ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第四章(12)


離陸の際にネネコに絡めて一悶着が起こったが、現在の航行に支障はない。
素行の悪い部下から受けた詰問にしても、バセス中佐の意に介する話ではないのだ。

弾丸は外れた。

しかし上昇していた高度と通過していた地点から察すれば、只では済まないであろう。
ゲン・バウアが発動した機能により、機械人を入手する事にも成功した。
それでも気分が優れないのは、降機しても尚続いている頭痛のせいかもしれない。

ひとりになったところで、嘔吐したのは船体が揺れるためではない。
鏡台に立った時、目の前に映る二日酔いの老人を髣髴とさせる姿には我ながら失望した。
はだけた軍服の上衣から覗く、圧迫された体毛は不恰好に乱れている。

エイ・シイ・ドライブの副作用だというのなら、ゲン・バウアに対して嫌悪感も抱く。
気がつけば個室の扉の前にはミドレィ公が佇んでいた。

「ずいぶんと興奮していたようだが、大丈夫かね」
「聞いていたのか?生憎といまは誰とも話をする気は無い。
 ……いや、聞きたい事がある。入れ……傍に寄れ」

内密な話をしようというのでもない。
ただ、声を張り上げる気力が沸かないのだ。頭にも響く。

「エイ・シイ・ドライブの事、知っていたな?何故話さなかった」
「話したところで信じられたかね?身を持って体験したのであろう?」
「……この頭痛はなんだ。軍研が開発したのは、マインドコントロール装置か?」

たしかに、事前に口頭で説明を受けたとしても想像の域にすら達しなかったはずだ。
操縦せずとも動作する特装。物理法則を無視した機体制御。
そして、機械人を強制封印する不可解な光の拘束力。

「エイ・シイ・ドライブとは何か、解る様に述べろ」
「その質問に対する仮説は、すでにお前さんの中で組み立てられているのではないかね」
「……」

「……対峙して……機械人と並べて比較をして、推測した事がある。
 ゲン・バウアと機械人の特性には、いくつか似通った部分があるな」
「それで?」
「ゲン・バウアは、機械人に準じる物を……模した物を開発しようとつくられたのか?」

「良い線を突くが、事情はもう少し複雑だよ」
「明確な答えを求める。
 貴様のやる事は、茶を啜るだけか?ゲン・バウアをつくったのは貴様ではないのか」
「ワシがゲン・バウアをつくったのではない。
 ただ……人よりも少し、ゲン・バウアを知っているだけだ」

この老人の話は常に要領を得ない。
露骨な含みと遠回しな物言いを挟み、聞いていて愉快なものではないのだ。

「……あれだけ欲しがっていたのに、手に入れたら興味が無くなるのかね?
 薄暗い庫内に放ったらかしにしておるようだが」
「枕元に置いて、指紋塗れにして人形遊びをしろというのか?馬鹿馬鹿しい」

決して意識の枠から放り投げたわけではなく、この頭痛に関わるものを排絶したいのだ。
本来であれば、ゲン・バウアと結びつきのある老人と話をしているのも苦痛だ。
しかしこうした時に限って、ミドレィ公は積極的に食いついてくる。

「機械人を持ち帰ったとして、その後の処遇はどうするのかね?
 中佐殿は、勲章に執着のある人間だともお見受けしないが」
「……余計なお世話だ。
 だが、用済みになった貴様とゲン・バウアはデータと共に軍研に突き返すかもな」

中佐の言葉は、皮肉ではなく本心である。
多少でも老人の気分を害する事が出来れば、と片隅に思うが、ミドレィ公は続ける。

「ゲン・バウアは、まだお前さんには必要なものだよ。そして、このワシもな」
「どういう意味だ」
「機械人を理解したいと切に願うのならば、こだわりを捨て、相手を受け入れる事だ。
 名前を秘匿し、本心を偽っている内はそれも叶わぬよ」

言いたい事を伝えて気が済んだのか、ミドレィ公は半開きになった扉から退室する。
話の筋は見えてこないが、最後の言葉が中佐の胸に引っ掛かる。

「……」

疑問と疑念、頭痛と嘔吐感が晴れる事はない。
目を閉じ、瞼の裏に映る血管の筋はゲン・バウアの警告灯を反芻させて始末が悪い。


バセス中佐が率いる部隊が駐屯基地に帰還してからは
とくに指示指令が出される事もなく、静かな時間が経過している。

要を言えば、暇を持て余しているのだ。

もっとも、この怠惰な様子はリル・ディス駐屯基地の本来の姿でもある。
地方に位置し、本土からの伝達が舞い込む機会も極端に少ない。
機械人捜索に関する任務が増え、バセス中佐が転属となる前には日常茶飯事であった。

目的の機械人を確保した後では、ピーク時の多忙さが見られないのも当然だ。
搬送された機械人は地下スペースに収納され、入禁に近い形にある。
バセス中佐を確認したものも少ない。同じ施設内にいながら、顔を合わせる機会も無い。

