ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第三章(8)
偶然ではあったが、何度か足を運んでいる馴染みの喫茶店で軍人達と再会した。
外装が剥がれ落ちた箇所が目立つが、珍しくも餡や小豆を織り交ぜたメニューが並ぶ。
普段であればあんみつなどを好んで選ぶが、今度は気分を変えてパフェを頼んだのだ。
やはり、フルーツの潤いと甘味、そして適度な酸味も捨てがたい。
オープンに設置されたテーブルで腹を満たすというのも開放感があり、また新鮮である。
エッジ少尉らと再び顔を合わせ、名前を知る事が出来た事もまた喜びだ。
何処其処の誰かさん、ではなく、やはり相手の名前を知った上ですれ違いたいものだ。
小雑貨の店に通う途中での出来事であり、少々遠回りして羽根を伸ばした甲斐があった。
曲がり角を過ぎ、通りを真っ直ぐに進めば広い噴水公園へと出る事が出来る。
大きな噴水を挟んで向かい側の路地まで辿り着けば目的地は目と鼻の先であるのだが。
様子を伺うと、軍服に身を包んだ二人の男が地図を広げて何やら話し込んでいる様子だ。
エッジ少尉の仲間では無いだろうか、などと思考を巡らしていると彼等もこちらに気づく。
一人が硬直して相方に声をかけると、こちらへ指を指しながら少々取り乱しているのか。
地図を折り畳み、ネネコの傍に歩み寄る軍人達はこちらへと視線を絞ったままだ。
ネネコは特に警戒の色を浮かべる事も無く、向こう側へと歩き始める。
元々、目的地は彼等の背後にあるのだ。
間もなく両者はぶつかり合う事になるのも自然な成行きであった。
「君は……ネネコ・クローネルだね?」
「そうだよ。わたしを知っているの?」
「知っているよ。悪いがおじさん達と一緒に来てもらおうか」
エッジ少尉達が何かを探している、と話していた事を思い出す。
もしや、という疑念を胸の奥に抱いていたが、ここに来て確信へと変わる。
探していたのは、ネネコ自身の事であったのだ。
しかしそれだけだと辻褄が合わない部分もある。エルマーこそが本命ではないのか。
強情な姿勢を見せる事はないが、表情を変えずに構える男達の様子に注意を向ける。
「どうして……何処に行くの?」
「事情は歩きながら話そうか。確認したい事もある」
普通であれば拒絶し、彼等の言葉に耳を貸さない事が懸命であろうが
この様子ではあと何人の軍人がリル・ディスに滞在しているのか解らない。
何よりも、彼等の真意と、エルマーの安否が気になる。
ネネコは少し視線を落とした後に顔を上げ、彼等と一緒に歩き始めた。
「君は数週間前にオルデマスの遺跡でユノン大尉と顔を合わせているね」
「ユノンさん……ユノンさんから聞いているの?」
「……そうだ。その時、機械人……いや、白いヒトガタと一緒にいたそうだが」
ユノン・マーダの名前を聞いて油断しそうになるが、顔には出さすに飲み込む。
後に続く彼等の言葉は、やはりエルマーに関わる事柄であったからだ。
「キカイジン……エルマーの事?」
「……その、エルマーはいまどうしているのかな」
「エルマーも一緒に連れて行くの?」
話を進めてくる男の表情が緩む。
しかし、ネネコに対して安堵感を与えてくるものではなかった。
「そうしたい。エルマーの居場所さえ解れば、君はこの町に残っていてもいい」
ネネコの足が止まる。
相手の都合など考慮せずに要求だけを突きつけてくる様子に対しても嫌悪感を抱く。
それ以上に彼等とエルマーを合わせる事は出来ない、と感じた。
「知らないと……何処にいるのか、解らないとしたら?」
「ならばやはり、君を連れて行かないとならないね。なに、話をするだけだよ」
「話すだけならこの場所でもいいよね」
「……いいから、来なさい!」
逆光を背に浴びた男の右腕が伸びてくるが、ネネコは手の甲で弾いて避ける。
思わぬ衝撃に身体を揺らし、余計に煩わせる子供の姿に苛立ちを隠せなくなる。
元々、子供ひとりと正体不明の物体の捜索などという不明瞭な任務を受けている。
手間をかけずに遂行し、帰還したいのだ。
「エルマーの居場所を聞いて、どうしようっていうの!
