ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第四章(6)
「エルマー、わたしを守ろうとしてるの?
守ろうとして戦ってる……だったら!」
ネネコが何かを言いかけるが、言葉を遮るようにエルマーが飛び出す。
バズーカを構えるモルドフとの距離を詰めようと大地を蹴ったのだ。
ここまで間合いが離れていては、相手に攻撃の隙を与えるばかりだ。
「エルマー、待って!ひとりで戦おうとしないで!」
『!……こっちに来るか!』
『エッジ機から離れてくれるのは有難い……
的を絞らせないように分散するんだ!同士討ちにならないように狙えよ』
『了解!』
モルドフ部隊が連携を取ってエルマーを迎え撃とうとする中、
ゲン・バウアを動かしたバセス中佐はいましばらく傍観を決め込むようだ。
モルドフと異なり、二腕二脚の様相はより人間に近い。
厚い装甲と盛り上がった各部、光を吸収する鈍色のゲン・バウアは無骨で重厚感がある。
『今度は外す必要はない……目標に直撃させろ』
『相手の戦闘力は未知数だ。油断するなよ!』
前方、三方向に分かれたモルドフ部隊が一斉にバズーカを構える。
大地を揺らして走るエルマーは臆する様子もなく、彼等に接近する。
いよいよ、鉄砲が火を噴き弾丸がエルマーの寸前に迫ろうとしていた。
「エルマーッ!」
ネネコもエルマーを追い駆けようと後に続くが、
少女が辿り着くよりも先に、弾丸がエルマーを捉えようとしている。
迷わず射線に飛び込んでくる姿を見て、操縦士達は手応えを感じるのだ。
避けるのか、防ぐのか。
しかし、エルマーが取った行動はどちらでもなく、攻撃であった。
迫る弾丸に拳を合わせ、そのまま粉砕してみせたのだ。
襲いかかる弾丸は五発。三発は殴って迎撃するが、二発は直撃してしまう。
だが粉塵から姿を見せるエルマーには、損壊どころか傷ひとつ見つからなかった。
地盤を脆くも砕くほどの威力があるのだ。並大抵の硬度ではない。
『ネネコを殺させはしない……ネネコを守るんだ……!』
爆発と粉塵に阻まれて、目標が弾丸を殴り落としたのを目撃した者はいない。
バズーカによる砲撃を受けて無傷で済むはずがないのだ。
射線とタイミングからして信じ難い事だが、弾は外れたのかもしれない。
軍人達は再度バズーカを構え、照準を合わせてくる。
もはやエルマーに怯む理由はなかった。
だが発射の間際、エルマーの下に思わぬ事態が起きる。
ネネコが追いつき、背後から飛び込んで来たのだ。
この状態では弾丸を弾き飛ばす事は出来ない。
「はあ、はあ……エルマー、いま……カウンタで叩き落したの?」
エルマーは右腕でネネコを包み、招き入れる。
爆発の刹那であっても、ネネコにはエルマーの挙動が見えていたのだ。
エルマーに危機が迫る中、何が出来るわけでもないがじっとしている事が出来なかった。
気がついたら身体が動き、エルマーの姿を追っていたのだが
この事態ではネネコが飛び込んだ事でかえって足枷となる結果となったかもしれない。
それでも、ネネコはエルマーに伝えたい言葉があったのだ。
「無理をして、ひとりぼっちで戦おうとなんてしないで!
さっきみたいな戦い方をしてたら、いたずらに相手を傷つけちゃうだけでしょう?
……それに、わたしがなんともなくても、エルマーが犠牲になっちゃうなんて嫌だよ!」
この場での行動を冷静に振り返れば無茶を犯し、思慮が浅いのはネネコの方である。
しかしネネコの気持ちも伝わってくるのである。
危険を顧みず、一緒に戦いたいのだと支えてくれる、意思と言葉。
エルマーの中で昂ぶる闘争本能は落ち着きを取り戻し、
右腕から伝わるネネコの温かさに本来の自身を呼び覚ます事が出来た。
一斉に砲塔を向けられ、攻撃の意思を向けられているにも関わらず不思議な感覚である。
そして、この状況でネネコを守り通し、共に戦うための術をエルマーは持っていた。
放たれた弾丸が目前に迫る中、エルマーは左腕を横一文字を描くように展開する。
掌から放出する虹色の光が軌跡をつくって壁を形成し、ふたりの前方を包み込んだ。
弾丸は目標に届く事なく光の壁の中で爆発し、そして飲み込まれていく。
ネネコはエルマーの懐で丸くなって伏せていたが、幻想的な光景に瞳を丸くする。
「シャボンの光……
掌から、エルマーが出したの?……爆発ごと消えちゃった」
『な、なんだいまのは……』
『砲弾が吸収された?……そんな馬鹿な事があるのか』
ネネコが目標の傍に駆け寄るのに気づいて肝を冷やしたが、
その後の不可解な現象にすべてを打ち消される。
センサーの誤作動を疑うが、それ以前に説明のしようがない現象を見た。
「兵器が無力化されるか……ミドレィ公ならば、この事態をどう見るかな?」
バセス中佐も驚愕の渦中にあったが、兵隊員ほど動揺する事もなかった。
むしろ機械人の能力を見せつけられるごとに、高揚感が膨らんでいくのだ。
機械人とミドレィ公の間に関連性を見出したわけではないが、老人の顔が浮かぶ。
相手の油断を誘ったのか、攻撃の手が一旦止んだようだ。
エルマーの胸部が上方へ移動すると、腹部が展開して内部の空間が剥き出しとなる。
中にはネネコのリュックサックが預けられていた。
普段野宿する時と同様、体内に入るようネネコを促しているのだ。
何故いま誘われているのかは解らないが、軍人達が鉄砲を構えて睨んでいる事もある。
疑問を浮かべながらも急いで座椅子に腰掛けると、入り口が閉じていく。
内部に入った時に入り口を閉められるのは初めてだ
光を通さぬ空間は真っ暗で、外部の音も完全に遮断している。
「何も見えない……エルマー、どうしたらいいの?
