ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第二章(17)
オルデマスに降る暖かい雨は、未だ止む気配は無い。
風と雨の恩恵を受けて鎮火した炎も、力無く煙を燻らせるだけだ。
大森林のほぼ中央に空いた痛々しい傷跡も落ち着きを取り戻し始める。
遺跡調査部隊として派遣された帝国軍人達も、
オルデマスの簡易合流地を目指して移動を続けていた。
搭乗していたフィチェンカを失い、徒歩の者も多い。
何よりも皆疲労を重ね、また疲弊していた。
身体中を煤と泥で汚し、拭い取る余裕も無くただ歩き続ける。
誰もが、口を利く事すら拒絶している。
先頭を行く第一小隊のユノン大尉は、先程までの光景、
そして経験を振り返って自問自答を重ねていた。
オルデマス炎上、という許されざる大罪。
まだ疑念止まりではあるが、帝国軍の何者かの意思による物だという事は
ほぼ間違いは無い事実である。間もなく真相が判明するだろう。
同時に、雨の中を飛び去るエルマーの姿を目で追った時、
ネネコ・クローネルの姿を思い出し、そして身を案じた。
簡易合流地では、すでにザクス中尉率いる第四小隊が待機していた。
談笑していた彼等も、合流する他小隊の団体に気がついて会話を止める。
部隊の先陣を切って近づいてきたのは、モルドフを降りたエッジ少尉だ。
「おっ、来た来た……何だエッジ、てめえ満身創痍じゃねえか」
「……」
瞬きひとつせず、視線を落とす事もせずに歩み寄るエッジ少尉からは
只ならぬ気配を感じ、第四小隊の小隊員達は皆怪訝な表情を浮かべるが
事情を知ってか知らずか、ザクス中尉は構わずに続けた。
「この雨ン中、ご苦労さんだったな。まあ……ゆっくり休めや」
「……」
何も応えないエッジ少尉は額が接触するか、という距離まで足を運ぶと
ザクス中尉の胸倉を掴んで凄んでみせる。
「ザクス、てめえ……一体どういうつもりだ」
「……あ?」
「あ?じゃねえんだよ……自分が何をしたのか、解ってんだろうな」
至近距離で睨み合う両者は、お互い譲る様子は無い。
充血した瞳で感情を押し殺すエッジ少尉の表情を見ても
ザクス中尉はまったく悪びれる事も無く、逆に切り返す。
「誰に向かって口聞いてんだ、コラ。
いつまでも同階級だと思ったら大間違いだ。俺は中尉だぞ」
「階級なんざ関係ねえんだよ!」
「この小汚い手を今直ぐどけろ。階級章が汚れるだろうが」
「!」
エッジ少尉は拳を振り上げるが、何者かに止められてしまう。
ダグ少尉だ。
「やめろ、少尉」
「離せ、ゴリラ!」
「落ち着け。ここで言い争って何になる」
「うるせえ!……見損なったぞ、ザクス……てめえはイカれてる!」
「任務だ!俺は上からの任務に従っただけだ!」
「第四小隊には待機命令を出しておいたはずだが?中尉」
ダグ少尉に続いて、ユノン大尉も場に割り込んでくる。
さすがに大尉の顔を見てはバツが悪いのだろう。
それでも後ろ盾がある余裕からなのか、再度ふてぶてしい態度に戻る。
「……大尉」
「上からの任務とは何だ。誰からの指示だ」
「……」
「バセス・チルノダ中佐か」
「!」
「バセス中佐?……そうなのか、ザクス」
「任務内容は何だ。オルデマス炎上が、君が受けた任務なのか?」
「お答えする必要はありませんね」
「おい、てめえ!」
「何だ!何か文句あるか!
