ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第四章(5)
エッジ機のモルドフが目標に接近したようだが、ほぼ同位置で静止したまま変化がない。
僚機を含め、船上のバセス中佐や中継役のオズ・パッセにも状況が把握できない。
ネネコやエルマーに覆い被さるように壁となり、エッジ機が死角をつくっていた。
「オズ・パッセ。あのモルドフには誰が乗っている」
『……確認しました。エッジ少尉です』
「……あの男か」
バセス中佐は忌々しげに望遠鏡を掲げるが、やはり何をしているのかが解らない。
傍らのミドレィ公は何も言わず、事態を静観している。
「エルマーがどうなってるのかは知らんが……お前だけでも逃げるんだ」
「そんなの出来ないよ!そしたら、エッジさん達はエルマーを連れて行くでしょう!」
「命を粗末にしてまで守るものかよ!弾が当たればどうなるか、解るだろうが!」
「でも、それは……エッジさん達は外してくれてるんでしょう?
だから、いまもエッジさんが話をしに来てくれたんじゃないの!?」
簡単に言ってくれる。
ひとりの子供を庇い立てするために、大人達がどれだけ苦労しているのか。
苛立ちは募るが、いまは当り散らしている時間もないのだ。
「そうじゃねえ……いいか、あの船にはもうひとりいるんだ」
「もうひとり……?」
「俺達の演技も、いつまでも続けられるもんじゃねえんだよ。
上から命令が降りてくれば、いよいよお前に弾丸をぶち込むしかないんだ」
「エッジさん達が逆らえない人……?」
「その理屈は解らなくていい。
奴も俺達と同じように特装を動かせる。そうなれば最後だ、庇う方法もなくなる」
「だけど、わたしの足で逃げたって、空飛ぶ船で何処までも追ってくるんでしょう?
エッジさん、前にも言ったじゃない……何度でも諦めずにエルマーを追うって!」
ネネコの言う事は解る。逃げる意思を見せたところで、追いつくのも容易だ。
何よりも、彼等が砲撃を外し続ける行為が雀の涙ほどの効果しかない事も把握している。
それでも自身に出来る事を出来る限りにやるしかないと考えたのだ。
上官に抵抗して見せたのも、自身の手を汚したくない、という理由だったのかもしれない。
砂で固めた程度の愚行が、まさか庇う対象から否定される事になるとも思わなかった。
最初から、抗う術も理由も、道理もない話であったのだろうか。
自身の矮小さを自覚して感情が暴発するのは何度目であろうか。
エッジ少尉は向けるべき矛先の多過ぎる憤りを、ついに撒き散らした。
「だったら、つべこべ能書き垂れずに逃げろよ!そんなに殺されたいのか!」
その叫びは、思わぬ相手に届いたようだ。
エルマーの瞳に力が灯る。
『……殺される!?』
恐怖を覆すための力は、激情の渦から生まれる事もある。
エルマーの内で高鳴る鼓動を、ネネコは感じ取る事が出来たであろうか。
「オズ・パッセ、エッジ機との回線を開け」
『エッジ機は回線を切断しているようです。通信出来ません』
「……時間をかければ、それだけ逃げるチャンスを与える事になるか」
通信機を口から離し、寸分思考を巡らせたようだが大した時間をかける事もなかった。
オズ・パッセを介してエッジ機以外のモルドフ全機に指示を出す。
「攻撃を再開しろ」
『!?……しかし、この位置からでは僚機に命中する危険が高いですが』
「構わん、撃て」
返答はないが、待機状態のモルドフが砲撃態勢に入っていく。
バセス中佐はさらに、彼等の逃げ道を奪うように言葉を続ける。
「妙な考えを起こすのは止め給え。
貴様達がこれ以上無駄な抵抗を示すようならば、後ろから撃つ」
『ベスタ中尉……』
『……エッジとは通信が繋がらないんだったな。
……やるしかない。ギリギリまで照準を合わせろ』
やはり、バセス中佐に見破られるのは早かった。
これ以上命令に背けば、後方から撃つというのも方便や威圧では済まさないであろう。
照準がエッジ機を捉えようとする。再び砲撃が始まった。
爆発する弾丸の衝撃を受けてエッジ少尉のモルドフが揺れる。
ネネコの耳に届く轟音がさらに強くなったように感じる。
着弾点が近くなっているのだ。僚機に撃たれる事を想定していなかった少尉が動揺する。
「うおっ!?……なんだ、どうなってやがる!