わたしを何処に連れて行こうとしても、何も話さないもの!」
少女が大声を上げる姿に業を煮やし、男達は二人がかりで捕まえようと迫ってくる。
しかしネネコが抵抗する間もなく、彼等の後頭部には突如激痛が走り倒れ込んでしまう。
隙を突かれた軍人達はもとより、ネネコも同様に驚きを隠せない。
地面に伏せる男達に変わって視界に飛び込んできたのは、片目に傷のある熊顔の男だ。
肩に抱えた木材の束を、遠心力に任せた勢いに乗せて二人まとめて沈めてしまったのだ。
「ジャーン!助っ人参上!」
「えっ……ゴウシュおじさん!?」
「グッド・タイミングだろう!……ほれネネコ、こっちに来るんだ!」
「あ、あの……うん!」
状況が把握できないままではあるが、木材を放り投げて手を差し伸べるゴウシュに従い
倒れたまま頭を抱える軍人達の様子を後ろ目に気にしながらも、通路を走り抜けていく。
「ま、待て!待つんだネネコ・クローネル!」
「応援を……無線で連絡を入れます!」
未だ痺れる手足に克を入れつつ、軍人達は町に潜んだ同僚に向けて打電する。
子供ひとりに手を焼かされる事実も去る事ながら、熊男の接近にも配慮出来なかった。
その時、様子を伺っていた、桶を抱えた町民が手痛い一撃を見舞うと気を失ってしまう。
兎に似た長耳の幼い兄弟は、突き出した前歯を揺らして笑うのであった。
「ゴウシュさん!これは一体、どういう事なの?」
「なあに、昼前から町の中をグンジンどもがうろついてたんで警戒していたんだが……
まさかネネコを狙ってるなんてな!懲らしめてやっても罰は当たらんさ」
「わたしじゃないの……あの人達、エルマーを探しているみたい」
噴水公園から伸びる路地を抜け、骨董品売場の物陰にネネコ達は身を潜めていた。
軍人達は複数人で連携を組んでいるのか、行動が迅速だ。遠くに声が聞こえてくる。
「ネネコ・クローネルを発見」
「噴水公園から東に向かって逃走している模様……これから拘束する」
「もう追ってきやがった!」
「行きなさいな御二人とも……ここは足止めしておくから」
「頼むぜ、じいさん」
骨董品売場の老主人が笑うと、口の中に金色の詰め物が浮かんで見える。
ゴウシュに手を引かれるネネコは多少混乱したまま、やはり彼の背中を追った。
売場の角を曲がり、迷わずに細道を選ぶと雑踏の影も手伝ってネネコ達を隠していく。
「曲がったな……向こうだ!」
「おっと、御免よ……手が足が……壷が滑った」
軍人達が風呂敷の前を走り抜けようとした時、大小入り混じった壷が転がり込んできた。
丸い壷、歪な壷はそれぞれが不規則に転がり、軍靴で踏みつけた男達は横転する。
路地を転がる鈍い音は、陶器が割れる雑音の中に紛れて軍人達の悲鳴を繋げていく。
騒動は周囲の町民を巻き込んで次々と連鎖し、距離を取るネネコ達の耳にも届いてくる。
並べられていた壷が割れてしまったのか……と想像すると、ネネコは声を漏らす。
「ゴウシュさん!おじいちゃんのお店、大変な事になってるんじゃないの!」
「いいのいいの、じいさんが並べてるのは全部贋作だから!」
家屋の間に生まれた細道を器用に潜り抜けながら、逃亡劇は続いていく。
リル・ディスに生まれたゴウシュには、行く道先すべてが把握出来ているようだ。
ネネコが知らない道順と裏路地を次々と選んでいく様子が、少し頼もしくもある。
しかし、前に進むに連れて後方に響く悲鳴と歓声、騒音が増している気がしてならない。
何よりも、騒動の種はネネコ・クローネル自身なのである。
「いたぞ、この奥だ!」
「待て!止まれ!」
「ゴウシュさん、違う角から出てきたみたい!」
「ンン?……いや、良いタイミングだ。左の小窓をノックするんだ!」
「小窓……ノック?」
ネネコは言われるがままに、通り抜けざまに小窓を叩いてみる。
すると間もなく、寝巻き姿の老婆が勢い良く飛び出してきた。
「うるっさいんだよ!またワルガキどもの悪戯かい……おや?」
「ぐわっ!」
不意に開かれた小窓は丁度、軍人達の目線と同じ高さにあった。
人ひとりが身体を斜めにしてようやく通る事が出来る細道では、伏せる事も出来ない。
顔面を強打した先頭の男に後続が追突し、余計に足止めを食う羽目に遭う。
すでに細道を抜けたネネコ達は見通しの良い路地へと出るが、そこで仲間が待っていた。
「旦那、旦那!この先で軍人達が待ってるぞ……右に曲がれ!」
「おうよ!でかした……って、おい!」
曲がった先の通路では、無線で連絡を受けた他の軍人達がこちらへと走り込んで来る。
慌ててネネコを小脇に抱えると、直ぐに元来た道を引き返すしかなかった。
必死に手を振り上げる先の仲間が必死に何かを叫んでいた。
「だ、旦那!ごめんごめん……右じゃなくて左!左に曲がって!」
「バッカ……遅いっつうの!あやうく捕まるところだ!」
「ちょ、ちょっと……おじさん、おじさんってば!」
「うん?どうした、ネネコ……抱っこは嫌か?」
「そうじゃなくて!いま、何処に向かって走ってるの……目的地はあるの!?」
「ああ……なんだ、そりゃあ適当だけども……とりあえず、北東の門を目指してる」
「そこまで辿り着いたとしても、軍人さん達がいない保証は、無いんじゃないかな」
「だはは!その時はその時!なんとかなるさあ」
「ええっ!?」
ネネコの脳裏に浮かんでいた通り、やはり適当であったのだ。
ただ明確な行き先が無いだけならまだしも、この騒ぎの広がり様はどうにかしたい。
しかし妙案が浮かぶわけでもなく、いま立ち止まってもネネコには現在地すら解らない。
いましばらくは、ゴウシュに任せるしかないのかもしれない。
熊男に抱えられたネネコが思考を巡らせている間にも、やはり騒動は止む気配がない。
断続的に聞こえてくる発破音は、火薬の類であろうか。
ネネコの額にはいよいよ冷や汗が浮かんでくる。
「ゴ……ゴウシュさん、いまのって……」
「ガキどもが爆竹でも打ち鳴らしてるんだろうよ!」
「……わたし!みんなを巻き込んで、めちゃめちゃにするつもりは無かったんだけど!」
「なあにネネコ、何も心配事はいらないさ」
「どういう意味?」
「リル・ディスの人間はみんな、お祭り騒ぎが大好きなのよ!」
ネネコが不安気な顔を向けると、ゴウシュは歯を剥き出しにして笑った。
益々をもってエスカレートしていくリル・ディスの嵐は成長する一方だ。
呆然とした意識を奮い立たせて意を決め、ネネコはゴウシュの腕から降りて走り始めた。