ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第三章(7)


白い丸テーブルを三人の軍人達とひとりの少女が囲み、実に奇妙な顔ぶれではある。
ネネコ・クローネルは意に介する事も無く輪切りのパイナップルを頬張ってはいるが、
男達は無人島に取り残されたかのように肩をすくめて目線を泳がせている。

「エッジさん達は、この町で何をしてるの?」

沈黙を破るのはネネコだ。
しかし唐突に懐まで飛び込んで来る様な質問を投げられ、レノットは躊躇する。

「探し物をな、してるんだ」
「少尉?」

まさか正直に話してしまうのか、と咄嗟に顔を上げて確かめるが、
エッジ少尉はネネコを真っ直ぐに捉え、冷静さを欠いている様子もなかった。

「探し物……何か、大切な物なの?」
「俺にとってはそうでもないんだが、どうしても欲しがっている奴がいてな」
「頼まれ事なんだ……見つかるといいね」
「ククッ……出来れば手ぶらで帰りたいところなんだがな」

饒舌に言葉を返し、核心に触れるか触れないかの部分で切り返す二人の会話に
ダグ少尉とレノット伍長は口には出さないものの、嫌な味の唾液を滲ませている。
彼等の心情を知ってか知らずか、エッジ少尉はたまに視線をこちらに落としては笑った。

「これもお仕事の内なんだ」
「これも……?」
「ユノン・マーダさんは、遺跡を調べるのが仕事だって言ってたけど」

遺跡、というキーワードが会話に上がり軍人達の間にやや緊張が走る。
思えば、動じる事もなくこうして会話を進めてはいるが、
この少女には軍人に対する抵抗は無いのであろうか。件の当事者とも言えるのだが。

エッジ少尉はカップの縁に指を遊ばせると、構わず話を進める。

「そうだな。仕事ってのは、常に面白くもないもんだ」
「遺跡では、何か見つかった?」
「見つかったといえば見つかったが……未だ調べている途中だし、探しているとも言える」

「それが、この町に来た理由なんだ」

エッジ少尉の指がピタリと止まる。
決して失言をしたわけではないが、彷徨う迷路から出口を発見されたような感覚に陥る。
ダグ少尉は深く咳払いをしてエッジ少尉にサインを送るがやはり構うつもりはないようだ。

しかしついに、ネネコ・クローネルは踏み込んできた。

「……オルデマスを破壊する事が、あなた達の仕事?」
「……」
「それが、探し物とも関係があるの?」

エッジ少尉はまだ、応えない。
実に聡明な子供だと感じる。しかし、この無遠慮な振る舞いこそが子供である、とも。

「ユノンさんは……ユノン・マーダさんは、あなた達の仲間が燃やしたって」
「ああ。たしかに、俺達の同僚がやった」
「だから、あの場所で炎を消そうとしてるんだ、って」
「……そうだな」

「だけどそれは、言い訳だよね」

いつの間にか、スプーンは受け皿の上に置かれていた。
ネネコ・クローネルはエッジ少尉の目を捉えて離そうとはしない。
単に怒りを感じているわけではないようだ。真意を図ろうとしている様子だ。

生意気だ、というのが正直な印象だが、この感じ方は捨て去らなければならない。
この会談は特別な意味を持つ事になるのだと、エッジ少尉はいまさらながら自覚する。

「その通りだ。ネネコ・クローネル」

認めはするが、謝罪の言葉を重ねるわけではない。
これ以上の追求が見られない様子を確かめると、今度はエッジ少尉が投げかける。

「俺からも質問がある。実に素朴な問いかけだが」
「なに?」
「何故、俺達の前でフルーツパフェを食べられるんだ?」

的外れだと感じる質問に、レノット伍長は疑問の色を浮かべてエッジ少尉の手元を見る。
すでにカップに指を遊ばせる癖は抜けているようだ。
目線を変えると、ネネコ・クローネルの食べかけのパフェが目に止まる。

「オルデマスを焼いた俺達を、責める気はないのか」

断罪の意思があるからこその言葉ではない。
自責の念や、自己弁護としての方便を振るっているわけでもない。

ただ、ネネコ・クローネルの人間性に触れてみたいと感じた。
これは実に傍若無人かつ、厚顔無恥な問いかけではある。
しかし赤髪の少女はとくに迷う事も考える事もなく、エッジ少尉に応えてみせる。

「あなた達を責めても、死んでしまった子達は帰ってこないもの」
「……!」

「……忘れる事はないよ。だけど、許すか許さないかなんて、わたしが決める事じゃない」
「……」
「それよりもいまは、エッジさん達も無事だったんだ、って……
 だからこうして、一緒にパフェを食べられるんだ、って……それが嬉しかったの」

エッジ少尉は鼻の頭を鈍器で殴られる衝撃に襲われた。
それは話を聞いていた、ダグ少尉とレノット少尉にしても同じ事であった。

この感じ方は何だ?
少尉には到底理解が出来なかったが、救われている自身がいる事も浮き彫りとなる。
同時に情けなさを隠せず、矛先も理由も見失った憤りが胸の奥に生まれるのであった。

