ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第四章(8)
雑音に入り混じって、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
エッジ少尉が目を覚ますと、通常時であればモニタと計器の明りが灯るはずの機内も
赤い警告灯が低い音を発しながら光るのみで、閉塞的な印象を強めている。
「ム……うう、なんだ……そうか、転倒した勢いで……」
通信機から聞こえてくるのは、ダグ少尉の声だ。
寝起きに聞く声としては、最低の部類である。
だが贅沢も言っていられないであろう。外部の状態が全く把握出来ないのだ。
拡声器に向かって返事をするのも億劫だ。
ハッチの開閉機すら損壊していては天を呪うが、状態はそこまで悪くないらしい。
一度、歪が悲鳴を挙げたようだが隙間から陽の光が差し込み、外の景色が広がっていく。
ダグ少尉も機体のハッチを展開し、上体を乗り上げて同僚の様子を確かめる。
「怪我はないようだな……モルドフはもう使えないか」
「ああ……無様なもんだな」
ハッチに当たる部分も含め、腹部の陥没は想像以上に酷い。
四本の腕部の外側に当たる、補助腕の損傷も激しい。
これが自身の腕だったら、と考えると恐ろしいが、幸いにも身体に異常は見られない。
「状況はどうなってる……ネネコは?」
「バセス中佐がゲン・バウアで交戦中だ。
モルドフ部隊は飛空挺に帰還するよう指示が出ている。俺達も戻るぞ」
「なんだと……ゲン・バウアで?」
エッジ少尉はダグ機の背部に足をかけ、マシュウ機共々飛空挺へと戻る。
戦場を避けるように迂回するが、エルマーとゲン・バウアの様子は肉眼でも確認出来た。
特装を容易く振り回すエルマーの腕力を思い出すと、勝負になるとは考えられないが。
ゲン・バウアの機内では、突如モニタに現れた文字列にバセス中佐が困惑している。
耳を裂くけたたましい警告音は既に切った後だが、非常を知らせる警告灯は戻らない。
赤い照明の中では、モニタの表示のみならず自身の身体も同様に染まっていた。
「これは……エイ・シイ・ドライブ!?
……起動するのか?機体が倒れたからと……そんな簡単な事で起動はすまい?」
試運転の最中でも、一度も起動する事のなかった機能である。
ミドレィ公は何かを知っている素振りではあったが、追求するべきであっただろうか。
しかしこの非常時に、今更思考を巡らせても無駄な話だ。
それよりも、このエイ・シイ・ドライブの起動により何が起こるのかが問題だ。
バセス中佐が知る由もないが、酷似した事態がエルマーの中でも起こっていた。
「【RiU:ow】……どうしてリウ・オゥの文字が……?
リウ・オゥが何処かにいるの?だけど、こんな時に反応したら!」
エルマーが動けなくなってしまうのではないか?
眼前には、いやエルマーの真下には覆い被さる形でゲン・バウアが下敷きになっている。
体当たりの衝撃でマシン・ガンは手放したようだが、無防備になるわけにはいかない。
「エルマー!エルマー、動けるの……なんでもいいから、反応して!」
ネネコの声に反応したのか、ゲン・バウアを逃さぬ範囲で人差し指と中指が開いた。
断言は出来ないが、動く事は可能であるようだ。
では、リウ・オゥは何処なのか。反応しただけで、近くにはいないのかもしれない。
ゲン・バウアは人型ではあるが、人間のように鼻や口があるわけではない。
だが大凡眼部に当たるであろう部位に、鈍い動きで赤い光が灯った。
ネネコが変化に気がつくが、我に返った時にはエルマーの右腕を掴まれていた。
「!……ううっ!?」
ゲン・バウアの左掌がエルマーの右腕を圧迫してくる。
握り潰さん限りの力が加わり、どうした事かネネコの右腕にも痛みが走ってくる。
残された左腕で振り解こうと試みるが、ゲン・バウアの右掌が首元まで伸びてきた。
右腕、そして首を絞められる状態に陥った。
ネネコは腕だけではなく、首を絞められて意識が遠のきそうになる。
エルマーが受けるダメージは、直接ネネコへと降りかかってくるという事なのか。
「ぐ!……ぐう、ううう……!」
ゲン・バウアの上体が起き始める。
エルマーの腕を離した左掌は脇腹を抱え、巨体を物ともせず投げ飛ばしてしまった。
背中から落ちたエルマーの衝撃は、やはりネネコの身体に伝わってくる。
「がっ!?……ぐ、げほっげほ……ぐ、うう……」
「なんだ……機械人を投げ飛ばした?
