ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第四章(9)
エルマーの内部に響いてきた声は、たしかに男性のものとして聞こえた。
何故、何処から聞こえてきたのかという疑問は生まれて然るべきだが、
ネネコは思慮を巡らす間もなく、目の前に映るゲン・バウアに向けて応える。
「あなたは!あなた達は、どうしてエルマーを追い回したりするの!」
警告灯が密室を赤く支配する空間に、突如子供の声が飛び込んでくる。
手元の計器とモニタに目をやり、通信機が作動しているわけではない事を確かめる。
軍管轄の特装同士で扱われる周波数を相手が知っている事もなかろうが、
戦場で聞くにはあまりにも場違いな声色に対してバセス中佐は不快感を覚える。
興奮状態にある彼はモニタを睨みつけるが、声を張り上げる姿は何処か滑稽だ。
「女児か!?……この緊張感の無さ、受け流せるものではないな!」
「あなたは誰なの……もしかして、あなたがリウ・オゥ?」
「リウ・オゥだと?知らんな。そういう貴様はネネコ・クローネルだな……知っているぞ」
「名乗った覚えはないのに」
自身も知らぬ内に探られていると感じると、愉快なものではない。
しかし、この場では些細な事で反発している場合でもないのだ。
「リウ・オゥじゃないのなら、相手をする必要もないよ……エルマー!」
「聞こえてるんだよ!」
ネネコはエルマーと呼吸を合わせて離脱を試みるが、ゲン・バウアにも筒抜けだ。
地盤を蹴り上げてゲン・バウアが迫るが、寸分の所で翼を広げたエルマーが逃げる。
空を飛ばれてしまっては、追い駆けようもないと思えるのだが。
「危険な人……このまま逃げよう、東の空へ!」
「逃げられる!?なんと間抜けな事か……殴られてばかりでいいのか、ゲン・バウア!」
距離を離そうとするエルマーを上空に見上げ、直立不動となるゲン・バウアは
突如粉塵を巻き上げ、鈍重な機体を自ら持ち上げてみせた。
宙を舞うのは、エルマーだけではないという事だ。
穏やかでないのはバセス中佐だ。
ゲン・バウアが浮遊を始め、慣れない形で視界が変化していく。
「おお……なんだ、飛ぶのか?飛ぶなら飛べ、捕まえろ!」
「追い駆けてくる?エルマー!」
だらしなく両腕を垂れ下げたままの格好で、ロケットが如くゲン・バウアが突撃してくる。
飛べないものだと片づけていたわけではないが、ネネコは不意を突かれる形となった。
動きは速い。態勢を整える間もなく、互いの拳が届く間合いまで詰められる。
「来た!なんなの……逃げられない!」
「逃がすものか!何度でも言うぞ……機械人をこちらによこせ!」
「だから、エルマーをどうしようっていうの?」
「正しい使い方があるんだよ、機械人ってのにはな!」
「声がギンギン響いてくる……もっと落ち着いて話してよ!」
「応えてやるだけ有難いと思え、不愉快なら機械人から降りろ!」
バセス中佐のエキサイトした精神状態は、ゲン・バウアの影響下にあるためであろうか。
これがエイ・シイ・ドライブの効果であるとも考えられる。
しかし、事情を知らないネネコにとってはこのノイズは耐えられるものではない。
「エルマーを物扱いして!使うなんて、いやらしい言い方!」
「物じゃないなら何だと言う?名前などつけて満足して、ペット扱いしている貴様が!」
「エルマー、殴るよ!」
話に夢中になっている中佐の隙をつき、エルマーは宙空でも巧みに翻して飛びかかる。
拳は的確にゲン・バウアを捉えるが、やはりダメージは無いのだ。
「エルマーは名前でしょう!わたしがつけたとか、そんなのじゃない!」
「兵器に名前などあるものかよ、あっても区別するための記号に過ぎん」
「兵器……エルマーが、兵器?何を言っているの?」
「知らんのなら教えてやる……機械人は人が乗って、戦争するための道具なんだよ」
「戦争?エルマーは……エルマーが、そんな事望むわけがないよ」
「望む望まないじゃないよ、笑わせるな!
首輪をつけて連れ回すのが関の山かい、だから使いこなせていないんだよ!」
「その物言いを何とかして!エルマーを何だと思ってるの!」
咆哮と共に再度エルマーが突撃するが、力無くも拳は封じられてしまう。
返ってくるのは、やはり乱暴な意思と強烈な頭突きだ。
「効かん!機械人は力だ、戦闘マシーンだ、解れ!」
「あうっ!」
攻撃を受けたのはエルマーのはずだが、ネネコの額にも鈍痛が響いてくる。
チカチカと光が遊び、意識を弄ぶが聞こえてくる中佐の声が我に帰させる。
「機械人について触れられた文献、書物は数こそ少ないが確かに存在している。
散りばめられた断片を集め、辿り、紐解いていけば歴史は遡る事が出来るんだよ」
「う、うう……だからって、エルマーは戦う事なんか……」
「言っただろう、機械に意思なんか無いんだよ!
