ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

もくじ / Prev Page / Next Page

第四章(7)


突然の暴走から砲弾の処理に至るまで、常識では理解し難い現象が立て続けに起こるが
ネネコ・クローネルがエルマーに取り込まれる前後の間に
決定的な違いがある事に対して、バセス・チルノダ中佐は注意を向けていた。

「動きが……変わった?」

特装と比較しても並外れた移動速度を持つエルマーではあるが、
動作ひとつひとつを見ると機敏とは言い難く、分けるならば鈍重であると言えた。
様相と全長から計られる重量を考えれば、納得する事は出来る。

しかし、その後の行動はどうか。

弾道の軌跡を正確に見切り、軽快に捌いてみせる姿は別人に見える。
何よりも、直撃しようが無傷で済む砲弾の一撃を、転じて避けてみせたのは何故か。


エルマーが上体を上下させ、呼吸と屈伸のタイミングを合わせている。
しかしその姿は、人間と同一視して表した場合に形容されるものだ。
元々、酸素を吸入するような心肺機能が備わっているわけではない。

内部で球体に触れるネネコの動作イメージが、そのままエルマーに反映されているのだ。

小柄なネネコからすると、内部から見える視点は普段よりも高かったが、
感覚で描く景色の移り変わりが普段と変わりなく広がるため、実感もし易いのである。

「このまま逃げる事も出来るけど、背中から撃たれるのかもしれない……
 エルマー、接近するよ!跳んで!」

エルマーが腰を深く落とし、最も近くに配置されているモルドフに狙いを定める。
イメージが強過ぎたのであろうか、一足飛びに距離を縮めようとする。

思わぬ力の放出に、ネネコは不意をつかれてしまった。
目に映る映像はその速度から視界を狭め、劇的に変化していく。

「うわああっ!と……飛んだ!?」

ネネコは跳ねる、という動作をイメージしたはずだが、
自身の意識が思いの外に、高いレベルのものを思い描いていたのであろう。
身体をひねり、座椅子の後方に目を向けると緑色の光の粒が幾重にも放出されている。

普段、エルマーが翼を広げた時に溢れているものと同じだ。

ネネコの動揺と雑念が邪魔になったのであろうか、ややも体勢を崩して着地する。
一気に迫った、眼前のモルドフ二機との間にある微妙な距離の間合いから察すると
本来であれば、さらに懐に近い距離まで足を踏み入れたはずだ。

「大丈夫だよ、エルマー……エルマーは何も悪くないんだよ。
 ちょっとびっくりしたけど、ちゃんとわたしもついていけるから!」

普段とは異なる感覚の連続ではあるが、元々常人よりも身体能力の高いネネコだ。
高速移動の中での視界の変化にも、短い期間の間に対応出来るであろう。

エルマーの俊敏な動きに驚いたのはネネコだけではない。
接近されたモルドフの操縦士達からすれば、並の比ではなかったはずだ。

『!?……こっちに来た!?』
『げ、迎撃を……!』

条件反射でバズーカ砲を構えてしまう。
しかし、もはや砲弾が発射される暇を与える事もない。

「さっきのエルマーの戦い方、全部が間違ってたわけじゃないんだよ」

定まらずに揺れる照準の四角い枠の中で、迫るエルマーが巨大化したように映る。
中途半端な距離を嫌い、一気に距離を詰められたのだ。

エルマーが地盤を蹴り、勢いを殺す事無く右補助腕のバズーカを吹き飛ばす。
補助腕との接合部であるロックごと、バズーカは後方へと転がっていく。
四足先にはもう一機のモルドフが構えている。

着地した左脚を軸にすると並行を描いて真っ直ぐに跳び、
やはり狙われたバズーカ砲に右甲、転じて反転したエルマーの踵が重なる。

地面目掛けて衝撃を受けたバズーカ砲が叩きつけられ、破片が周囲に飛び散る。
これで二機のモルドフの無力化は完了だ。

「攻撃する術を無くしちゃえば、戦えなくなるのと同じなんだから!」

力任せに襲われ、無残な姿を晒したエッジ機とは異なり、
直ぐ傍で直立不動となるモルドフには、接合部以外に損壊も見られない。
これ以上の武装を施していなければ、もはや危害を加えられる事は無いだろう。


しかしまだ終わったわけではない。
エルマーの死角となる位置から、襲いかかる攻撃的な意思を感じる。
バズーカ砲とは異なり、鎖のように連続して放出される弾丸が迫っていた。

「!?」

直撃を許さぬネネコの感覚が危険を察知し、エルマーは二転、三転して回避に成功する。
過ぎ去る弾道を追って相手を確かめると、鈍色に光る特装が迫ってくる。
ネネコは名称を知らないが、ゲン・バウアが構えているのは特装専用のマシン・ガンだ。

「モルドフは全機、飛空挺まで後退しろ」

ゲン・バウアを操縦しながら、バセス中佐は指示を出す。
これ以上攻撃を仕掛ける事も、破壊されるのも無駄だと判断したのだ。
兵隊員から応答が返って来るが、もはやバセス中佐の耳には届いてはいない。

目標は眼前のエルマーのみ、である。

『エッジ機を回収する。マシュウ、手を貸してくれ』
『了解』

ダグ少尉は飛空挺とは逆の方向にモルドフを走らせ、マシュウ機も続いていく。
相手の機械人も中佐の特装も、そうした動きに構う素振りも見せないようだ。
エルマーとゲン・バウアの間に緊張が走る。


