ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第二章(16)
ネネコがカサヤを訪れてから、三度目の春を迎え始めていた。
ネネコの背丈も伸び、赤子だった頃の面影も消えつつある。
年齢と共に成長した事に限らず、時折逞しさも垣間見せる。
それでも、表情や顔立ちに幼さを残している事は相変わらずだ。
言葉を話し、身体を動かし、空が夕闇に染まるまで小冒険の日々。
しかしこの日は少し様子がおかしいようだ。
普段笑顔の耐えない少女は瞳に涙を溜め、足早に診療所に駆け込んだ。
「先生、先生!ネネだよ……あけて」
「はいはい、どうしたの……ネネちゃん?」
切羽詰った声を挙げるが、ネネコが騒動を持ち込むのは茶飯事だ。
ドアの向こう側から呼ばれたエナは笑いながら開扉するものの
ネネコの表情を見て少し驚いてしまう。
「ネネちゃん、何?転んだの?」
「この子……」
服の所々が汚れ、赤く染まった掌を見たエナは膝を落として確かめる。
震える声で答えるネネコが掌を開くと、傷を負った小鳥が姿を現した。
怪我をしたのは、ネネコでは無い様だ。
「小鳥……この子は?」
「ネネが遊んでたら、この子倒れてて……血がいっぱいで……」
話しながら涙を流すネネコの言葉は途切れ途切れで、
良く聞かなければ解らなかったろうが、エナは大凡を受け止める事が出来た。
「先生、お医者さんなんでしょ?」
「うん?」
「先生いつも、みんなのケガとか診てあげてるから……だから……」
「ネネが赤ちゃんの頃、助けてくれたのも先生だって聞いたよ?
だから…先生、この子……」
だから、一番にエナの所に駆け込んだのだ。
村人の誰彼構わず、治療に専念するエナの姿を、ネネコはいつも見ていた。
血を流して動かない小鳥も、同じ様に助けてくれると信じたのだ。
ネネコは言葉に詰まり、再度泣き出してしまう。
両手を小鳥の為に使っているネネコは、拭う事も無く涙を零している。
エナは決して獣医ではないのだが、ネネコの気持ちは理解した。
「解った。大丈夫だよ、ネネちゃん」
「本当?この子、大丈夫?元気になれる?」
「うん。先生、お医者さんだよ。だから大丈夫」
見たところ、若干衰弱はしているが傷は浅い様だ。
簡単な治療で応急処置程度ならば出来るだろう。
何よりも、涙を流すネネコの表情を見ていたら、突き放す事は出来ない。
エナが涙を拭いてあげると、ようやくネネコは笑う事が出来た。
少しの間外で待つように言われると、大人しく言う事を聞くが
井戸から汲み上げた水で掌を洗っていると、また涙が滲んできた。
そこに、工房での作業を終えたケナブ村長が通り掛かった。
ネネコと一緒に、村長宅で暮らしている家族だ。
ケナブ村長はモビ族という亜人ではあるが、ネネコにとっては祖父同様だ。
「おお、おお。どうしたんですか、ネネコさん」
「おじいちゃん」
珍しく泣いているネネコの姿に驚くと、ケナブ村長は傍に寄り、話しかけた。
モビ族は垂れ下がった耳と面長の顔が特徴で、みな知的で気性が穏やかだ。
ネネコはケナブ村長に気がつくと飛びつき、やがて事情を話し始める。
「……そうですか、小鳥が」
「いま、先生が診てくれてるの。大丈夫かな」
「もちろんですよ」
「え?」
「ネネコさんも、知っていますよね。
カサヤで暮らす皆さんの怪我も、病気も。いつも、先生が治して下さいます」
「……うん」
「だからきっと、ネネコさんが助けた小鳥も、元気になりますよ」
「うん……」
力無くも頷くネネコの様子を見て、ケナブ村長は微笑む。
心の優しい子に育っている。
他者を思いやる心を忘れない少女の姿は、父親の姿とも被って見える。
