブリンと、その……白い巨人が、かい」
「うん。みんなで、遺跡探検に来てたの」
「遺跡探検。君は、このオルデマスの遺跡の事は前から?」
「ううん。人から聞いて知ったの。在るのかどうかも、解らなかったけど」
「他のチームは一緒じゃないのかい?」
「チーム?」
まさか、子供が単身で秘境と呼ばれるオルデマスの大森林を
彷徨うという発想はないだろう。そのまさか、なのだが。
「親御さん達は一緒じゃないのかな」
「いないよ。途中でボジョ達と一緒になったけど」
「君、一人で?」
「そうだよ」
ネネコはどう見ても子供なのだが、何処か子供らしからぬ印象を受ける。
目線がふらふらと映る事も無く、はっきりとした口調で答える様子から
ユノン大尉は、ネネコが嘘を言っているわけでは無い事を悟った。
「……それじゃあ、その……エルマーとは何処で?」
「この遺跡の奥だよ」
ネネコが指差す先には他の建物とは異なる、荘厳な構えの神殿が広がる。
少女の証言が正しいのだとすれば、古代遺跡とエルマーの繋がりは濃厚だ。
「エルマー、というのは一体……何者なのかな」
「え?何者って?」
大尉はどう尋ねて良いものか戸惑い、上手く言葉が出てこなかった。
未見な物、初見の物が何か尋ねる時には、全てが未知数なのだから。
エルマーを友達だと言い放ったネネコにとっては違うようだ。
「俺には、エルマーが何者なのか……というより、何なのかが解らなくてね」
「?……あの」
「俺や君は人間、彼等三匹はゴブリンだろう?
しかし、エルマーのような物は初めて見る。だから、気になってね」
「何って言っても……エルマー、そんなにおかしいかな」
「……そうだね、ネネコは帝国の特殊アーマーを見るのは初めてかい?」
「ううん。だけど、こんなに近くで見るのは初めて」
「じゃあ、エルマーは特殊アーマーなのかな?」
「違う……違うんじゃないかな」
「何故?」
「特殊アーマーって、機械なんでしょう?
エルマーは、わたしとは変わらない感じがするもの」
核心に触れるキーワードを導き出せた、と大尉は表情を固める。
機械人とは何なのか。
ほんの片鱗でも、ましてや勘違いでも構わない、聞いてみたかった。
「変わらない……何処が、変わらないと?」
「心があるもの。あったかい感じがする」
「……心?エルマーは、言葉を話すのかい?」
「話さないよ。だけど、わたしの言葉は伝わるみたい。
それに、優しい目をしてるんだよ。さっきは、抱きしめてくれた」
抽象的で、具体性も説得力も感じられない言葉ではあるが、
やはり子供の妄言だと切り捨てる事は出来なかった。
ふと大尉は、エルマーに目を向けてみる。
「触れてみてもいいかな。エルマーに」
「え?うん。エルマーが嫌がらなければ」
得体の知れない相手ではあるが、直接触れるのが手っ取り早いだろう。
緊張は隠せないが、ユノン大尉はゆっくりとエルマーに近づいた。
エルマーの影に隠れたゴブリン達が、強がりの悲鳴を挙げる。
「お、おい!こっち来るな!」
「エエエ、エルマーに何をするつもりだ!」
「何もしないよ。怖がらせて済まないね」
ゴブリンと口を聞く事など滅多に無いが、場の調和は保たなければ。
話がややこしくならないよう、また見下した態度を表にせぬよう努める。
いよいよエルマーの眼前に足を踏み入れた。
まずその巨大さに圧倒される。モルドフよりも大きいだろうか。
ネネコはエルマーを温かい、と表したが、気後れしてしまう。
見下ろすエルマーの瞳は多少力無く灯るが、大尉は気がつく余裕など無い。
二人は相対したまま硬直してしまうが、背後からネネコが声をかけた。
