ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第四章(11)
ゲン・バウアが発する赤い方位陣がエルマーを捕縛し、完全に封じ込める。
抵抗する力さえも失った丸腰のエルマーだが、まだ終わりではなかった。
バセス中佐の意思を汲む事も無く力を開放するゲン・バウアが電撃を放出し始めたのだ。
絶えず溢れていた緑色の発光体も姿を消し、血の色に染まる稲光に支配される。
攻撃に晒されているのはエルマーだけではなく、内部のネネコも同様である。
「ああああっ!」
機械人奪取が叶うのであれば、多少の犠牲も止むを得ずと考えていたバセス中佐だが、
突如として覚醒した不可解な力と光景、そしてネネコの絶叫を前に困惑する。
「機械人を封じるだけで十分ではないのか……この電撃は!?」
「あああ……うあああっ!」
「グ……電撃はいい!それよりも、この声を遮断しろ、ゲン・バウア!」
しかし中佐の声が届く事は無く、電撃も悲鳴も止む事はない。
警告灯に満ちた操縦席にあり、この電撃さえも同じ色であると気がついたであろうか。
「操縦桿を押せども引けども、止まらんか!
機械人は持ち帰る!解っているのか、反応しろ……応えてみせろ!」
動きを封じられ、無抵抗のまま嬲られるエルマーにネネコの声は届いているのか。
ネネコから見た、エルマーの内部の世界もすべてが血の色と化し、惨劇の様相を呈する。
身体中に激痛が走り、逃げようもないネネコには抗う術が無い。
それでも胸の中に思うのは、エルマーの無事であった。
(エルマー……エルマー!
動いて……このままじゃ、わたし達何も出来ないままやられちゃうよ……!)
エルマーの瞳から消えた緑色の光が再び灯る事はない。
ゲン・バウアに羽交い絞めにされ、電撃を受け続ける身体が小刻みに痙攣する。
だが身体の自由が利かなくなろうとも、意識まで失ったわけではなかった。
『ネ、ネコ……』
「!……エルマー、声が……!」
『ネネコ、逃げて……』
エルマーの声を受け止めたその刹那、ネネコの身体は電撃から解放されていた。
赤い景色も、耐え難い苦痛も五感から消え失せている。
ただ、身体が痺れて上手く動く事が出来ず、状況を把握する術は取り戻せなかった。
眼前にあるのは、赤茶けた剥き出しの大地であろうか。
粗く削られた小砂が口の端に滲み、塩苦い味が徐々に伝わってくる。
「う、んん……ここは……?」
言う事を利かない四肢にも次第に感覚が宿り、頭を振る程度には許されるようになる。
世界に色彩が戻り、ただ赤一点が広がる嵐が過ぎ去った事を実感する。
音を失い、静寂の地に飛ばされたものかと錯覚していたが、遠くに機械音が聞こえてくる。
「外……エルマーの中じゃない……エルマー、エルマーは?」
ネネコが倒れ込んでいたのは、エルマーの内部ではなかった。
対峙するバセス中佐も見逃していたが、電撃の直撃を食らう最中、
エルマーの背部スカートから一条の光が飛び出し、ネネコを逃がしたのだ。
腹部から乗り込んだネネコが、背部スカートから光と化して脱出する。
理解し難い道筋ではあるが、一瞬で外界に排出された本人にも実感は沸かなかった。
ネネコが危機を逃れ、必死に身体を奮い立たせつつも事態を把握しようと試みる頃には
ゲン・バウアが発するスパイダー・ネットも消え失せていた。
状況はすでに移り変わり、思う以上に時間が経過していた事が解る。
「あんな……あんなに遠くに、ゲン・バウアとエルマーが……!」
スパイダー・ネットは広範囲に渡って展開していた。
エルマーはネネコを逃がそうと、出来る限り遠くの安全な場所まで飛ばしたのだ。
しかしこの選択が吉と出るか、凶と出るか。
「エイ・シイ・ドライブが……止まった……
スパイダー・ネットも電撃も、止んだのか……俺の声を聞いたからか?」
急激に転調する流れに動揺し、戸惑っていたのはネネコだけではなかった。
警告灯は消え、操縦席内部はすでに正常な状態が戻り、落ち着いている。
ゲン・バウアがもたらした三つの赤い光も、事態の収束と共に姿を消していた。
薄暗い操縦席の中で小さく点滅する計器に目を落とすと、
バセス中佐は自分の中で溢れていた激情が、闇の中に吸い込まれていくのを見守った。
そして我に返り、軍服に汗が染みつき、膝が笑っている事を実感する。
耳に聞こえるのは、ノイズ交じりの外部からの音と、自身の荒い息づかいのみだ。
「ハア……ハア……
俺は……ゲン・バウアを操縦して、機械人を封じた……だから……」
モニタには、ただ佇むのみのエルマーが映し出されている。
動き出す様子もない。先までの激しい戦闘が遠い過去の話ではないかと感じさせる。
バセス中佐は通信機に手を伸ばすが、震える指はスイッチを押す事もままならない。
苦い自嘲が零れるが、この姿を誰かに悟られない事が幸いだ。
「オ、オズ・パッセ……聞こえているか」
『こちらオズ・パッセ。中佐、ご無事ですか。一体何が』
「余計な事は良い。ヒク、飛空挺を……飛空挺を発進させろ」
『中佐はどうされるので?』
「機械人の機能がて、停止した……このままゲン・バウアで回収する。
船挺が起動から発進までの準備が整う頃には戻っている。解ったら……早くしろ」
『了解しました』
やはり呂律が回らなかった。
冷静な判断と指示は出せていたであろうか。
通信を終えてから、ゲン・バウアの一機の馬力ではたして機械人を搬送出来るものか、
という肝心な問題に気がつくが、額を押さえて苦悶するのがやっとであった。
「ゲン・バウア、機械人を……飛空挺まで運べ」
弱々しくも、小声で命令を吐いてみせるが一切の反応がない。
特装は、操縦桿を操作して動かさなければ役には立たないのだ。
当然の事実である。
それならば、この戦闘で起こった数々の異常事態は何であったのか。
もはや答えを探す事すら億劫だと感じ、頭痛と吐き気に襲われながらも操縦桿を握る。
エルマーを抱きかかえた格好でエイ・シイ・ドライブの機能を停止し、
そしてゲン・バウアが高出力の試作機として開発されていた事が幸いした。
このまま一機で運ぶ事に問題は無さそうだ。
ホバー状態で機体が宙を滑り、徐々に速度が乗ってくる頃には負荷も発生していた。
「振動はある……腹も圧迫されるか。それが普通だ……ふふふ」
身体を投げ出して絶叫していれば、機体が勝手に動いていた状況とは異なる。
手間と負担に煩わしさを感じながらも、妙な安堵感を抱く自身がおかしかった。
飛空挺との距離を縮め、幾らか進む頃には前方に横たわる人影を見つけた。
「ネネコ・クローネルか?……いつの間に脱出していた?