エルマーなどと、可愛げのある名前で呼ばれるような物じゃあないのだ!」
「エルマーの事、何も知らないくせに!」
「知らないのは貴様だ!戦うのが嫌いだというのなら、この場での抵抗は何だ!」
「あなた達が追い駆けてくるからでしょう!」
ネネコは諦めない。
何度弾かれようと、受け止められようと果敢にゲン・バウアに挑んでいく。
だが悲しいかな、一切の攻撃が通用しないという事実に突き返されるのみだ。
そして、若干ではあるがエルマーの挙動が鈍くなったように感じられた。
「機械人はお友達じゃあないよ、ネネコ・クローネル……」
「もういいよ、嘘ばかりついて!そんな話するだけなら、もう聞かない!」
「機械人は戦争の道具だよ」
ネネコの頭に直接響いてくる男の声を遮りたい、黙らせたい。
絡みついて来る囁きが確かに足枷となっているのか、思う様にエルマーが動かない。
「機械人が戦争の中で、何をしたと思うかね?」
「何をって……」
「戦争だよ、やる事はひとつしかないじゃないか。人を殺したんだよ」
ネネコの身体が縛り上げられたかのように硬直する。
子供の様子を察したのであろうか、追い討ちをかけるようにバセス中佐が続ける。
「貴様の大切なエルマーは……さしずめ、人殺しかな?」
「人を……?」
彼の言葉を間に受け、疑いを持ったわけではない。
しかし四肢にまとわりつく邪念が、意識を持ち去ってしまうのだ。
ネネコの心が侵されようとした時、飛び込んできたのは異なる別の声であった。
『やめて!』
「!?」
声が聞こえてきたのは一瞬だ。
それでも、ネネコには聞き覚えのある声だ。
「エルマー……いま、お話してくれた?一瞬だけど、やめてって……言った?」
小さく頭を振り、エルマーの声を待ってみてもやはり聞こえてこない。
例え片言の一声であったとしても、それは間違いなくエルマーの意識である。
心を揺さぶられたネネコを支え、繋ぎとめるには十分過ぎるほどに力強さを生む。
「お話だと?まだそんな夢物語を口にするのかね、子供が!」
温かさと心地良さを胸に感じていたところに、またしても邪念が降りかかる。
もはや、この悪鬼の圧力を耐える理由は無い。
「負けるもんか……エルマーを傷つける人なんかに、負けるもんか!」
「傷つける?ハアッハ!負けるも何も、貴様に出来る事など……うおおっ!?」
この短い時間の間に、幾度と無く繰り返されてきた光景ではあるが、
今度はその結末が異なっていた。エルマーの拳がゲン・バウアを殴り飛ばしたのだ。
衝撃は内部のバセス中佐ごと貫き、忘れていた痛みにややも混乱する。
「殴られた……それはいいが、何故ゲン・バウアがのけぞるのだ!」
「エルマー、行けえっ!」
好機を見逃すネネコではない。
翼から幾つもの光の粒を舞い散らせ、身体と両腕を大きく揺らして追い詰めていく。
拳の強打を受ける度にゲン・バウアも左右に揺れ、翻弄されるのみだ。
「何故、何故効く……エイ・シイ・ドライブは、絶えず働いているぞ!」
「あなたなんか、空を飛べたって何も変わらないんだ!」
「意味の解らん事を言うな!調子に乗って……ぐわっ!」
「もう一度、地面に這いつくばっちゃえ!うう……あああっ!」
ゲン・バウアの両腕を封じた姿勢で、エルマーは共に地面へ向けて急降下していく。
負荷は相殺されているようだが、背中から落下する形の視界の変化に耐えられない。
バセス中佐は目を開け続けている事も出来ず、嗚咽を噛み締めて歯茎を剥き出しにする。
「ぐうう……おああっ!ゲン・バウア!俺を殺すな!」
抵抗虚しくも、ゲン・バウアとエルマーは地面に激突する。
いや、ネネコとエルマーは接地の寸前に離脱していた。
ゲン・バウアだけが投げ出され、勢いに抗う術も無く叩きつけられてしまった。
転がる鉄塊の巻き添えを受け、無残にも地表がえぐられていく。
砕ける音と舞い散る砂埃が落ち着く頃には、
残骸の向こう側にゲン・バウアがうつ伏せの姿勢で停止している事が解った。
これでは搭乗しているバセス中佐も只では済まないであろうが、そうではなかった。
塗装が剥げ、所々小さな損壊が見られたがゲン・バウアに問題は無い。
それだけではなく、内部のバセス中佐にも大きな怪我は無かったのだ。
「う、む……ぐう……無事か?どうなったのだ……ゲン・バウアが?」
理屈で理解出来るものではないが、中佐はゲン・バウアに守られたものだと感じた。
理由を述べる事は出来ないが、そう感じた事が事実なのだ。
計器やモニタも幾らかのダメージを受けたようだが、必要な情報を得るには十分であった。
「わたしやエルマーの事、酷く馬鹿にするけど……」
「声……ネネコ・クローネルか……?」
バセス中佐の意識がはっきりとしてくる。
目と耳に感覚が戻り始め、五体が働く頃にはネネコの言葉に反応する事が出来た。
「さっきからゲン・バウア、ゲン・バウアって、そればかりじゃない」
「うう、お……俺が……?」
「わたしと同じ事やっておいて気がつかないなんて、あなたはそれ以下だよ!」
「あなただと……口の利き方を知らない、だからこそ貴様は子供だ!」
「だったら、いい加減に名乗りなよ!」
ゲン・バウアはエルマーに見下ろされた形で地面に平伏している。
ネネコ・クローネルにも同じ形で侮蔑されていると解釈しても良い。
この屈辱は許せるものではない。
「俺は……バセス・チルノダだあっ!」
ゲン・バウアが上体を起こし、立ち上がる。
バセス中佐の昂ぶる感情を飲み込んでいるのか、眼部に赤い光が灯っていた。