外の様子がわからないよ、これじゃあ……うん?」
座椅子の両脇、ネネコの手元付近にふたつの球体が浮かび上がった。
中心から淡い緑色の光を発しており、得体の知れない不気味さを感じる事はない。
「丸がふたつ……エルマーと同じ色」
球体に両の掌を乗せた瞬間、暗闇が四方に裂かれて周囲が光に包まれる。
何事かと首を振るが、広がる世界は、先程まで自身が見ていた外の景色だ。
ネネコ自身と座椅子、そして球体だけが宙に浮いている形で妙に落ち着かない。
「これは……エルマーが見ている世界?
エルマーの目を通して、わたしも同じものを見ているの……?」
動揺しながらも飲み込みが早い。
慣れない環境に対して思うように五感が追いついていかないが、
いま自分がいる場所がエルマーの中である、という事実が安心感を与えているようだ。
エッジ少尉が搭乗していたものと同じ特装が分散して構えている。
奥には飛空挺と、見知らぬ特殊アーマーも並んでいる。
「右手を……」
ネネコは意識を右手に向けてみる。
球体に添えた自身の掌はそのままだが、右手を掲げるようにイメージしてみる。
すると、エルマーの腕が空間を遮ってネネコの目の前に映り込んで来た。
握るイメージを浮かべれば、従うようにエルマーの拳が握られる。
握る事、開く事を交互に意識すると、エルマーが閉じたり開いたりを繰り返した。
「いま、わたしの感覚がエルマーの身体とつながっているの……?」
ネネコが見る事が出来る視界は前方だけではなく、真横にも、後方にも広がっていた。
エルマーが見ている視界と同化していると思い込んでいたが、そうではないのであろうか。
ネネコは座椅子に腰掛け、両腕は球体に添えた静止状態にある。
しかし、外界のエルマーは大地に直立し、帝国軍人と向き合う姿勢にあるのだ。
違和感と意識の飽和を拭う事は出来ないが、徐々に一体感に包まれていく。
理屈で考えてはいけない。感覚的なものなのだ。
一歩、踏み出してみるとやはりエルマーの足一歩分、景色が移り変わるのだ。
機械人はネネコ・クローネルを取り込むと、再度動きが鈍くなる。
立て続けに起こる理解不能な現象の数々に、兵隊員達は正常な判断がつかない様子だ。
このまま見合っていても埒が明かない。バセス中佐が通信機に指を添える。
「各機、目標に攻撃を仕掛けろ」
『しかし、機械人の中に子供が乗り込んだようですが』
「先にも告げたはずだ。目的はあくまで機械人の確保である。
この機会を失えば、抑え込む事はさらなる困難を極めるだろう」
先の戦闘能力を見る限りは、目標に抵抗された場合、成す術は無くなるであろう。
砲撃さえも無力ではあるが、返せばネネコを傷つける可能性も低いと言える。
何故この上で砲撃を重ねるのか、という話になるがそこまで思慮が及ばなかった。
「各機、攻撃を開始。撃て」
バセス中佐にしても、この攻撃が無駄に終わる事は解っている。
目的は機械人の能力の調査なのだ。
この状況に置いても、バセス中佐自身がゲン・バウアで交戦する意思は曲げていない。
中佐の礼と共に、モルドフのバズーカから弾丸が発射された。
当然、受けるネネコとエルマーにもその様子は伝わってくる。
エルマーは両腕を交差し、勢い良く開放すると腰を落として構えてみせる。
伸縮し、息遣いを感じさせる繊細な動作は筋力が働いているものと錯覚させる。
視界の変化、そして意識との一体化はネネコの感覚に忠実に追随してくるのだ。
「いい、エルマー……相手の動きを良く見て」
砲弾は時間差をつけて、三方向から襲い掛かってくる。
ネネコは自身の間合いを見極め、引きつけると一発ずつ丁寧に回避していく。
一発目は横に飛び、二発、三発目は素早く後方に転じてやり過ごす。
四発目が頭の横を過ぎ去っていくと、自ら前に出て五発目を避ける。
目標を捉え損ねた弾丸は地盤に激突し、虚しくも四散してしまう。
「見えているなら、わざわざ当たる事なんてないんだから!」
一切の無駄のない動きだ。
左腕を前に、右腕を後ろに開いて構え、エルマーの瞳が力強く輝いた。