……私は何もしていないぞ!それに、この力……うおおっ!?」
事態を飲み込めないのは、攻撃を仕掛けているはずのバセス中佐も同じであった。
エイ・シイ・ドライブの起動後、中佐は何も操作していないのだ。
ゲン・バウアは指示を待たず、勝手に動き出しているという事である。
操縦士の意思など顧みる事もなく、ゲン・バウアは次の行動を起こす。
離れたエルマーに向かって突撃を始めたのだ。
急激な速度で接近を始めるゲン・バウアに引っ張られ、バセス中佐は悲鳴を挙げる。
「!……エルマー、立って!来るよ!」
ゲン・バウアは拳を獣のように広げて飛び掛ってくるが、身体を翻して危機を脱する。
迷っている暇はないのだ。エルマーは態勢を整え、攻撃に転ずる。
「この……急に元気になったって!」
エルマーの左が伸び、引く間もなく右が重なる。
ゲン・バウアは直撃を受けるが、そのまま見逃される事もなく蹴りを浴びて仰け反った。
「まだ!次を待つ事なんてない!手を止めないで!」
大きく後退するゲン・バウアを追い掛け、腹部に強烈な一撃を見舞う。
上体が折れた所にすかさず横薙ぎの蹴りを合わせ、一度距離を置く。
相手の異常さに気がついたのだ。恐ろしいまでに、ゲン・バウアの身体が硬い。
最初にワン・ツーを重ねた時の手応えから違和感を抱いていたのではあるが、
おそらくはエルマーの拳を受けても、機体へのダメージはほぼ皆無であろう。
だからこそ、機内に人間が乗っていると解っていても腹部に拳を直撃させたのだが。
「むう……なんだ、これは……?」
やはりバセス中佐も違和感を抱いているが、その理由は異なっていた。
急接近した時に、降り掛かるであろう負荷を一切感じなかったのだ。
ゲン・バウアはモルドフと比較するとパワーも速度も比較にならない程である。
エルマーと交戦していた最中にも、内蔵を圧迫される強烈な負荷に苦しんでいた。
マシン・ガンを斉射した時の振動でさえ、機体を通じて内部まで伝わってくる。
しかしどうした事か。
機械人に殴られようが蹴られようが、視界が揺れる事はあれど衝撃に襲われる事はない。
「効かない……効いていないのか……?」
考えれば、エルマーに搭乗しているであろうネネコに関しても不可解だ。
高速で移動し、空を飛ぶ事さえしているのだ。
軍人のように訓練を受けていない子供が、負荷に耐えられるものなのか?
混乱するバセス中佐が思考を巡らす間に、再度ゲン・バウアがエルマーに迫る。
中佐は手元を確認する。操縦桿に添えた指は、一切動かしていないのだ。
「来る……エルマー!」
ゲン・バウアの拳が伸びる。
鋭く風を切り裂いてくるが、ネネコに捉えられないわけではない。
避けるだけでは済まさず、勢いに乗った相手にタイミングを合わせて反撃に転ずる。
エルマーの拳は直撃しているのだ。
だが、やはり鈍い手応えだけが返って来る。
「硬い……エルマーのパンチが……」
「効かない……そうなのか、そうなんだな……」
偶然だとしても、回数を重ねれば自信へと変化を生じてくる。
ネネコは諦める様子もなく、先手を取られる前に再度腰を落とす。
相手が攻撃態勢に入っているにも関わらず、バセス中佐の口元が緩んできた。
左拳が胸部に直撃する。
何度やっても、ゲン・バウアの身体が多少揺れるだけだ。
「効かんな……」
すかさず右拳がゲン・バウアへと走るが、今度は身体で受ける事はしない。
エルマーの拳は受け止められてしまう。
ネネコに戦慄が走るが、返ってきたのは中佐の叫びとゲン・バウアの右拳だ。
「効かんのだ!」
「うあああっ!?」
ゲン・バウアの強靭な腕がエルマーを捉え、後方へと吹き飛ばす。
機械人を殴ったゲン・バウアの拳には傷ひとつない。
バズーカの砲撃を受けても微動だにしない、エルマーを殴っても無傷なのである。
モルドフで同じ事をやれば、逆に殴った側の腕部が損壊する羽目に遭うであろう。
ゲン・バウアは違った。
正面から挑んだのでは、特装で機械人に拮抗する事は無理だと判断していた。
それがどうした事か。
ただ攻撃が効かないだけではない。押し返しているのだ。
「そうか……そうなんだな……
これがゲン・バウア!エイ・シイ・ドライブの効果なのか!」
眼が血走り、歪んだ口元からは歯茎が顔を覗かせている。
突如として並外れた力を授かった者の典型的な姿なのであろうか。
常に感情を押し殺し、冷静な姿勢を崩さない亜人将校の心が黒く染まり始める。
「機械人をも抑えるか!
エイ・シイ・ドライブとは……これだけの力を見せつけるのか!」
「なに……男の人の声……?」
ネネコの頭に、バセス中佐の声が響いてくる。
強力な念波は凶暴性を伴い、エルマーが聞かせた時のような心地良さは感じられない。
この傲慢さを拭い去らなければ、心の奥まで侵食されてしまうであろう。
飛空挺船首ではミドレィ公が事の成り行きを見守っている。
その表情には落胆とも悲痛とも取れる色が浮かんでいた。
誰に聞こえるともわからぬ呟きを風に乗せ、小さく頭を振る。
「力に魅せられた人間の末路は常に変わらぬか。
その愚劣さが覚醒に向かう光明へと変貌を遂げるとなれば愛でる事も出来ようが。
ラウュ・ウーフを前に、お前さんは何を感じておるのかね……イールミュ・エル」
視線の先に映るのはエルマーか、ネネコ・クローネルか。