そうした中でも、特別な派遣が命じられる以外は待機している必要がある。
ひたすらに訓練と雑務を消化する日々が待っているのだ。

「機械人を手に入れたからっつっても、何かが劇的に変わるわけじゃなかったな。
 むしろ時間が逆行しちまったような感じだ」

基礎訓練に励む他兵隊員を尻目に、エッジ少尉は青臭い芝生に寝そべって愚痴を零す。
彼の不真面目な態度を見るのはいまに始まった事ではないが、
そうした事実もまた、少尉の言葉通りに時間が遡ったかのような錯覚を抱かせる。

「何事も無いに越した事はないだろう」
「まあ、それはそうなんだが」

少尉の小言に付き合うのは、やはりユノン大尉である。
目立った指示を受けていないのはユノン大尉にしても変わりはないが
バセス中佐と顔を合わせていない事も同様であるのは、何処かしら疑念は沸く。

しかし少尉の胸中にあるのは、そうした基地内での都合の外の事だ。

「あいつは……どうなったのかね」
「……ネネコ・クローネルか」
「中佐が撃った弾が外れたのはたしかに見たが、だからって助かる保証はねえ」

運航中の飛空挺から落ちた。
離陸し、飛行を始めてから数分後に起こった事、周辺の地形や景観から
その安否の可能性を思案はしてみたが、実際に姿を確認しなければ推測に終わる。

常識で考えれば何事もなく無事で済んだとは考えられない。

だが捜索に駆り出される事もなければ、軍人として救助に向かう事も出来ない。
助ける義理もなければ道理もなく、またそこまでの自由もない。
かといって個人的に気にならないといえば嘘になるのだ。

子供ひとりのために無駄な思案を浮かべ、葛藤に苛まれるのも不愉快ではあるが
意識の外に投げ出そうとしても、心の片隅には残っている。

「ガキのくせに無茶ばかりしやがって」
「子供だから出来るんだろう、大人には考えられない無茶でもな」
「そういう話じゃねえよ」

「言いたい事があるなら、はっきりと言ったらどうだ」

見透かされているのも当然ではあるが、普段話を摩り替えるのは大尉の方だ。
それが解ってはいても、少尉には小手先で誤魔化す器用さもない。
まして、この先口にしようとしている話の馬鹿馬鹿しさを自覚している前提がある。

それでも吐いて楽になるものなら、とエッジ少尉は口火を切った。

「……エルマーは、あいつの友達なんだと」
「エルマーが?……そうか」
「大切な友達だと……ネネコに返してやるわけには、いかないのかね」

「ネネコ・クローネルが生きている上での話か」
「そうだ。それは、そう……だ」

苦々しい話ではある。
ネネコが落下死していれば元も子もない。
それ以前に、落下した原因はエルマーを取り戻すためであり、奪ったのは彼等当人だ。

眉を寄せ、口の端を歪ませる少尉の様子にユノン大尉は小さく息を零す。

「……酷なようだが、例え無事だったとしても、もう機械人には関わらない方が良い」
「話は……解るがな」
「機械人を追う事は、つまり俺達軍人との関わりが続く事にもなる」
「拾った命に感謝して、エルマーの事は忘れろって?」

「酷だがな。常に命を危険に晒すリスクを考えれば、その方が幸福だろう」
「……あいつが、その話で納得するほど利口だとは思えないがな」
「エッジ、お前友人は数えて何人くらいいる?」

「なんだよ、唐突に」
「その友人のために、命を投げる覚悟はあるか?何故そこまで出来ると考える?」
「そりゃあ……いや、無いな。詰まる所、あいつが子供だって事なんだろう」

ユノン大尉は顎に指を沿え、二、三思考を巡らせて再度腕を組む。
自問の答えは出ないためか、妙な引っ掛かりを感じた。

「それだけだとも考えられないがな」
「じゃあ、なんだってえの?」
「それは、解らん」

エルマーはこの基地の地下で眠っている。
事情は解らないが、一切の行動を停止しているという。
飛空挺内で最後に見た時には、印象的な眼部の光が消え失せていた。

思い出せば、エルマーと交戦していたゲン・バウアに関しても不明瞭な点が多い。
知る限りは飛行可能な特殊アーマーなど存在してないはずなのだが
ゲン・バウアの機敏な挙動を思い出すと、その特異性にも疑問が浮かぶ。

そうして記憶を辿り、辿り着く事もない答えを探している内に
やはりネネコ・クローネルの最後の姿を思い出してしまうのだ。

「いっその事、抜け出して助けに行かないか?」
「こだわるな。入れ込み過ぎじゃあないのか」
「そう言うなよ。罪悪感もある……いや、罪悪感しかないんだろうな」

エッジ少尉が執着するのは、自身の救済を求める結果であるのかもしれない。
それは先の任務に配属された時から感じている事だ。

むしろ、オルデマスが炎上した時から続いている葛藤である事が事実だ。

「まあ……間抜けだ。セコい人間だとは自覚してる」
「少し走って来い。外れた道に少しでも矯正をかけたらどうだ」
「ああ、ああ……解ったよ」

少尉は乱暴に起き上がると、蟻の行列の様に整列した群集に戻っていく。
同じ軍服に身を包んだ中で、上着を着ていない彼の姿はそれでも目立っていた。

決して言葉には出さないが、ユノン大尉はエルマーとネネコを思い、頭を振った。


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