ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

もくじ / Prev Page / Next Page

第二章(14)


空は静かだ。

オルデマスの遥か上空は静寂の世界が広がっている。
黒煙ももはや届く事は無く、数多の星々がエルマーを見守る。
眼下に広がるのは、猛々しい赤の大地。

夜の闇の中で昂ぶる炎は、その異端さと異常さを浮き彫りとする。
あってはならない、許されざる光景だ。

エルマーが心を繋げると、直ぐにネネコの姿を見つけた。
こちらを真っ直ぐに見つめている。

だが彼女の瞳はいま、涙で曇っている。
衝撃と悲劇に心を塗り潰されて、見上げる事も辛いかもしれない。
炎と黒煙に遮られて、エルマーの姿も見つけられないかもしれない。

見せなければ。
この闇の中で、ネネコに自身と緑光輝を見つけて貰わなければ。

エルマーは両腕を広げ、オルデマスに訴えかける。

『みんな……』

『みんな……聞いて……エルマーの声……』

翼を発現させた時と同様に、エルマーの身体が輝き始める。
しかし異なるのは、溢れる光の量と輝きの強さだ。
夜空の中では小さく映るエルマーの身体から、徐々に光が広がっていく。

『力を貸して……光を見せて……』

溢れる光は、海の蒼と同様に広がり、波紋を創り上げていく。
穏やかな緑光輝はオーロラと見紛うかのような風景を見せ、
一体と化したエルマーを緑の中に飲み込み始めていた。

『ネネコに、みんなの声を聞かせて!』

エルマーの瞳が白色に変化すると、光の奔流が爆発した。
そして巻き起こるのは、嵐の様な風だ。


『駄目です、ダグ少尉!フィチェンカ、保ちません!』
『少尉、第八小隊は全機オーバーヒートの状態です、指示を!』
「構うな、機体は破棄。退避しろ」

「伍長、我々も退がるぞ。このフィチェンカも棄てるしかない」
「は、はい!少尉も早く後方へ」

フィチェンカの冷却装置を活かした作戦も成功の見通しは立たない。
ただ、一時炎の勢いを止める程度の効果しか得られなかった。
損害に対してあまりにも矮小な結果ではあるが、初めから解っていた事だ。

「ユーノ……ユーノ!弾切れだ……こっちはもう打つ手が無えぞ!」
『残念だが、これ以上の抵抗は難しいな』
「く、くそ……特殊アーマーってのは、こんな物なのかよ!?」
『エッジ、退がるぞ』

「退がるって何処にだよ!?退がれば火が消えるのか!」
『俺達が無駄に死んだ所で、炎は消えはしない!』
「チ……くそったれ……!」

各小隊共に、もはや限界だ。
やれるだけの事はやった。
だが、あまりにも惨めな結果に誰もが下唇を噛み締める。

怒りと苛立ちは、やがてこの件の首謀者に対して向けられる。
姿の見えない、しかし推測するには容易な相手だ。
無力な自身を棚に挙げての憤りを自覚するだけに、余計にやり切れない。

やがて、冷却弾を撃つ鈍音もオルデマスから止む。
残骸と化したフィチェンカが痛々しくその場に残る。

対して勢いを止める事も無く、むしろ抵抗の止んだ森林の中で
無法地帯と化した炎の濁流はさらにその支配を進めていくのだ。

マヤ准尉が統括するオズ・パッセに受信される報も顕著に減っていく。
誰もが諦めてしまったのだ。諦めるしか無かった。
次第に下がっていくテンションの中、マヤ准尉は妙な光景を目にする。

「……何、この光……」

准尉の連絡を受け、ユノン大尉やエッジ少尉、
そして各小隊員のそれぞれが空を見上げ、その光景に目を奪われる。

光だ。


「エルマー……エルマーが、輝いてる?」

膝を落とし、虚ろな瞳を大きく見開きながら
ネネコは溢れる緑光輝を受け止めようとしている。

地上の赤、夜闇の緑。

猛威を振るっていた紅蓮の炎の恐怖が、次第に和らいでいく。
緑光輝の海から零れる光の粒、そして玉の数々が、
冬の季節に舞い降りる雪の様に、オルデマスを包み込んでいく。

「蛍の光……いつか、エルマーが見せてくれた光だよね?
エルマーを見ていて、って言葉は……こういう事なの?」

空高くはばたいてしまったエルマーだが、
緑色の光玉がネネコの掌に落ちてくると、直ぐ傍にいるような錯覚を覚える。

「ううん……錯覚なんかじゃない。
あなたは、エルマー……」

ネネコだけではなく、オルデマスが緑に染まっていく。
生命を奪い続ける炎の赤も、やがてその色を変えていく。

音が、止んだ。


白色と化したエルマーの瞳に、再度光が蘇る。
意識を取り戻したのだろうか。
エルマーは両腕を深く交差させると、開放するかの如く身体を広げた。

『オオオオオオオオッ!』

音が消えた世界に生まれるのは、獣の咆哮。
光と共にオルデマスに広がっていた、嵐の暴風。

赤と激突するのは、オルデマスとひとつとなったエルマーの光だ。


もくじ / Prev Page / Next Page