「……連れはどうしてる?」
「エルマーの事?たぶん何処かで、誰かのお手伝いをしてるんじゃないかな」
「手伝いだって?」
「配達したり、壊れた馬車を引いたり……赤ちゃんの御守をしたり」

想像が出来なかった。
仮にも、軍人達は軍事転用のために機械人の捜索をしているはずなのだが。
何よりも話に聞く限りはまるで、エルマーが生きている者であるかのように聞こえる。

「リル・ディスに一緒に帰ってきてから、ずっとそうしてるんだよ」
「なあネネコ。エルマーってのは、一体何なんだ?」

「何って……ユノンさんも、同じ事を聞いてきたけど」
「ユーノには、何て答えた?」
「質問の意味が良く解らなかったから、答えようもなかったんだ」

意味が解らないのはこちらも同じだ。
どうやら、同じ土俵に立って物事を考えているわけではなさそうだ。

「聞き方を変えるよ……お前にとって、エルマーはどういう存在なんだ」
「大切な友達だよ」
「友達……?」

微笑みながら、ネネコ・クローネルは即答した。
探ろうとしていたすべてが、目標に届く前に絡まっていたのだと気がつく。
友達である、という事実が大切なのだと。道理も理屈も無いが、それ以外に無かった。

エッジ少尉はようやく視線を外すと、溜めていた息を深く吐き出した。
無様な顎髭をいたずらにいじくるとユノン大尉の癖を思い出して指を離す。

二、三度テーブルを弾いて心の整理をつけると、エッジ少尉は再度口を開いた。
目元が笑っていた。

「そうか。解った……パフェ代は俺が払っておくよ」
「え?でも……」
「いいんだ。ガキが遠慮なんざするもんじゃない」

テーブルを弾く指にリズムが生まれている。
何かの楽曲が頭の中で再生されているのであろう。実に軽快である。

「そう……じゃあ、またね。エッジさん、ダグさん、レノットさん」
「出来れば……もう顔を合わせる機会が無い事を祈るが、そうもいかないだろうな」

ネネコは席を立つと、雑踏の中に消えていく。
小柄な体躯が紛れて見えなくなるのは、間もない事であった。
エッジ少尉が最後に残した言葉も、すでに届かなくなっていた事であろう。

「なんか……しっかりした子でしたね」
「子供らしくないんだよ。そこが気に入らねえ」

冷めたコーヒーを睨みながら呟くが、苛立ちは無いようだ。
普段の皮肉とさほど変わらないように感じたが、捕まえない事と関係があるのだろうか。
先の事もあり、伍長は問い質す気にはならなかったが今度はダグ少尉が口を開く。

「あの娘の身柄を確保する気は無いのか?」
「無いね」
「機械人がこの町に存在する事も確認したが、そちらも無視すると?」

エッジ少尉は後頭部を掻くと、そのまま両腕に頭を持たれ掛けさせる。
ダグ少尉の追及にも気を悪くしない様子を確かめて、レノット伍長も続く。

「身柄を拘束しないにしても、重要な事柄を聞き出す事もしないんですか?」
「言っただろう?俺達はいま、休暇みたいなものだって……
 どうしても見つけたけりゃあ、他の連中がなんとかするさ」

伍長の腰に備えつけた無線機を指で小突くと、面倒くさそうに欠伸をあげる。
現在、リル・ディスでネネコとエルマーの捜索任務に当たっているのは
エッジ少尉ら、三人だけではないのだ。複数人が広範囲に広がって張り込んでいる。

しかし、それが職務放棄の理由にはならないのではないだろうか。
伍長は目の前の矛盾に気分が悪くなってきたが、何故か食い下がる気は起きなかった。
これまでの経緯を、別働隊の連中に対して無線を介して伝えようとも考えなかった。

「あの……見つからないと、いいですね」

どういう心境の変化であろうか。
誰よりも、自分自身が理解出来なかった。いつの間にか口が滑っていた。

「どうした伍長。反抗期か」
「ク……ククッ……」

エッジ少尉は堪える事が出来ず、誤魔化す様に伍長の頭を叩いて笑った。
この上官は力の加減が利かないのか、必要以上に痛みを伴っている気がしてならない。
それでも普段のように、力ない抵抗を見せる気も起きないのであった。

「あんた達、まだ帰んないのかい」
「悪いがもう一杯。それを飲んだら帰るよ」
「好きだね、あんたも……具材が少し余ったから、サンドウイッチくらい出してやるよ」

ただ偶然と気まぐれが重なっただけであろうが、思わぬ気遣いが嬉しかった。
エッジ少尉は両掌でピアノを弾く仕草を始める。

「不味いコーヒーも、続けて飲んでみるもんだな」
「不味くはない。少し、口に残るだけだ」
「仕方ない。もう少しの間、サボるとしますかね……」

傘の隙間から伸びる日差しが、空になったパフェのグラスに反射して目を眩ます。
サンドウイッチを運んでくる店の主人が、ついでに持って帰る事であろう。
三人は何処か踊る面持ちで、皿が並べられて来るのを心待ちにしていた。


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