言っただろうが……俺は軍人だぞ。命令に従って何が悪い!?」
「こいつ……!」
人は怒りにかられた時、頭に血が昇って表情が赤くなるが
その状態すらも超えると、逆に頭部から一気に血が引いて目の色が変わる。
完全に切れた状態のエッジ少尉はもはや拳を抑える事が出来ない。
だが、やはりその拳が奮われる事は無かった。
「エッジ、止めろ!」
「何で止めるんだ、ユーノ!離せよ!」
「話は俺がつける」
「てめえはっ……!
まさかてめえまで、オルデマスを焼く事すら軍人の任務だって言うのか?
これも機械人を手に入れる為か!?」
「……そうだ」
「馬鹿野郎が!」
拳の矛先はユノン大尉となった。
無防備の頬に直撃し、脳を揺らされたユノン大尉の膝が笑う。
「グッ!う……」
「エッジ少尉!」
「何故ここまでする!機械人ってのは、一体何なんだよ!」
(何故森が燃えるの?誰かがやった事なの!?)
「知ってるなら答えろよ!機械人てのは何だ!
何故オルデマスを焼いた?答えろ、ユノン・マーダ!」
(そんな……人が、人がやれる事だって言うの!?)
感情に任せて怒鳴り散らすエッジ少尉の言葉に、
燃える森の中で聞いたネネコ・クローネルの叫びが重なって聞こえる。
殴られた衝撃だけでは無いだろう。揺れる脳を押さえユノン大尉は苦悩する。
「……言っただろう。俺はお前達と同じ事しか知らない」
「コイツは……!」
「もうよせ、エッジ少尉。行き過ぎだぞ」
「止めるのは俺じゃねえだろうが!離せ!」
「そんなに任務が大事か!?
だったら、上官を殴った俺を裁けよ!
軍規に従わず、上官を侮辱した俺を処分してみせろよ!ええ!?」
「鬱陶しい奴だ……辞めたきゃ辞めちまえ、チキンが」
「ンだと……!?」
「ザクス中尉、君も止めろ!……今後の指示を出すぞ」
「……第五小隊と第六小隊は、残って遺跡調査を継続しろ。
後続の新規小隊と交替で基地に帰還すればいい。
ポイントと引継詳細は第一小隊のマヤ准尉から説明を受けろ」
「はい」
「了解です、大尉」
「第一から第三小隊、ならびに第七、第八小隊は此処で一晩待機。
第四小隊はフィチェンカ三機を残し、いますぐ帰投しろ」
「了解」
「了解しました」
「は?ちょっと待ってくださいよ。そりゃあ当てつけですかい?
ウチの小隊だけ仲間外れって……どういう意味ですかね」
「この場にいる全員が疲弊している。
何が起ころうと止められる者はいない。解るな、中尉」
ユノン大尉の言葉を受け、はっ、とするザクス中尉は周囲を見回し、
全小隊、全員がこちらを睨み、拒絶している気配を感じ取った。
つまりは、例え暴行を受けたとしても責任は持てない、という事だ。
疲労もあり、各小隊員がやつれ、酷い表情だ。
原因は、オルデマス炎上に伴う鎮火作戦だという事は明白だ。
中尉は唾を飲み込むと、黙って頷くしかなかった。
「りょ……了解。第四小隊、帰還します……」
各小隊が重くなった身体を奮い起こしてキャンプの準備を始める中、
振り続ける雨の中、第四小隊はその場を離れて行った。
物資に腰を下ろして爪を噛むエッジ少尉に、大尉が話し掛ける。
「……中佐とは俺が話す。報告書と一緒にな。
だから何もするな。いいな、エッジ」
「……ああ」
いまだ燻る物があるのだろう、視線すら合わせないエッジ少尉は
返事をするのも億劫な様子でその場を離れて行った。
大尉の口の端には血が滲む。
(機械人……機械人か)
鈍痛と赤い血が、ユノン大尉の心を蝕む。
オーロラと共に見た大粒の雨でさえ、彼等の心を癒せないのだろうか。
人はまだ、過ちを犯し足りないのかもしれない。