ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第二章(9)
生い茂る深緑の下、フィチェンカ数体を率いる一小隊が
オズ・パッセを中心として寄り集まっていた。
掌を広げて陽の光を妨げる大樹は、彼らにとって都合の良いものであった。
「……中尉、回線が繋がりました」
「よし、よこせ」
慣れない手つきで機械を操作していた一兵はようやく緊張から解放されると
オズ・パッセの開閉扉に手を掛け露骨に苛立ちを表していた男に声をかける。
男は一度咳払いをし、唾液を飲み込むとマイクに向かって話し始めた。
「報告します。第四小隊隊長、ザクス・ベス中尉です」
「何を手間取っている」
「も、申し訳ありません」
その男、ザクス中尉は額に脂汗を浮かべて顔を引きつらせる。
会話の相手は何者であろうか。
押し殺した声、そして萎縮する中尉の様子から、威圧的な印象を植えつける。
「状況は?」
「何も変わっちゃいないですね。
四日前、第一小隊から遺跡調査を始めたとの報が流れたきりです」
「その後、ひとつの報も無いと?」
「細々とした状況報告と、定時の連絡が入るきりです」
「ならば、始めろ」
「!」
通信機の向こう側の声が簡素な指示を出すと、如何ほどの意味を持つのか
ザクス中尉に限らず、彼の部下達も一様に身を縮こまらせた。
「は、じめる……大丈夫なんですかね、実際の所」
「異論があるのか」
「ちがっ、違います……そうでは。指示には、従います」
言葉が繋がらないのであろう、舌が乾く感覚に襲われ言葉を詰まらせるが、
臆する事無く淡々と紡がれる相手の声がオズ・パッセの空間を締めつけた。
「ですが、その」
「何だ」
「本当に……か、考えて、くださるのでしょうか」
半笑いを浮かべた中尉が、最後に確認しておきたい事があった。
彼にとっては重要な事なのだ。
「同じ事を、二度言わせる気か」
「い……申し訳ありません!よ、宜しくお願いします……」
「やれ」
「はっ!早速、準備に取り掛かります!」
通信機の声の主は、中尉の言葉を最後まで待つ事無く途切れたようだ。
大きく息を零し、ザクス中尉は肩を落としつつも口の端を緩める。
だが指示された内容は、彼等兵士達を未だ解放する事は無い。
「中尉、宜しいので?」
「あ?ああ……構いやしねえ。現に今、上から指示が下ったんだ」
「しかし、このオルデマスを――」
「うるっせえんだよ!」
脂汗が長髪を額に張りつけ、隈が出来た瞳を鈍くギラつかせると
当り散らすようにザクス中尉は声を荒げ、叫んだ。
しかし程無くして、彼は再び笑みを浮かべて部下の顔を引き寄せる。
「……いいか、俺はな……この任務が終わったら、本土に異動するんだ」
「は?」
「本土へ渡り、名を挙げ……行く行くは栄職につく」
「そんな話が……?」
「そうさ。それがこの大罪を犯す条件さ。
俺は、こんな偏狭の田舎で終わるような人間じゃねえんだよ」
あまりにも矮小かつ、手前勝手な理由ではある。
しかし相手は上官であり、また彼の狂乱と化した凄みに気圧されて
周囲を囲む部下達はただ彼の言葉を聞き入れる事しか出来なかった。
「何……美味しい思いをするのは俺だけじゃねえ。
お前達だって連れていってやるよ。口利きしてやる」
「本当ですか、中尉?」
共犯としてのリスクと罪悪感は、逆に連帯意識と同じ報酬をぶら下げて
誤魔化してやれば良い。どちらにせよ、彼等は上には逆らえないのだ。
しかし口車に乗せられた一兵達は、顔を見合わせ笑みを浮かべた。
「ああ。だからさっさと終わらせるんだよ、つまらない仕事は!
コンテナを開けろ。始めるぞ。紅晶石をバラ撒けるんだ!」
動揺は残るものの、彼等第四小隊はオズ・パッセの後部コンテナを開放し
中尉が指し示す「紅晶石」と呼ばれる鉱物を取り出しにかかった。
コンテナの中には鉱物だけではなく、兵装や燃料も積まれていた。
ルビーの様な輝きを発する紅晶石は赤々と顔を覗かせ、
その様子が一兵達に僅かな罪悪感を呼び覚ました。
しかし、この仕事さえ終えれば……仕事はあくまで仕事なのだ。
ひとりひとりが自分に言い聞かせ、紅晶石が詰まれたパックを
フィチェンカのマニピュレート・アームに換装していくと
やはり罪の意識は、いつの間にか顔を潜めてしまう。
「よし、始めるぞ!各機広範囲に広がり、樹の根に這わせて晶石を配置しろ。
夕刻までは時間がある……焦る事は無い。確実に広げるんだ!」
「はい!」
「了解しました」
(ふふふ……この森も間もなく姿を変えるか。
だが知った事じゃない。俺は、軍人として任務を全うするだけさ)
通信兵と共にオズ・パッセに残ったザクス中尉は、
シートに身を深く沈め、やはり邪な笑みを浮かべるのだ。
彼等、第四小隊に出された任務の内容。
それは、オルデマスを焼く事。
生命の箱庭を犯す事など、何人にも許されない行為だ。
リル・ディスの象徴とも言える深緑の大地が醜く変わり果てる事など、
自ら望む者などいないであろう。
いるとするのなら愚者であり、己を恥じる事の無い痴れ者だ。