ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第三章(6)
初めの挨拶が異国語であれば故郷の自慢話に花を咲かせ、
同じ席に座る事もあれば肩を寄せ合い、拳を合わせて酒を酌み交わす。
言葉に仕草、風貌に振る舞い、すべてが友好の架け橋のきっかけへと変わっていく。
しかし、そうしたリル・ディスの日常風景にも、悲しいかな、やはり異端は存在する。
大仰に立てた襟と肩の張った軍服、耳に障るリズムを奏でる黒光りする軍靴。
リル・ディスの東に駐屯基地を構える、帝国の軍人達である。
ただでさえ言葉の連絡網が発達したこの町で、オルデマスの一件を知らぬ者はいない。
ひとりは上着を腰に巻き、ひとりは胸元を大きく肌蹴てはいるが
ただそれだけでは、彼等の素性を誤魔化す理由にはならなかった。
「あんた達、その様子じゃあ何処の店からも追い出されたって顔だね」
「おい親父、なんだよこの……泥水みたいなコーヒーは」
「席を空けてやっただけ、ありがたいと思っておくれよ」
「チ……面白くもねえ」
路地へと剥き出しとなった喫茶店の一角に、軍人の三人組が集まっていた。
申し訳程度に立てられた縞模様の傘には所々穴が空き、日差しを隠す役にも立たない。
店の主人の指摘通り、彼等は休憩場所を探していたが敷居を跨ぐ事も許されなかった。
それどころか、通り過ぎる町民から向けられる視線から逃れる場所も見当たらない。
ようやくと椅子に座る事が出来たかと思えば……鈍く濁ったカップが差し出される始末だ。
「なんだか僕達……招かれざる客、って感じですね」
「知ってるだろう?軍人なんざ、何処に行ったって好かれるモンじゃねえんだよ」
「だからと言っても、いつになく厳しい視線を感じるんですが」
「……鼻が利くんだろう?こいつら、獣も同然だからな」
天然の宝庫、密林を焼いたと噂される容疑者が雁首揃えて町を闊歩している。
一方的に暴漢に襲われても、文句は言えないだろう。しかし、
幸いとも言えようか、唾を吐き捨てられる事こそあれど大きな騒ぎとまでは至っていない。
そうした中でも、彼等も血の通った人間である。
致し方なしと、平然と構えていられるものでもないのもまた、当然の話だ。
「飲めもしない物を注がれても無駄だろうによ……おい、ゴリラ……あんた」
「飲んで、飲めないものでもない」
後髪を短く刈り上げた強面の男が、カップに口を添えて喉を鳴らしていく。
好んで口に含んでいるわけでもなかろうが、手元の濁った液体を見ては嗚咽する。
「……だとよ、レノット。飲めよ」
「遠慮しておきます」
「飲めよ!上官命令だ……おら、口を開けろ!」
「絡まないで下さいよ!……それよりも、いいんですか?こんな事をしていて」
レノット、と呼ばれた優顔の青年の一言を聞くと、先から気勢を上げる男も眉を上げる。
「なんだよ、こんな事って」
「ですから……捜索任務の途中じゃないですか」
「いいんだよ、休暇みたいなものなんだからな」
吐き捨てる様に言葉を投げると、ややも大袈裟に背もたれに身体を預けてみせる。
茶飯事なのであろうか、受けた青年も前髪をいじくるとそれ以上何も追及しない。
乱暴に蓄えた顎鬚は色素が薄く目立たないが、爪先で掻き上げてようやく言葉を続けた。
「……なあレノット。狼の旦那が、ネネコの名前を知っていたのは何故だろうな」
「え?何故か、と言うと?」
「あいつに接触したのは俺達だけだし、名前を直接聞いたのもユーノだけだろうが」
「バセス中佐から個別の呼び出しがありましたよね?その時に僕が……えっ、うわっ!」
「やっぱりお前か!このクソガキが!」
「痛い、痛いです!」
素早く席を立つと、背後に回り首を固めた姿勢で拳骨を握り締め、髪を毟り取る。
締められる側はたまらないが、血管の浮かび上がった太腕を振り払う力は無かった。
ようやく解放されると、呼吸を乱して瞳を潤ませながらも申し訳程度に反抗する。
「だって、任務報告じゃないですか……重要な事ですし、伝えないわけには」
「ああ、ああ。お前は出世するだろうよ」
「じゃあ、エッジ少尉やダグ少尉は報告されなかったって事ですか」
「伍長だけを責めるものじゃない……准尉が話した可能性もある」
「おカタイからな、あの娘さんも」
「筋を通しているのは伍長と准尉だろう、エッジ少尉」
「解ってんだよ、そんな事は!」
ダグ少尉がレノット伍長の擁護を始めると、エッジ少尉は忌々しくも言葉を飲み込む。
遺跡で出会った少女に関して黙秘したのは少尉達の独断であり、
自身がネネコ・クローネルを庇い立てした理由も特に見当たらなく、苛立ちがつのる。
ユノン・マーダ大尉の様子を見る限り、そうする事が正しいと感じた。
敢えて言えばそれだけなのだが、それでは子供の理屈だ。
自覚するからこそ、レノット伍長に八つ当たりをした。
動機、経緯、そして結果を考えると、自身の矮小さに呆れ、そして憤りが隠せなかった。
不満を顕わにするレノット伍長を尻目に、エッジ少尉は胸元に入れた資料を取り出す。
皺が寄り、端々が白く削れているがネネコ・クローネルの白黒写真の写しだ。
映る少女の髪は黒く塗り潰されているが、実際には赤く、特徴的な色を表していた。
別紙の資料には、補足のためにいくつかの項目が添えられていた。
