ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第二章(10)


オルデマスの空が、オレンジ色に変わり始める頃であった。

ボジョ達と別れ、エルマーと共に引き返し始めてから四日が経過している。
食料不足もあり、あまり長居もしていられないのだが
何か興味が惹かれる物を見つけると、構わずネネコは駆け寄った。

寄り道など、日常茶飯事なのだ。
しかしこの時は旅の少女にとっても、珍しい相手と巡り合う事となった。

「やっぱり、声が聞こえる……鳥の声?
苦しそうに鳴いてるよ。何処にいるのかな……あっ」

急斜面となっている川辺は周囲がぬかるみ、
注意して足場を確保しなければ転げ落ちてしまうであろう。
樹の根に手を添え少しずつ足を進めるネネコの目に、声の主が映った。

「いた!岩に挟まれてるんだ……助けなくちゃ!」

ネネコの耳に届いたとおり、鳴き声の主は鳥のようだ。
斜面を転げ落ちた岩の下敷きになったのだ、身動きが取れずにいる。
身体を一度大きくよろめかせると、バランスを取りながら傍に寄る。

「エルマー、滑るから気をつけて!……この子は」

眼前でもがく鳥の姿を注視すると、ネネコは驚きの表情を浮かべた。
長い飾り尾を挟まれ、付け根から血を流すその鳥の姿は――

「不死怪鳥の赤ちゃん!?どうしてこんなところに……
みんなとはぐれて、渡れなくなっちゃったの?ううん、いまはそんな事!」

不死怪鳥とは、夏の季節を南から北へと渡る種の珍鳥だ。
成鳥となると七色の飾り羽根を誇る美しい鳥である。
いわくつきであり、不死怪鳥の血を吸うと永遠の命を得られると言う。

無論ただの迷信に過ぎない。自身に降りかかった厄災を払う事さえ困難だ。
数多の命有る者達と何ひとつとして変わりはない。

「いま、どかしてあげるから……うう、ん……ぐぐっ……痛っ!」

珍鳥に心を奪われる事も無く、岩の下に手を差し込んで力むネネコだが、
間もなく悲痛な声を挙げた。同様に岩に挟まれてしまったわけではない。
突然姿を現し、近づいてきたネネコを警戒した不死怪鳥が噛みついたのだ。

ネネコの声を聞くと、動揺したエルマーが傍に寄ろうとするが
この先はぬかるんでいる上に道が狭い。
ネネコと不死怪鳥と共に、転げ落ちる羽目に遭うだろう。

「い、ぐっ……大丈夫だよエルマー、待ってて……
それにエルマーが来たら、この子余計に警戒しちゃうかも……」

同時にエルマーと不死怪鳥を気遣って判断を下すネネコだが、
混乱した不死怪鳥は鳴きながら突付き回し、やがて腕から血が滲んできた。

「痛、痛い!……ごめんね。怖がらないで、直ぐだよ。
この岩をどかせば、またみんなの所に帰れるからね」

臆病な気質の不死怪鳥は、ネネコの声と表情を見守ると、
やがて落ち着きを取り戻し始めた。痛みに顔を歪ませながらも、
自身を助けようとしてくれている状況に気がついたのだ。

「ようし、この……うぎぎぎ……でりゃあ!」

やがて岩は持ち上がり、勢いに乗って飛び上がると
鈍い音を上げながら、そのまま斜面に沿って転げ落ちていった。
開放されると、不死怪鳥は翼を広げてその場を去ろうとした。

「あっ!まだ怪我が……だけど、それだけ動ければ心配は要らないかな」

不死怪鳥は力強く羽根を動かしてみせる。
尾羽の付け根は血で滲んでいたが、深い傷ではなかったようだ。
斜面を少し上がり、エルマーの元へと戻るとネネコは不死怪鳥を見上げた。

「……まだ、羽根や体毛が生え変わって無い。本当に赤ちゃんなんだ」

赤子とはいえ、その身体はネネコの体躯よりも大きい。
しかしネネコにとっては、判断を見誤る要因とはならないのだ。
身体の様子をまじまじと凝視していると、ネネコはふと気がついた。

「あれ?どうして離れていかないのかな。
もういいよ、大丈夫だよ。追いつけるか解らないけど……行きなさい」

不死怪鳥は少し離れた所で羽根を広げたまま、飛び去ろうとしないのだ。
腑に落ちないが、傷が出来た左腕を庇った時にネネコはその理由に気がつく。

「あ、そっか!もしかして、わたしの心配をしてくれてるの?
……ほら、大丈夫だよ!こんなのかすり傷。わたし、何とも無いよ!」

不死怪鳥に言葉が伝わるわけではない。
不死怪鳥にしても、人間の言葉は解らない。
だが、ネネコが言わんとしている事は理解出来たようだ。

「キィ!キュイイ……キュイイ!」

鳴き声を挙げると、不死怪鳥はその場を離れていった。
やはり、はばたきには痛みも気負いも感じられない。大丈夫そうだ。
ネネコは安心すると、左腕をさすりながら顔を歪める。

「いたたた……やっぱり、鳥に突付かれると痛いよね」

苦笑いを浮かべるネネコを、エルマーは心配そうに見つめる。
瞳の輝きが弱くなるエルマーに気がつくと、やはり少女は笑ってくれる。

「もう!エルマーまで、そんな顔して……傷薬、塗らなくちゃね!」

エルマーは、ネネコの心を覗いてみる。
だが、誰を責める声も見つからなかった。

助けようとしたのに、逆に傷つけてきた不死怪鳥の事も。
その巨体さ故に、傍に駆け寄る事すら出来なかったエルマーの事も。
もちろん、そうした自身の姿を卑下する様子も、ネネコには無かった。

手早く応急処置を済ませる様子を見守りながら、
少女の心に触れる事が、自身の心を優しく包み込む様な感覚に陥る事を
エルマーは深い部分で感じ、安堵している事に気がついた。

「これでよし、と。お待たせ、エルマー」

リュックサックを背負い直し、一度大きく伸びをすると
地図を広げるネネコは意気揚々と森の奥へと進んでいく。

やはりエルマーは、彼女の後について歩き始めた。

その様子を、やや離れた場所から先程の不死怪鳥が見つめていた。
まだ飛び去ってはいなかったのだ。

「キイイ……キュイイ」

ネネコの顔を確かめ、その場から人影が消えると
不死怪鳥もようやく気が済んだのであろう、仲間を求めて翼を広げる。

西の空に陽が隠れ始め、間もなく夕闇へと傾こうとしている。


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