……いや、もういい。考えるだけ無駄だ、そういう事なのだろう、ゲ……」
ゲン・バウアの名前を口に出そうとしたところで、
ネネコから受けた叱責を思い出してその先を発する事を躊躇する。
忌々しいものである。顔を見る事にも苛立ちを感じ、機体はそのまま横切っていく。
「エルマー……エルマーが連れさられちゃう!
追い駆けなくちゃ……寝てる場合じゃないよ、動いて、わたしの足でしょう!」
ゲン・バウアはたしかにエルマーを抱えている。
このまま見過ごしていては、ネネコにとって最悪の結末を迎える事になる。
痺れは抜けたが、意識と身体が切り離されてしまったかのような感覚は抜けない。
ネネコは太股を強く張ると、上体と視界を大きく揺らしながらも立ち上がった。
通り過ぎたばかりだと認識していたゲン・バウアはすでに小さく映っていた。
奥に佇む飛空挺の数基のプロペラは回転を始め、煩い機械音が響いてくる。
「追い駆ける……諦めるもんか!エルマーを連れていかせない!」
立ち上がって、走る。
ただそれだけの簡単な事さえも満足に出来ない自身に腹が立つが、
常人からすれば恐るべき速度の走歩でゲン・バウアの後を追い始める。
「中佐が戻るぞ」
ゲン・バウアが機械人を抱え、飛空挺まで帰還を完了した。
両機が展開する不可解な挙動と戦闘状況に翻弄されていたのは、当人達だけではない。
遠方から見守っていた、彼等軍人達にしても同じ事だ。
格納庫に機体を取りつけ、慣れた手順でゲン・バウアを固定すると中佐が顔を出す。
戦闘による疲労のためであろうか、厳格な風貌を失い別人が現れたように見える。
「モルドフは動かせるな?機械人を奥に寄せておけ」
「了解です。随分とお疲れのようですが……」
「余計な事は言うな。直ぐに発進出来るのか」
「ブリッジからの伝達では、あと一分程かかるとの事です」
直ぐにでもこの場を離れたい。
誰とも顔を合わせたくない。
バセス中佐の些細な望みすら妨害され、苛立ちは募るばかりだ。
中途半端な位置に置き去りにされたエルマーを見やり、エッジ少尉は嘆息する。
モルドフで移動を始めるダグ少尉達はどう感じているのであろうか。
抵抗はやはり無駄に終わり、結局機械人を持ち帰る羽目となってしまった。
飛空挺が大地を離れていく。
格納庫の閉口を待たずして船体は浮かび上がっていくが、兵隊員は奥へと退避した後だ。
その時、子供の声が庫内に反響して響き渡った。
「待って!エルマーを返して!連れて行かないで!」
「ネネコ・クローネル!?」
離陸した直後に船体に取りついたのであろうか、上体だけが不自然にしがみついている。
すでに開閉口は閉じかかっているのだ。このままでは挟まれてしまう。
それ以前に、いま現在船体がどれだけの高度にあるかも解らない。
「エルマーを渡すもんか……あなた達なんかに!」
「ネネコ、何をやってる!危険だ!」
「どけ……死にに来たのなら、撃ち殺してやる」
バセス中佐が構える小銃がネネコの急所に合わせて向けられる。
弾道を読むネネコに衝撃が走るが、いま手を離すわけにはいかない。
「やめろ、中佐!正気か!」
「グ!?邪魔をするか!」
銃口が火を噴き、金属製の庫内に砲音が伝わる。
エッジ少尉が咄嗟に中佐の腕を制すが、タイミングが遅かったのか弾丸は放たれた。
開閉口に跳弾が光るのと、ネネコが悲鳴と共に落下するのは同時であった。
「うわああああっ!」
宙に放り投げられたネネコの悲鳴も、閉まる庫口に遮られて消えてしまった。
ネネコ・クローネルの安否を確かめる事は叶わない。