ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第四章(14)


温かな感触は、ネネコに穏やかな目覚めをもたらしていた。
肩を寄せ、空高く伸びる林緑は太陽の光を木漏れ日へと変え、強い刺激を緩和している。
横たわる背の下には枯れ葉や枯れ枝が敷き詰められ、幼い身体を守るには十分である。

「あ……」

目元から耳筋にかけて、濡れた感触がある。涙を流していた。
涙の跡を辿り、身体の感覚を確かめてみると周囲の環境が良く伝わってくる。
草木が揺れ、小鳥がさえずり、水が流れる音が聞こえる。川辺の傍にいるのであろうか。

夢を見ていたのだ。

懐かしい、故郷の夢。
ネネコにとって大切な人達、そして思い出。
しかし、ただ夢と呼ぶには不思議な現実感があり、また辻褄が合わないとも感じる。

ネネコは赤子の頃に、生死を彷徨うほどの奇病を患っていたと聞く。
だがそれは自身の記憶に残る事もないほど、物心がつく前の話だ。
それでも夢の中で聞いた会話を繰り返し思い出すと、過去の出来事と重なり合っていく。

夢は夢でしかないのかもしれないが、ひとつだけ変えがたい結晶を見つけた。
それは、緑色に輝く光の粒達。

「エルマー……あうっ!」

バネ仕掛けの様にネネコは上体を起こすが、同時に身体に走った激痛に顔を顰める。
あまりの苦痛に反動が生まれ、再度仰向けの姿勢で横たわる事となる。

右足の骨が折れていた。
身体の信号を辿り、状態を知ると如実に鈍痛と吐き気が意識の奥まで立ち昇ってくる。
抗う事も出来ず口の端から嗚咽が漏れ、奥歯を噛み締めるがそれだけではないようだ。

目が覚めた時にも感じた、温かい感触。
固く絞った瞳を開き、目線を変えようとすると何物かが頬に寄せてきた。

反射的に身体を硬直させるが、決して恐怖の対象ではなかった。

「え?あ……不死怪鳥の赤ちゃん?」

長い嘴と眼部の周囲に蓄えた細かい体毛が、柔らかな刺激となってネネコに伝わる。
ネネコが警戒を解いた事が解るのか、不死怪鳥は喉の奥を鳴らしてみせた。

不死怪鳥は嘴で翼の一端をついばむと、鈍い音と共に羽根を紡ぐ。
羽根がネネコの右足の上に添われると、淡い桜色の光を発し始める。
温かな感触の正体は、この羽根の光であったのだ。

良く見れば、身体の所々やネネコの周囲に、紡がれた羽根が散乱している。

「あったかい……もしかして、あなたが助けてくれたの?」

不死怪鳥には不老不死をもたらす特殊な力がある、という伝承を聞いた事があるが
こうした治癒の能力こそが、神秘性を人々に伝える原点となっているのかもしれない。
豊かな飾り尾の付け根には、血が滲んだ跡がある。

オルデマスで出会った不死怪鳥と同一と見て良さそうだが、群れには帰らなかったのか。

夢の中の出来事とも次第につながりを帯びてくる。
この温かさは、エルマーの緑色の光とも良く似ている。
不死怪鳥の献身的な治癒の光が、ネネコの夢を救っていたのかもしれない。

しかし、ただそれだけだとも思えないのだ。

歳月が経過し、言葉を覚え、文字を読み書きして顔つきも変わってきた頃に聞いた話だが
奇病の原因は詰まる所解らず、完治する見込みは絶望的であったという。
快方に向かい、奇病を克服して心身ともに豊かに成長した理由は解らなかったのだと。

だからと、夢の中で見たエルマーの光が救ってくれたのだと理解するのには単純過ぎる。
それでも、エルマーと出会ってからの体験のひとつひとつを思い出すと
遺跡での意識を吸い込まれるような感覚と、緑光輝に触れた時の懐かしさは力を帯びる。

リル・ディスを訪れ、オルデマスを探検していた日々の茫洋感は何であったのか。
エルマーに抱きしめられた時の、緑光輝に包まれた時の一体感は?

エルマーの声が意識の奥に染み渡る時の安堵感は一体何なのか?

「エルマー……あなたは」

ネネコは小さい手の平を開き、見つめ、また閉じてみる。
胸に手を添え、瞳を閉じると鼓動が伝わってくる。脈打っている。

「ずっと……わたしを守ってくれていた?」

すでに理屈ではなかった。
感情の昂ぶりと共に、涙が溢れてくる。目を開いても涙は止まらない。
胸に当てた手の平にはより鼓動が感じられ、力強く叩いてくるのだ。

「わたしが赤ちゃんの頃から、ずっと見守ってくれていた?
 大きくなって、エルマーに会いに行けるように元気になるまで待ってくれていたの?
 ずっと……わたしを呼んでいたのは、あなたなの……エルマー」

理解とも憶測とも、願望とも異なる。
実感であった。

離れ離れでいる間は、ネネコとエルマーはただ半分に過ぎないのだと。

「これでお別れなんて悲し過ぎるよ。助けなくちゃ……迎えに行かなくちゃ」

生まれるのは、確固たる決意だ。
次第に置かれた環境、状況にも意識が行き届いていく。

幹の細い木々が立ち並ぶ奥には、赤茶けた岩壁が剥き出しの肌を見せている。
林は背を高くして成長しているが、岩壁自体はその頭上まで伸びている。
おそらくは、そのさらに上空から落下したのだ。木々が緩衝材となったのかもしれない。