「……けれど、不安なんですね?」
「羽根をケガしてたの。また飛べる様になるかな」
「それじゃあ、少し……お話を聞いて下さい」
「お話?」
「そうです。ネネコさんのお父さん……ユウマ様の事です」
「パパの?」
ネネコの父親、ユウマ・クローネルは事情があって
村を離れている期間が長い。
ネネコが成長するに連れ、その頻度も増していく一方だ。
「ユウマ様が普段、世界を旅している事は……知っていますね」
「うん。とても大切な事だって言ってた」
「それは、世界で暮らすたくさんの人達の為でもあるんですよ」
「たくさんの人達?」
「はい。もちろん、ネネコさんの事も含めてです。
困っている人、苦しんでいる人を助ける為に、旅をしているんです」
「パパは、助けてあげる人?」
「そうです。だからこそ、多くの人達から尊敬され、感謝されています」
「パパは、強くて優しいから、誰かを助けてあげるのかな」
「放っておけないんですね。ネネコさんと同じです」
「ネネ?ネネもパパと同じ?」
「小鳥を助けようとした、優しい心です。この事を知ったらきっと、ユウマ様も喜びますよ」
「パパ……パパ、嬉しいの?」
離れて暮らしていても、ネネコは父親が大好きだ。
ネネコの様子を見て父親が喜んでくれるのなら、ネネコにとっても嬉しい。
ケナブ村長の話、すべてを理解できたのかどうかは解らないが
涙で曇っていた表情は何処かへと消え去り、笑顔に満ち溢れていた。
ケナブ村長が父親の事を良く知っていると感じたのだろう、
ネネコはその後も多くの質問を重ねた。
ケナブ村長も知っている限りの事を答えてくれた。
そうしていると、やがて診療所からエナが顔を出してネネコを呼び寄せた。
「ネネちゃん、終わったよ」
「あ!小鳥さんは?元気になった?」
「おいで。もう中に入ってもいいよ」
診療所に通されると、羽根を包帯で包まれた小鳥が診察台で眠っていた。
直ぐに元気になると思い込んでいたネネコは、意表を突かれて困惑する。
「……まだ元気じゃない」
「傷が塞がるのにも、弱った身体を癒すのにも時間がかかるの」
「どうすればいいの?」
「毎日包帯を代えて、ごはんも食べさせてあげないと」
「自分で飛べないから?ママが必要なの?」
「うん……そうね」
話を聞いていたネネコは、一度顔を挙げてケナブ村長の顔を見る。
先程までの父親の話を思い出したネネコは、表情を輝かせて応えた。
「じゃあ、ネネがこの子のママになってあげる!」
「出来る?ママになるのって、簡単な事じゃないんだよ」
「うん!包帯もネネが巻いて……ごはんも食べさせてあげる。毎日」
「……そっか」
「ネネコさん、小鳥が何を食べるのか、知っていますか?」
「ううん」
「それじゃあ、本を貸してあげます。一緒に勉強しましょう」
「うん!先生、おじいちゃん、ありがとう!」
話が決まると、居ても立ってもいられないのだろう。
診療所を飛び出して、隣家である村長宅の書斎に向かって駆け出した。
ケナブ村長が一緒で無ければ、本の場所も解らないのであろうが。
「ふふふ……張り切っちゃって」
「ネネコさん、言ってましたよ」
「え?何がです?」
「いつか、パパの様に強くて優しい人になりたいんだ、って」
「ユウマさんの様に?……そうですか」
ネネコは日々、心豊かに成長を続けている。
日頃の様子を見ていると、たしかに父親の様になれるかもしれない。
他者を思いやる心を育んでいく姿は微笑ましいが、
いつか父親の姿を追って旅をする様になってしまうのだろうか。
そう考えると複雑な心境に陥ってしまうが、
横たわる小鳥の姿に目を落とすと、それも杞憂だと自身を誤魔化した。
何よりも、ネネコが望む事であれば、受け入れてあげたいのだ、と。