ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第三章(3)


眼前にそびえる、丸太の様な無数の足を掻き分けてようやく顔を出すと
目に飛び込んできた影を数えるだけでも7、8人のリザード・マンが暴れていた。
ひび割れた鱗状の肌を晒し、瞬きひとつせずに剥いた瞳が琥珀色に光る。

散乱した木箱や氷材、そして海産品に目を落とすとネネコは眉の間に深い皺をつくる。

「おい、お前等!たしかさっき、山賊がどうとか言ってやがったな!」
「おうよ!それがどうした……俺達は、山賊さまだ……」

リザード・マンの異質な風貌を見ても怯まない、血気盛んな町民達は
臆する様子も無く、突然の闖入者である賊衆に向けて声を張り上げた。

「解ってんのか?……ここは、港町だぞ」
「だからなんだ!コンだけのお魚ちゃんが並べられてるのを見りゃあ解らいでか!」
「だったらお前、襲ってくるのはむしろ海賊じゃねえのか?」
「山賊がこんな所で、何油売ってんだよ」

冷静な様子の町民達に苛立ちを覚えつつも、脛を蹴られた賊は動揺の色を隠せない。

「う……うるせえな!道に迷ったんだよ!」
「おま、おま、お前等にそれが、何の関係があるってんだ!」

その理由も去る事ながら、絵に描いた様に取り乱したリザード・マンを前にして
腹の奥をくすぐられた町民達は一斉に吹き出し、笑い転げてしまう。

「なんだこいつら、頭が悪いみたいだぞ」
「山賊なら、山にお帰り下さいな」
「ここには芋もキノコも置いてねえぞ、バーカ!」

四方八方から嘲笑と侮蔑の言葉をぶつけられて、
所在が悪くなってしまったリザード・マン達は二歩、三歩と後ずさってみせる。
鱗の肌の奥では赤面しているのだろうか、しかし再度、場の空気は一変する。

「コケにしやがって!グダグダとうるせえぞ、お前等!」

懐から取り出したのは、一丁の短銃だ。
取り囲む町民達の眼前に突き出し、乱暴に銃口を振り回すと悲鳴が上がる。
弱者と強者の関係が一瞬にして入れ替わるのを確かめるとリザード・マンは笑った。

「あなた達、もうやめなさい!」

静まり返った場に響いた、張りのある声に肩を緊張させるリザード・マンは
素早く瞳を動かして警戒するが、短銃を前に怯んだ町民の姿しか見つからない。
警戒が疑問の色に変わる頃に視線を落とすと、ひとりの少女が腰を落として構えていた。

「ああん?なんだ、こいつは……ん?」

リザード・マンの前に踏み出したのはネネコ・クローネルだ。
たかだか人間の子供に対して、ただの一度だけでも畏怖してしまった事実を恥じると
調子を取り戻して銃口をネネコに向けるが、何やら周囲の様子がおかしい。

「おおっ!ネネコ・クローネルちゃんじゃないか!」
「ちびっこいんで気がつかなかった!」
「また悪者退治かい!張り切ってのしちまってくれ!」

「な、なんだよ……ずいぶんと人気者みてえだが……」

子供が賊から銃を向けられて危険にさらされている、という状況であるにも関わらず
心配するどころか、さらに煽り立てる様子にリザード・マンはついていく事が出来ない。

だが、いい加減にペースを乱されて振り回される事態にも耐えられなくなってきた。
一連の流れを通して、プライドを打ち砕かれてしまった彼等には
もはや引鉄を引く以外の選択肢は浮かばなかった。選択するという意識もなかった。

「もういい!初めから力尽くで強奪するつもりだったんだ」
「片っ端からシメ上げて、取るモン取ってやれ!」

短銃を構えたリザード・マンが激鉄を起こして照準を定めると、
その懐にネネコが飛び込み、脚を銃口に絡めて腕ごと引っ張り上げる。

周囲に乾いた音が響き渡るが、弾は地面に叩きつけられて何処かへと消えてしまった。
大きく姿勢を崩したリザード・マンは大きく見開いて状況を確かめようとするが、難しい。
驚いたのは、渦中の彼だけではない。仲間も含め、周囲の雑踏も同様だった。

銃口から火花が散るのと、ネネコが飛び込むのはほぼ同時に見えたからだ。

「これだけ大勢の人達の前で、こんなもの撃ったりしないで!」
「え……い!?」

ネネコが何かを叫んだようではあったが、上手く聞き取る事が出来なかった。
それよりも、いつの間にか取り上げられていた短銃がネネコの手中にあるのに気づき、
そのまま力任せに捻り上げられて部品が零れ、鉄屑と化した獲物に驚愕する。

「な……なんだ、このガキ……」
「おい、お前、どいてろ!」

今度は、槌を振りかぶった2人のリザード・マンがネネコの両側から迫ってくる。
ネネコは彼等の様子を確かめるとタイミングを計り、素早く飛び退いた。
遠心力に引っ張られて制御に利かない槌に遊ばれると、彼等は互いの頭を潰してしまう。

「ぎゃ……ぎゃふん」

「やったーっ!ネネコちゃん、最高だぜ!」
「ま、まだだ……ネネコ、後ろ後ろ!あぶなーい!」

振り返ると、刃渡りの大きい、三日月の形を成した刀剣を構えたリザード・マンが迫る。
しかし、リザード・マンとネネコの間に突如巨大な人影が乱入し、
甲高い金属音と共に刀剣が真っ二つに分断されてしまった。