バセス中佐は過去に目を通してきた資料、文献の内容を思い出してみる。
機械人とは、単一ではその能力を最大限に発揮出来ないと。
また、史上で猛威を振るった英雄達の傍らには常に機械人の姿があった事を。

「ネネコ・クローネルが機械人に影響を与えているという事か?」

ゲン・バウアが肘を曲げた姿勢で構えるマシン・ガンが火を噴いてくる。
エルマーのとの距離は一定に保たれたままだ。
円軌道を描きつつ、鉄の鎖がネネコに迫ってくる。

弾速は速く、避けづらい。
小さく捌いたのでは、連続して追い駆けて来る弾丸に捉えられてしまうであろう。

「くっ……しつっこいなあ、もう!」

接近しなければ、エルマーの拳も蹴撃も届かない。
間合いを離したままでは、一方的に撃たれるままである。非常に面白くない。

エルマーとゲン・バウアの移動速度の違いをこの状況で計る事は出来ないが、
バセス中佐の特装捌きと、マシン・ガンによる攻撃を兼ねた牽制は巧みであった。
近づこうとすれば距離を取られ、逆に相手は貪欲に距離を稼ごうとはしてこない。

「あの人、こういうのに慣れてるんだ……
 もしかして、エッジさんが言ってたもうひとり、っていうのが……」

この流れを変えたい。
ややも乱暴に前に踏み出し、弾道の内側に乗り出す事に成功したかに見えたが
発射位置を改めたゲン・バウアがさらに追撃を重ね、眼前にマシン・ガンが迫る。

「エルマーッ!シャボンを!」

エルマーは大地に踏ん張り、左腕を胸の前に突き出して広げると
掌の中心から虹色の光が溢れ出す。それはネネコが例えるようにシャボンを想像させる。

卑しくも数で攻めてくるマシン・ガンの弾丸が次々と飲み込まれていく。
その隙に、間合いを詰められた形のゲン・バウアは再び後方へと逃げていた。

「チ……やっかいな魔法を。まやかしか?
 どちらでも良いが、結局は手数に限界のあるこちらが不利だな」

一見、エルマーの攻撃と行動を押さえ込み、優位に立っているようにも見えるが
中佐が零すように、このまま打ち続ければ先に息切れを起こすのはゲン・バウアだ。
それが解るからこそ、先に手を打っておきたい。

だが、散乱したモルドフのバズーカを拾った所で効果はない。
牽制として使えるだけ、マシン・ガンの方がマシである。

再度、蟻の行列のように隙間無く放出されるマシン・ガンを噴かせて
ゲン・バウアがエルマーに迫っていた。

「シャボンを出している間は、身動きが取れなくなるというのか?
 そりゃあ、万全の防備なんて可愛げもないからな」

バセス中佐は、自身が交戦する前からエルマーの挙動ひとつひとつに注目している。
こうも冷静に構えられるものか、と感心するが自惚れているわけでもない。

「横に動いて駄目なら……エルマー、翼を!」

鉄の鎖を高速移動で逃れながら、ネネコはどうにかこの場を切り抜けたかった。
エルマーの背部に黄金の翼が形成される。
空を飛ぶ光景を、内部から見たらどうなるのか?しかし、悠長に想像する暇はない。

「飛ぶよ!空へっ!」

マシン・ガンの弾丸は飛び立つエルマーの姿を追ってくるが、
高度を上げる目標との距離が次第に広がり、飛距離で敗れる弾道が貧弱な軌跡を描く。

「飛ぶのか!空を飛んで逃げられては、元も子もない!
 ……いや、違う!?……うおおっ!?」

この戦場を如何にコントロールしようとも、離脱されては本末転倒である。
機械人から勝利を奪いたいわけではない。機械人そのものが欲しいのだ。
脛を蹴られたバセス中佐が悲鳴を挙げるが、それが油断と隙を生んだのか。

エルマーは逃げるのではなく、こちらへ向けて急降下を仕掛けてきた。
苦し紛れにマシン・ガンを構えるが、狙いの定まらない弾丸が当たるはずもない。

「潜り抜けて……そのまま止まらずに!
 ……ここで、捕まえる!びっくりさせちゃえば、どうって事ない!」
「ぐおあっ……!」

殴られたわけでも、蹴り上げられたわけでもない。
ゲン・バウアの身体を両腕で掴んだエルマーは、重力に任せて突っ込んでくる。
さながら地面に激突する勢いではあるが、エルマーが叩きつけられる事はない。

ゲン・バウアがクッションとなり、下敷きになっているのだ。
勢いと衝撃、引き摺られるダメージを一身に受け、粉塵を上げて両者が転がっていく。

「ぐ……思い切った事をする……だが、ゲン・バウアの装甲が厚くなければ……」
「このまま逃がさない!……えっ!?」

ゲン・バウアに被さった姿勢で、砂埃が落ち着く間もなくエルマーが拳を振り上げる。
だがこの好機に邪魔を挟んできたのは、緑色に光るプレートであった。

ネネコにも見覚えがある。そこには大きく【RiU:ow】と表示されていた。


もくじ / Prev Page / Next Page