「エルマー、ユノンさんがエルマーに触りたいんだって」
「あ、ああ……いいかい?少し……触れるよ」
我に返ったユノン大尉は、エルマーが話掛けるだけの相手なのか困惑したが
ネネコの手前、言葉を投げておくのがベターだと、口ごもりながら発した。
「白い……妙な手触りがするんだな」
「ぬくぬくするでしょう?エルマーの身体は」
慣れた様子でネネコがエルマーに飛びつくと、両手で撫で回して見せた。
恐る恐る指の先でなぞる自分が必要以上に弱気なのだと察し、
ユノン大尉は掌で大きくエルマーの脚部を探ってみた。
ネネコの言葉に感化されているからだろうか、確かに機械的な印象は薄い。
だから心があるのか、生きているのか、と聞かれれば、首を傾げてしまうが。
エルマーから手を離し、自身の顎に指を沿えると大尉は向き直った。
「……そうか。ありがとう」
「もういいの?」
「ああ。俺達も、目的があってこの遺跡を訪れたからね」
「目的……そうだ、ユノンさん達はここで何をしてるの?」
「君達とさほど変わらないよ。仕事だけどね。遺跡調査さ」
「そうなんだ……お仕事、頑張ってね」
「君達はもう、帰るのかい」
「うん。そうしようとしてたところで、ユノンさん達に会ったんだ」
後方で見守るエッジ少尉達は、それぞれ思う所はあるのであろうが
指示通り待機のまま、遠方から様子を伺っていた。
結局会話の内容は解らなかったが、話はすでについたようだ。
『……終わったみたいだな』
「捕獲、ですかね」
ユノン大尉はモルドフに戻ると、通信機に向かって指示を出した。
「いまから子供達が遺跡を離れる。待機体勢のまま見送れ」
『なんだと?何もせずに見送れって?』
「そうだ。いいか、動くなよ」
エッジ少尉は元よりダグ少尉やレノット伍長にとっても意外な言葉であった。
断言できるわけではないが、機械人と思われる対象を確認したのだが。
ましてや何らかの証言が得られるかもしれない対象を、放置するとは。
「おいユーノ、ユ――」
『オズ・パッセ。マヤ准尉、聞こえるか』
「はい、大尉。聞こえています」
『これから一団がオズ・パッセの前を通過する。一枚記録を残しておけ』
『了解しました』
何やら揉めている様子の帝国軍人達を尻目に、
荷物を背負い直したネネコは、ボジョ達やエルマーに声をかけた。
「さあ、みんな……行こう」
「え?でも……大丈夫なのか?」
「待ち伏せされて、ボコボコにされるとか、無い?」
「心配要らないよ。ユノンさんの言葉は、信じていいと思う」
エルマーを含めて、ボジョ達は中々足を運べずに戸惑っていたが
ネネコが歩き始めるのを見て、しぶしぶ後をついていく事に決めた。
「それじゃあユノンさん、さよなら」
「ああ。色々聞いて悪かったね。君達も、気をつけて」
「う、うるせー!」
「ぐ、軍人が!軍人のくせに!」
ボジョ達が無意味な抵抗をしてみせるが、エルマーを壁にして
遠巻きに罵声を浴びせる様子は、何処から見ても虚勢であった。
立ち去る彼等の様子を和やかな表情で見送るユノン大尉だが、
離れていくネネコ達を確認すると、再度顎の先を指で撫で、眉を顰めた。
(機械人……根拠は無いが、恐らくはあれが機械人……。
だが、この感覚は何だ?
戦闘兵器と呼べるものとは……到底考えられないのだが)
一団は部下の前を過ぎ去り、やがて遺跡から離れていく。
「……認識を、改める必要があるのかもしれないな」
間もなく、部下達からの詰問が始まるだろう。
待機命令を解かれたエッジ少尉達が近づいてくると、
ユノン大尉は通信機から手を離して、溜息を零した。