「赤髪、小柄、推定年齢八〜十歳……」以下、身形や外見的特徴が続いていく。
写真だけでも手がかりとしては大きいが、言わなければ解らなかった詳細である。
エッジ少尉はインクをなぞり、そして小さな音と共に拳の中に丸めた。
「エッジ少尉、ザクス中尉の話は聞いたか」
「……何の話だ?知らねえよ、あんな馬鹿野郎の事は」
「第四小隊がミジラの警護任務中にハイプ・グリフォンと遭遇し、重傷を負ったそうだ」
「えっ……」
「なんだと!?……何時の話だ」
「三日前だ」
エッジ少尉とレノット伍長にとっては初耳の話だ。
町を離れ湿地帯や洞穴など巣窟として活し易い場所に近づけば、異形の怪物も目立つ。
軍人達が如何に特装で武装していたとしても、まだまだ命の保証とするには遠い。
同僚のアクシデントに言葉を失うが、ダグ少尉は続ける。
「命に別状は無いそうだ。小隊員と共に付近の村まで引き上げた所で通信が入った」
「ミジラは要警戒区域だったろうに……調子に乗って、浮き足立っていたのだろうよ」
辛辣な言葉ではあるが、奥歯を噛み締める様子から真意の程は伝わってくる。
レノット伍長はオルデマスで揉めた時の光景を思い出すが、かける言葉が見つからない。
悪態をつき、罵り合っていたとしても同僚である事に変わりはなかった。
「オルデマスの、天罰が下ったのさ」
やはり半分は本心ではあるが、昂ぶった感情を整理するために吐いているのであろう。
誰が何を答えるわけでもない。
「あの……ユノン大尉は今頃、どうしているんでしょうね」
「さてな」
「そ、そういえば……どうしてエッジ少尉は、大尉をユーノって呼ぶんですか?」
「うるっせえんだよ、お前は!さっきから何が言いたいんだ!」
何か言うべきだという当てのない使命感から具にもつかない事を口にしてしまうが
場の空気を変えよう、という健気とも軽率とも取れる努力が空回りしていく。
すでに坂道を転がり出した思考は留まる事は無く、尚も口は滑っていく始末だ。
「やはり、機械人の……その、機械人に関係ある事なのかな……と」
「ユーノの出向と機械人と、どう関係があるって?」
「だから、機械人の捜索が……ああ、そうだ」
何か逃げ道を見つけたのだろうか、口ごもったまま空転する言葉がようやく力を取り戻す。
だが、続く言葉は余計にエッジ少尉を苛つかせるだけであった。
「そろそろ、ネネコ・クローネルを探しに行きませんか?」
「……お前は!」
今度は両腕の拳骨に挟まれ、こめかみを圧迫されて苦しむ羽目に遭う。
レノット伍長はたまらず声を挙げ、手足を振り上げて抵抗するが敵わない。
呆れた様子のダグ少尉は何も言わず、ただ空になったカップに目を細めた。
「行けよ!探して来い!そんなに見つけたけりゃあ、いますぐ行けよ!」
「づあっ!?いだ……痛いです、入ってますから……少尉!」
伍長が無理に広げた視界の先には、見覚えのあるひとりの少女が佇んでいた。
激痛の中、意識を取り戻してエッジ少尉にサインを送ると、ようやく拘束が解かれる。
「いた……少尉」
「あ?何が!」
「い、いました、少尉!め、目の前……」
「あ……あなた達は」
テーブルを挟んでこちらに視線を送っていた少女は、ネネコ・クローネルだ。
意表を突かれた軍人達は寸分、間の抜けた表情を浮かべていたのであろうが、
伍長がだらしなく両腕からずり下がる頃には、気を取り直して少女を席へと誘導した。
「あなたは、オルデマスの遺跡で会った人だよね」
ネネコは空いている残りのひとつの席に座ると、伍長に向いて尋ねてみせる。
遺跡で顔を合わせた時、直接顔を確認できたのはユノン大尉と伍長、ダグ少尉だけだ。
エッジ少尉は特装に搭乗していたため、ネネコは顔を知らなかった。
「え……あ、うん。僕はレノット」
「わたしはネネコ。ネネコ・クローネル」
良く覚えていたものだ、と感心したがネネコの名前はすでに知っていた。
妙な自己紹介となるが、伍長は失言を重ねないように慎重に頭を振る。
少尉達にしても、突然の対面にやや動揺していたようだが、すぐに頭を切り替えた。
「俺はエッジ。こっちはダグ」
「……よろしく、ネネコ」
普段子供と接する機会もなく、また階級や軍属である事を名乗る事もおかしいか、と
挨拶をするだけでも違和感を抱かざるを得なかったが、ネネコは気にしない様子だ。
微妙な空気と緊張感がその場に漂うが、ネネコの様子を見て店の主人が戻ってきた。
「やあネネコちゃん、いらっしゃい……パフェでも食べていかんかね」
「あ、食べたい!フルーツパフェにしようかなあ」
「直ぐに用意するから、待ってなさいよ」
「親父、コーヒー、もう一杯」
「はいよ、ついでにな」
臆する様子も無く、代わりを注文する同僚の様子にエッジ少尉は唖然としてしまう。
店の主人の言葉通り、大した時間をかける事も無くテーブルにデザートが運ばれてきた。
ネネコは喜び勇んでスプーンに手を伸ばすと、頂上のチェリーをつついた。
「何なんだろうな、この落差は」
「し……仕方ないですよ」
煌びやかに色彩を発するパフェの前では、濁ったコーヒーはさらに貧相に見える。
新たに注がれたダグ少尉のカップからは再度、白い湯気がかすかに立ち昇っていた。
本来とはかけ離れた香りがエッジ少尉の鼻に届くと、やはり嗚咽を隠せないのであった。