ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第二章(18)
オルデマスに雨が降り始めた頃。
力の解放、光の収束を終えたエルマーが地上に戻ると、
ネネコは力尽き、地面に横たわっていた。
両腕に限らず全身が赤く焼け爛れ、呼吸がおかしい。
長時間高温と化した炎の中に閉じ込められ、
大量の煙を吸い込んでしまった事もあるのであろう。
光の正体に気がついたネネコの気持ちが緩み、
緊張感から解放された事もあるのかもしれない。安堵が逆に、
ネネコの身をさらに危険な領域へと誘ってしまったのかもしれない。
ともかく、急がなければ。
まだ幾つかの燻りを残し、揺らめく火の手から離れて
何処か安全な場所へと移動する必要がありそうだ。
エルマーはネネコを両腕に抱えると、翼を展開してその場から離れていく。
やがて降り注ぐ雨も強くなり、火が照る赤も姿を消していくだろう。
蔓や草木が複雑に絡む天然の高台に足を降ろすと、
ネネコの様子を確かめる。容態は悪化する一途の様だ。
目を覚ます様子も無い。呼吸も荒く、衰弱していく。
エルマーが腹部を展開すると、抱えたネネコの周囲に光が集まり始め、
ゆっくりとエルマーの内部へと誘導していった。
ベッドへと変形した座椅子にネネコを落ち着かせると、やがて腹部を閉じる。
其処まで動いた所で、エルマーは静止した。
微動だにしない様子だ。
瞳が小刻みに点滅を始め、次第に光が弱くなり、消えてしまった。
ネネコ・クローネルは夢を見ていた。
ここ数日の例に漏れぬ様に、まだ幼い頃の思い出の夢だ。
とても懐かしい。
数多くの国、町、村に訪れ、同じだけの人々と出会ってきたが
育った山奥の村、カサヤで暮らした日の事を忘れた事はない。
カサヤの夢を見る時は、優しい気持ちに浸る事が出来る。
心地良いのだ。
心が満たされるという感覚は、ただ幸福だと言えるだろう。
夢現の中で目を覚ますと、ネネコは緑光輝に包まれていた。
徐々に意識がはっきりとしてくるが、身体が思う様には動かない。
「ん……エルマー……」
自身が何処に居るのかも定かではなかったが、
緑色の光が連想させるものは、エルマーであった。
輝きを見せる光と共に、鈴の音の様な音も溢れてくる。
幻想的な光景の中に身を任せていると、
身体と心を切り離されたのだろうか、という感覚に包まれる。
それはやはり、不安や恐怖では無いのだが。
「エルマー……光が、いっぱいだ」
今までに見たエルマーの光と異なるのは、
妙に自身の身体に纏わりついてくる、という事だ。
首だけを動かして掌を見つめると、ネネコ自身の身体からも
光が溢れ、滲み出ている様子にも見える。
「この光って……エルマー?……あっ、エルマー!」
何かに気がついたのだろうか、ネネコは突然身体を起こした。
やや遅れて、手足が自由に動かせる事に気がつく。
ネネコの様子に対応しての事だろうか、光の玉もひとつひとつ消えていく。
「ここは……このベッドは、エルマーのベッドだ。
ううん、それよりも!エルマー、しっかりして!ここを開けて!」
何を焦っているのだろうか。
ネネコは声を挙げると、目の前の見えない壁に向かって叫ぶ。
少しの間を置いて空間に切れ目が入り、外の世界へと開放する。
眩しい太陽の光が差し込んできた。
雨はすでに止んでいるようだ。
オルデマスの、いつもの陽気な好天候が広がっている。
しかしそれすらも堪能する事も無く、ネネコは飛び出すと
エルマーに向き直り、声を挙げる。
「やっぱり……エルマー、すごく辛かったんだ」
腹部を閉じるエルマーは、地面に手をついて前傾姿勢を取っていた。
肩で息をするわけではないが、明らかに様子がおかしい。
「エルマーのお腹の中で、声が聞こえたよ。
わたしはもう、大丈夫。
わたしを助ける為に、そんなに辛い状態になったの?」
身体を起こす事が出来ないエルマーは、なんとか視線だけでも挙げてみせる。
傷だらけだったネネコの身体は、綺麗に治っている。
遺跡の地下で背中の傷を治した時にはここまで体力を消耗しなかったのだが
やはり、衰弱するまでに弱ったネネコを癒すには莫大な光を必要とした様だ。
ネネコの治療に成功した事を喜びたかったが、身体が動かない。
「エルマー、ごめんね。ううん、ありがとう。
わたし、途中から意識が無くて……気がついたらエルマーのお腹の中で……
きっと、エルマーが助けてくれたんだよね」
爪先で立ちながら、両腕を掲げてネネコは頬を撫でてくれた。
心身だけでなく、魂すらも削って治療を試みた甲斐があった。
安堵と共に自身の回復も進み、ようやく立ち上がる事が出来る。
いつまでもネネコに心配はかけていられない。
身体を奮い立たせ、いつもの様に起き上がると瞳を点滅させてみせる。
「エルマー……良かった。元気出たの?」
まだ完治には程遠かったのだが、何よりもネネコが元気になった事が嬉しい。
燃える森林の中で涙を目の当たりにした時の心の痛みも、
いま目の前にいるネネコが微笑んでくれる、ただそれだけで救われる。
ただ、ネネコの心は晴れ晴れしい気持ちだけでは無い様だ。
振り返ると、焼け跡と化したオルデマスの様子が眼前に広がる。
高台からオルデマスを見下ろすと、陽の照る下だという事もあるだろう、
どれだけの惨劇が起こったのかを実感し、心に突き刺さってくる。
広大な大森林にぽっかりと穴が空き、深緑を失ってしまった。
「ひどい……ひどいよね。人は、こんな事だってするんだ……」
そうだ。
まだ解決していない。解決にはまだ、膨大な時間が必要かもしれない。
それでもまだ、エルマーには出来る事があった。
ネネコに、見せたい世界があった。
エルマーは一歩進むと、両腕を広げてネネコを受け入れようとする。
様子に気がついたネネコは振り返ると、小さく首を傾げる。
「ん?何、エルマー……抱っこ?」
そのままネネコを抱えると、翼を広げてゆっくりと高台を降りていく。
気を失っていたネネコにとっては初めて見る光景となるのだが
空を滑空していく、という感覚を味わい、少し胸が躍った。
「エルマー……わたしを、何処かに連れて行きたいの?」
疑問を感じるネネコにも、すぐに答えは解った。
エルマーが目指している場所は、オルデマスの焼け跡だ。