周囲の草木や黒い土は湿り気を帯び、苔臭さを混ぜて鼻に伝わってくる。
音を辿っても察しがつくように、やはり川辺の直ぐ傍なのだ。

こうして冷静に五感を済ませて集中出来るのは、不死怪鳥が助けてくれているからだ。
ゲン・バウアとの戦闘で負った怪我も、電撃による衝撃も身体から抜けている。
折れた足が訴えてくる激痛も、意識の外に消えていくほどに緩和されてきた。

「ありがとう。もう痛くないよ」

ネネコが手を伸ばして胸を撫でると、不死怪鳥も喉を鳴らして頬を寄せてくる。
淡い桜色の光が、次第にその色を弱めていく。

『ネネコ』
「えっ……!?」

突然、声が聞こえてきた。
エルマーの意識とも良く似ているが、感触が異なっていた。

『ネネコとエルマーは、前にわたしを助けてくれたでしょう。その恩返しだよ』
「あなたがお話してるの……やっぱり、オルデマスで出会った赤ちゃんだったんだ」
『そうだよ。わたし、嬉しかったんだ……だから、ネネコの力になってあげるの』

「力に?どういう意味なの」
『迎えに行くんでしょう?わたしが連れて行ってあげる。
 ネネコならわたしの背中に乗れるよ。空を飛べば、直ぐに辿り着けるよ』

たしかに、不死怪鳥の赤子とはいえ人間の子供と比べれば体躯の差はある。
元々、軍の基地の正確な場所は知らない上に、地図を含めた荷物はエルマーの中だ。

『その代わりに、救って欲しい人がいるの』
「救って欲しい人……エルマーじゃなくて、他にも誰かいるの?」
『それは……ネネコ自身が確かめて』

誰の事かは検討がつかないが、エルマーの下へと急ぎたい。
もう一度会って、一緒に帰りたいのだ。
不死怪鳥の赤子が力になると言うのなら、喜んでこの申し出を受けたい。

「解った。わたしに出来る事があるなら、やれる事を精一杯やってみるよ」
『ありがとう、ネネコ』
「お礼を言うのは、わたしの方だよ。えっと……お名前は、何ていうの?」
『わたしは……わたしの名前は、モ・パティ』

モ・パティが翼を広げてネネコを招き入れる。
赤子の不死怪鳥は色調も単一ではあるが、成鳥となれば彩り豊かに変わるであろう。
ネネコは足に添えられた羽根をつまみ、衣服の下に隠し入れると柔らかな背に乗る。

エルマーを迎えに行く。
どれだけの危機と危険が待ち受けていようと、もはや躊躇いが生まれる事はなかった。


駐屯基地の地下に設けられたスペースには、機械人が封印されている。
ゲン・バウアを用いて確保に成功した時から、一切微動だにせず無反応である。
余計な照明を落とし、暖色の灯りがぼんやりと視界を助ける中にバセス中佐がいた。

純白の透明感を持つエルマーの身体も、いまはセピアの灯りと同一化している。
その機械人を見上げ、バセス中佐は何をするわけでもなく佇んでいた。

「ここのところ、研究熱心なようだのう」

背後からミドレィ公に声をかけられるが、いまさら驚きはしない。
むしろ、この老人が現れるのを待っていたのかもしれない。

バセス中佐は機械人封印後から、部下の前にも姿を見せず個室に閉じこもり、
機械人に関する資料の端から端へと目を通し続ける作業を続けていた。
そして陽が沈み、夜闇が静寂を誘ってくるとこうして地下のエルマーの姿を確認しに来る。

その行動に意味があるのか否かは、中佐本人にしか解らない事であろう。

「……俺は、機械人とは何なのかを知りたい。
 ミドレィ公、貴様が只の助言役ではない事は解っている。かといって何者かは知らんが」
「ワシとゲン・バウアを一向に突き返さない様子からしても、本気だという事は解るよ」
「頼む。教えてくれ……機械人とは一体何だ」

「お前さんはあくまでも、機械人が戦闘兵器だと言い張るのかね」
「違うというのならば、考えを改めよう」
「殊勝だのう……しかし、それならばまず、その呼び方から改めねばならんな」

「呼び方……?」
「機械人という呼び方は、お前さん達が勝手にそう呼んでおるだけだ」
「しかし過去から残された印跡には機械人と記されている……何百年も前からだ」
「事はそう、細かき話ではないのだよ」

数百年、数千年という歴史が小さい話だという。
まだ話の切り口すら開けていない今、全体像を推し量る事は出来ないが不可解だ。

「それで……正しくは、本来の呼び方は何という?」
「アス・カンタネル」

まるで聞いた事のない呼称である。
中佐のデスクに山の様に積まれた文献、書物にもそうした記述は一切見られなかった。
彼の意識を見透かしたのか、ミドレィ公は幾重にも重ねた皺の奥の瞳を緩ませる。

「そうして、何事にも疑いを向けていてはアス・カンタネルを理解する事は出来んよ」
「ムウ……話の続きを聞かせてもらおうか」

ドルイドの老人は一度背を向けて大きく息を零すが、やがて口を開き始めた。


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