ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第四章(10)


上体を揺らし、被った細かい瓦礫を振り解きながらゲン・バウアが立ち上がる。
緩慢な動作は何処か生物の姿を髣髴とさせ、特装特有の機械臭さを覆い隠していた。
何よりも、赤く塗り潰された眼部が忌々しい圧迫感を抱かせるのだ。

「俺がゲン・バウアを呼んだと……たしかに、呼んでいたな」

バセス中佐が不可解な独り言を漏らす。
その言葉に一抹の光を見出したのか、彼の脳裏にひとつの答えが浮かぶ。

「エルマーはあなた達の所へは行かない。バセスさんも、もうやめて」
「……やめない。貴様の言葉は、優位な立場から諦めさせようとしているように感じるな」
「そんな話じゃない!」

エルマーは腰を落とし、右腕を引きつつ左掌を前に突き出し、独特の構えを取る。
先程、部下が交戦した時にも見ていた。これはネネコ・クローネルの生きた構えだ。
柔軟な間接が伸縮を始め、動作と呼吸にリズムが生まれている。

「エイ・シイ・ドライブが発動してから、一切操縦桿を操作していない。
 にも拘らず、ゲン・バウアは俺の指示を聞いていたな……何を介して?」
「エルマーッ!」

エルマーが飛び出す。
振り絞った力を開放し、爆発的な瞬発力を生むエルマーの動きを捉えるのは難しい。
接近されたと認識された時には、すでに拳が奮われた後だった。

「おおおっ!?……グ、だがしかし、見たぞ!」
「エルマー、止まらないで!」

ゲン・バウアが態勢を整える暇を与える間もなく、小さく左を重ね、右拳で貫く。
一切の攻撃を受けつけない頑強さは影を潜め、状況は一変していた。
エルマーは身を反転させると蹴撃を見舞い、翻弄されるままゲン・バウアは後退する。

「そうか、あの光が……機械人に更なる力を与えているか!」

劣勢の中、バセス中佐が見ていたのはエルマーの身体の変化だ。
攻撃を仕掛ける瞬間、エルマーの両拳、そして脚部が緑色に光っている。
その正体まで推し量る余裕はないが、破壊力を増幅させていると見て良いだろう。

だがそれが解った所で、バランスを覆す事が叶うわけではない。
エルマーの動きは速い。

バセス中佐は沸き上がる激情を抑え、拮抗するための糸口を探す。

「バセスさんなら、解るでしょう!もうゲン・バウアじゃ勝てないって!」
「そうでもない……ゲン・バウア、防げないなら避わせ!」

ゲン・バウアは多少もたつきながらも、エルマーに追従しようと身を翻す。
容貌から感じさせる鈍重なイメージはやはり事実と異なるのか、
小さく被弾しながらも、容赦なく浴びせられる攻撃から自身を逃がす事に成功する。

「そうだ、ゲン・バウア!良い様に打たれるのは、馬鹿のやる事だぞ!」
「動きが変わった……だけど、まだ追いつける!」
「いいね、学習しろ……貴様もゲン・バウアもな!」

エルマーとゲン・バウアは交わるごとに機敏さを増し、
動きから無駄が省かれていくが、より勝手を掴んでいるのはネネコのようだ。

「そういう事か……エイ・シイ・ドライブは俺の声を聞く。
 イメージしろと言うのだな?余計な劣等感は邪魔になるか!」
「イメージ……それは、エルマーも同じ事……?」

「ネネコ・クローネル。貴様は俺に負けないと言ったな」
「言ったよ!エルマーを、好き勝手にさせたくないもん!」
「結構。だがな、俺も尻尾を巻いて逃げるつもりはない。そして……」

絶え間ないエルマーの攻撃は、休む事無くゲン・バウアを捉えようとする。
これまでの流れであれば、巧みに上体と四肢を捻って回避行動を取るゲン・バウアが
今度は様子が異なっていた。何もせず、直立不動の姿勢で微動だにしないのだ。

「貴様達の攻撃など、効かんのだ!」
「!?」

胸の奥まで振動させる衝突音が周囲に響き渡る。
ゲン・バウアはエルマーの拳を腹で受け止めた。

「ムグ……完全に相殺は出来なかったが、防いだぞ……」
「また、硬くなった……?」

「貴様も光を纏え、ゲン・バウア!
 機械人に出来て、貴様に出来ない道理もなかろう!」

バセス中佐の叫びが喚び声となったのか、ゲン・バウアの機体から赤い光が噴出する。
力強さを抱かせつつも、穏やかな緑色の光に包まれるエルマーとは異なり、
血肉を髣髴とさせるゲン・バウアの光は禍々しくも渦となって放出されていく。

「ゲン・バウアが光ってる……赤い光、オルデマスの……」
「そうだ!この姿なら……機械人にも拮抗できる、陵駕するのだ!」

赤い光は両腕に収束されていく。
イメージさせるのは、暴虐的な力だ。

「エルマーッ!」
「ゲン・バウアーッ!」

ネネコは好機を譲らせまいと、バセス中佐は状況を覆そうと大地を蹴る。
互いの拳が交錯するが、当たるわけにはいかない。
回転の速いエルマーの動作が有利とも見えるが、ゲン・バウアの一撃は重いのだ。

「スポーツじゃあないんだ。お行儀良く戦う事などないぞ!」

次第に形成されていくリズムの中で、ゲン・バウアが特異な動作を始める。
拳を解いて腹を剥き出しにすると、指を畳んではいるが張り手の様に攻撃を仕掛けてくる。
上から下から、そして袈裟の軌道を織り交ぜ、縦横に機転を利かせてエルマーに迫る。