おいゴリラ、パゼー!聞こえるか、応答しろ!」
『聞こえているよ、少尉。そのまま機械人を確保しろ』
「!?」
通信機から聞こえてくるのは、バセス・チルノダ中佐の声だ。
咄嗟の事態に通常回線を開いた事は失策ではあったが、すでに勘づかれた後のようだ。
「確保だと……一緒にいる子供はどうするんだ」
『身柄を拘束。抵抗するようならば射殺しろ』
淡々と指示を出すと通信を切断し、バセス中佐は船内へと戻っていく。
出撃した特装部隊に任せる意志が失せたのであろう。
「……ゲン・バウアを出すのかね」
「無駄な時間を使った。初めからこうするべきだったのかもしれんな」
「飲み込まれなさんなよ、中佐殿」
「……?」
思わせ振りな言葉をかけられるのはいつもの事ではあるが、この時は妙な重みを感じる。
背の向こう側では砲撃が再開される。
ミドレィ公の真意は気になるが、兵隊員同様にこれ以上構うつもりもない。
「チ……いまの通信、お前にも聞こえていたな?」
「わたしを……射殺するって事……?」
『殺される……ネネコが、殺される……』
「もう俺達の都合も、お前の理屈も抜きだ!
逃げるんだ、ネネコ……方法なんかどうでもいい、お前が死ぬ事なんかねえんだ!」
「方法……話す事も出来ないの?相手は大人なのに!……うわあっ!」
モルドフからの砲撃は続いていく。
未だ直撃はないがエッジ機が盾になっていなければ、爆風の巻き添えとなる距離だ。
無防備なまま砲撃を受け続けていてもどうにもならない。
エッジがモルドフのハッチを閉めようとするが、突如巨大な影が迫ってくる。
エルマーだ。エルマーがモルドフの肩部に拳を振り上げてきた。
「ぐあっ!……な、なんだ!?」
強烈な衝撃を受けてモルドフは大きく後退し、少尉も機体から放り投げられそうになる。
身体と搭乗席は安全装置で固定されていたため難を逃れるが、果たして幸であったのか。
エッジ少尉は機内の方が安全だと判断したのか、体勢を整えてハッチを閉める。
「エルマー!?エルマーが動ける……駄目、エルマー!」
畏怖により萎縮していたエルマーの突然の行動と変貌に、ネネコも驚きを隠せない。
何よりも、エルマーが攻撃的な意思を見せるのは初めての事だ。
ただそれだけで終われば良かったのだが、エルマーはさらにエッジ機に襲いかかる。
異変を察したネネコの声も届かないのか、勢いが止まる事はない。
「エルマー、こいつ……戦おうってのか?……恩知らずめ!」
伸びる左腕が、モルドフの右肩を掴んで引き寄せる。
外側に突き出した大型の補助腕には、特装専用のバズーカが固定されている。
最初の一撃も、このバズーカを狙っていたのだ。
『砲撃を中断しろ!目標の様子がおかしい』
『機械人が行動を始めた?エッジ機が捕まってるぞ!』
僚機もエルマーの挙動の変化に気がついたようだ。
静止しているならともかく、的に動かれては弾を外す作業も難しい。
バセス中佐の指示を仰ごうとするが、格納庫に移動している彼からの返答はない。
『殺させはしない……殺させはしない……!』
圧迫されたモルドフの右肩が悲鳴を上げる。
エルマーの太い指が徐々にめり込み、乱暴に引き伸ばされた間接から火花が散る。
エッジ少尉が振り解こうと操縦桿を操作するのだが、機体が言う事を利かない。
「この馬鹿力が……離しやがれ!」
空いた左の補助腕を回転する勢いに任せてぶつけるが、
エルマーの右肩に強打したにも関わらず傷がつく事もなく、相手にする素振りも見せない。
代わりに返って来たのは、腹部への蹴撃であった。
「ぐううっ……がっ!?」
腹部に与えた一撃は操縦席まで伝わり、エッジ少尉は機内で身体を打ちつける。
機体を吹き飛ばした時にも掴んだ補助腕を離す事は無かったため、
バズーカをぶら下げたモルドフの右補助腕は無残にも捻じ切られてしまった。
右補助腕を失ったエッジ機はさらに腹部が陥没し、殴った左補助腕も機能不全に陥る。
操縦するエッジ少尉は倒れた衝撃で脳を揺らされたのか、それ以上の行動を見せない。
無力化したモルドフに対して、エルマーは尚も攻めようとするのだが。
「やめて、エルマー!
エッジさんが乗ってるんだよ、わかるでしょう!?これ以上は駄目だよ!」
エルマーが暴れる様子を尻目に、ゲン・バウアを駆るバセス中佐が格納庫から出る。
機内に映し出される情報から現状を把握するが、驚く様子もないようだ。
「何をしている。攻撃しろ」
『その機体……バセス中佐!?』
『機械人が行動を始め、エッジ機が無力化されたようですが』
「見れば解る。どちらにせよ傍観していては潰されるだけだ。
押さえ込まなければ、お前達も同じ結果に終わる」
「エルマー、どうして急に……」
ネネコが身を挺してエッジ機を庇うと、エルマーにも伝わったのであろうか。
倒れた特装に襲いかかる事は止めたようだが、今度は離れた位置の別機を睨んでいる。
呆然とするネネコに一瞥を送る事もなく、エルマーは前に踏み出る。