「エルマー!」

ネネコを刀剣から守ったのは、エルマーの右腕であった。
鋭さを剥き出しにした刀剣が叩きつけられたにも関わらず、腕には傷ひとつ見つからない。
緑色の光に包まれながら背中の翼が姿を消すと、エルマーはネネコの姿を確かめる。

「な……なんだよ、こいつは……デカ過ぎだろ!」

「おお!用心棒まで出てきたか!」
「エルマー!エルマー、頑張れー!」

リル・ディスの町民達の間では、エルマーの顔もすでに馴染みとなっている。
ネネコが初めて町まで連れてきた時から、彼等は抵抗する様子も無く受け入れてくれた。
子供達の間では妙に人気があり、現に、見守る雑踏からは高い声が飛び込んでくる。

ネネコとエルマー、混乱した頭では理解が困難である両者を前に
リザード・マン達はすでに、戦意を失いつつあった。
攻勢に転じた空気を察したのであろうか、町民達は気勢を上げて飛び掛っていく。

「おっしゃあ!こうなりゃ、ネネコちゃん達だけに任せておけるか!」
「リル・ディスの恐ろしさ、賊どもに教えてやるぜ!」

「な、何をするんだお前等!やめろ、後生だからーっ!」

ある者は散らばった木材を、ある者は商品の陳列棚から抜き出した酒樽を、
そしてある者は氷材で固められた大振りな魚を手にしてリザード・マンを取り囲む。

もはや、ネネコとエルマーが出る幕でもないようだ。
男達に混ざって女子供まで参戦し、武器を構えた賊衆をこらしめていく。
圧倒され続けたリザード・マン達は力尽き、やがて抵抗する様子も見られなくなった。

「へっへっへ、ざまあみろ!」
「それ、縛り上げてやりな!」

総勢8人に及ぶ山賊、リザード・マン達は荒縄で拘束され、一箇所にまとめられていく。
事態の収拾に満足した男達は肩を寄せ合って互いを祝福した。

そうしている間に、雑踏の向こう側から警笛が鳴り響いてきた。

「コラ、お前達、そこまでだ!」
「ホラ、ケンカは止めて、おとなしくするんだ!」

登場したのは騒動を聞いて駆けつけた、白い体毛で覆われた虎顔の2人組だ。
揃いの制服と胸のバッジから、リル・ディスの保安官である事が解る。

「遅いぜ、旦那方!」
「騒ぎはこの通り、すでにネネコとエルマーが収めてくれたぜ」

「ムウ、そうなのか」
「デハ、後日改めて、ネネコの元には感謝状が贈られる事だろう」
「いや、あの……わたしはほとんど、何もしてないんだけど」

ネネコの言葉通り、リザード・マンを捕らえ上げたのは町民達の功績であろう。
しかし彼等には、そうした事実は関係なく、少女と巨人を祭り上げて騒ぐ一方だ。
楽しく騒いで、愉快に暮らす事が出来れば満足だ、それが彼等のポリシーである。

「オラ、さっさと歩け」
「ソラ、後でたっぷりと搾り取ってやるからな」

「ち、ちくしょう……なんなんだ、一体……」

強奪の相手と場所を完全に間違えた事を痛いほどに自覚したリザード・マン達は
虎顔の保安官達に尻を叩かれながら、大きく肩を落としてその場を去っていく。

山賊であろうが、海賊であろうが、彼等は二度とこの町で悪事を働く事は無いだろう。

無造作に髪を撫でられ、乱暴に肩を叩かれて手毬の様にネネコは振り回される。
エルマーの頭や肩の上に子供達がよじ登り、足元では手形をつけて遊ばれている。
しかし一欠片も、嫌な気持ちを抱く事はないのだ。

騒動も一段落して、散乱した木屑鉄屑、そして商品群が綺麗に片付けられる頃には
徐々に周囲の群衆もその場を離れ、人影がまばらになってきた。
ネネコは一度、大きく息を吸って吐き出すと背後から声をかけられる。

振り替える間もなくその声の主に気がつくと、我に帰って奥歯を噛む。

「おーい、ネネコー!」
「ネネコちゃん、いたあ!エルモちゃんも、いっしょ!」
「モ、モド……マーコちゃん」

揉め事に首を突っ込んでいたためであろうか、彼等との約束が完全に頭から抜けていた。
こちらに駆け寄ってきたのは、ネネコと同様に純血種の人間の兄妹であった。
少年、モドはネネコと同じ歳程であろう。まだ幼い妹を連れた、褐色の肌の子供達だ。

「市場でケンカが始まった、って聞いたからもしやとは思ったけどさ」
「ご……ごめん、モド……」

「それにしたって、遅過ぎねえか?漁も卸しも、一通り終わってるぜ、とっくに」
「いや、あのね……寝坊、しちゃったんだ……あははは」
「きょうは、マーコもちゃんとおきれたのにね!」

モドから鋭い指摘を受け、妹のマーコからも満面の笑みを浮かべられると
ネネコにはもはや、言い訳のひとつを並べる余地も残されてはいなかった。

「エルモちゃんは、はやおきできた?」
「マーコ、エルモじゃない。エルマーだ」
「エルモちゃんは、ちゃんときいてくれるからいいの!ね、エルモちゃん」

エルマーの足元に駆け寄り、マーコは手を添えて話しかける。
普段通り、例外無く名前を言い間違える妹に対して、やはり兄が指摘してみせる。
しかし、見上げればエルマーは瞳を光らせて応えてくれる。それだけで良いのだ。

そうした様子を見て、ネネコも安堵の表情を浮かべて見せた。
路地の陰では、黒猫が大きく欠伸をしている。


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