「エルマー、集中して!捉えられたら……うわあっ!」
「鈍くなったな!掴んだぞ……吹き飛べ!」

顔面を鷲掴みにされ、視界を奪われた状態で戸惑う間に
ゲン・バウアの空いた左拳が迫り、エルマーを力任せに弾き飛ばした。

不意の攻撃を捌く事は出来ないのか、衝撃はネネコにも襲いかかってくる。

「がっ!?ぐふ、げっ……う、ぐうう……」

エルマーは投げ出されたまま、力無く仰向けに倒れ込む。
ネネコは痛みに顔を歪ませ、閉じた瞳の隙間から太陽の光が乱暴に差し込んでくる。
空から叩き落され、大地に平伏せられた先までの報復だ。

バセス中佐は溜飲を下げたのか、口の端を緩ませて嘲る。

「どうした機械人。特装のゲン・バウアに圧倒されていたのでは、入手する意味が無い。
 さあ……抵抗したまえ。力を見せつけてはどうかね?」
「エルマー……エルマー、しっかり……立ち上がって」

「ネネコ・クローネル。はやく機械人から降りろ。
 事が済めば貴様に用は無い。丸腰になったところで脳天を撃ち抜いてやる」
「簡単にそんな事を言える人に、誰が従うと思ってるの……!」
「減らず口かい?虚勢だという事は解っているのだ。諦めろ」

「諦めない!」

エルマーは両腕で大地を掴み、そのまま勢いをつけて後方に飛び退く。
開いた間合いが放置される事も無く、下がるのと同様の速さでゲン・バウアに接近する。

「まるで野良の猪だな」
「赤い光だって怖がらないで!エルマーの光の方がずっと綺麗で、輝いてるんだから!」
「なんだと……増幅する?おふうっ!」

「そんなに力が見たいのなら!」

溢れる光が両腕に凝縮され、ゲン・バウアを圧倒するための助力となる。
乱撃がバセス中佐の視界と意識ごと奪っていくが、
ゲン・バウアが反撃に転じれば間合いを離し、圏外から再度飛び込み一撃を見舞う。

焦りと動揺がゲン・バウアの鉄壁の守りに緩みをつくらせ、
隙を見逃さないエルマーは攻撃と回避を同時に行いながら追い詰めていく。

操縦席のバセス中佐の身体が毛毬同然に弾かれるようになってきた。
呼吸を満足に行う余裕さえ奪われていく。
半開きの視界がエルマーを捉えたと認識する頃には、すでに背後に回られた後だ。

「増長は……慢心は逆にゲン・バウアの足枷となったというのか!」
「ううう……!ああああっ!」
「駄目だ、追いつけない……やられる!アアッハッ!」

動作だけではなく、意識と認識までもが遅れを取り始めて翻弄される。
無意識の断片が最低限の防御をゲン・バウアに伝えているのか、
致命的なダメージからバセス中佐を守る事だけは成功しているが、それだけだ。

機械人の力を借りているとはいえ、幼い子供に手玉に取られるなどとは屈辱だ。
この期に及んで、瑣末なプライドが激情を滾らせる燃料となって押し寄せてくる。

「ウウッ!捕まえろゲン・バウアッ!機械人を俺の物とするのだ!」
「捕まらない!あなたなんかに渡したら!」
「力だ!出来なければ貴様は木偶だ!やれーっ!」

「!」

ゲン・バウアが取った挙動は、攻撃ではなかった。
空を飛んだ時と同様に両腕を力無く垂れ下げさせた姿勢で、
しかし今度はゲン・バウアを中心に赤い光が放出され、大地を走った。

その光は、上空から見れば八角の幾何学模様として見えたであろう。

「え……なに、どうしたのエルマー?」
「動きが……止まった?」

事態の変化はエルマーにも及んでいた。
ネネコから見ても、視界が不自然に硬直するのと同時に反応が無くなってしまった。
思考やイメージを動作に対して明瞭に反映させていた先までと異なり、一切動かない。

仕掛けたはずのバセス中佐でさえ、表情に疑問の色を浮かべて呆然としていた。
一呼吸置き、状況を把握しようと計器を確認すると見慣れぬ文字列が並ぶ事に気がつく。

「なんだ……スパイダー・ネット?」

蜘蛛の巣、蜘蛛の糸。
イメージさせるのは、獲物の捕縛であろうか。
モニタに目を映せば、動かなくなった機械人の姿が目に留まる。

ネネコが確認する事は叶わないであろうが、その眼部の緑色の光は消失していた。

「そうか、捕まえた……スパイダー・ネットで機械人を封じたのか!」
「エルマー、動いて!何か返事をして……どうしたの!?」
「ハハハ、ハハハハ!動けないか……封じたのだな!
 機械人を捕らえたのだ、ゲン・バウアのスパイダー・ネットで……オオッ!?」

事態はまだ収束しないようだ。
高笑いを浮かべるバセス中佐を尻目に、ゲン・バウアは行動を続ける。
エルマーに飛びかかり羽交い絞めにすると、攻撃的な衝動と衝撃を走らせる。

「!?……うあああっ!?」
「今度は何を……何をしているのだ、ゲン・バウア!」

ゲン・バウアの全身から電撃が発生し、掴んだエルマーに直接浴びせていく。
赤い稲光は空間を支配し、バセス中佐の意識をネネコの悲鳴が引き裂いていった。


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