ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第四章(15)
ミドレィ公が掌を掲げると、細微な装飾が施された煌びやかな杖が浮かび上がる。
懐から取り出したとも思えぬが、紫色の光を振り撒く姿から魔法かトリックを連想させる。
中佐が驚きの表情を浮かべるが、当の老人本人は気にかける様子もない。
「イールミュ・エルの記憶を辿ってみるかね」
「イールミュ・エル……記憶だと?記録の間違いではないのか」
「……そもそも、根本的な所から思い違いをしているようだのう」
「お前さんは、アス・カンタネルの始まりをどう捉えておる?」
「古代人が創造した戦闘兵器である、という説が濃厚だと聞いているが」
「愚かな。アス・カンタネルとは、人間がつくったものではない」
「なんだと?馬鹿な事を……人間以外に、誰がつくる事が出来るのだ」
「では聞くが、人間とは誰がつくったものなのかね?
まさか、神が創造したなどとは言うまいな」
「誰が、だと……いや、そもそも何故人間と機械人を同列に並べるのだ」
ミドレィ公は、話を切り上げたい衝動にかられる。
しかしこの場でバセス中佐の話に付き合う事は、後々大きな意味を持つ事も知っている。
「アス・カンタネルは生きておる」
「なんだと……この、目の前にいる……イールミュ・エルとやらも生きていると?」
「その通りだ。それぞれが意思を持ち、魂と精神を有する生命体なのだ」
にわかには信じ難い話である。
懐疑心を持つな、受容性を高めろとは言われたが、黙って頷く事も難しい。
「……生きている、という話の根拠はあるのか」
「始まりとしての生と、終わりとしての死はアス・カンタネルにも訪れる。
それを実感するには……その目で見てみるのが早かろう」
バセス中佐とミドレィ公を取り囲む景色が一変する。
暗雲と稲光、赤い炎と黒い雲煙。家屋は倒れ、草木は焼かれ、大地はひび割れている。
二人は薄暗い地下の密室に在ったはずだが、突如として見慣れぬ場所に飛ばされた。
「!?……なんだ、ここは……ここは、何処だ」
「イールミュ・エルの記憶の断片だよ」
「記憶の断片、だと……時代は……何処の世界の話なのだ」
「イールミュ・エルが目覚める前の時代。太古の歴史、戦争の只中にある世界だよ」
バセス中佐の身体が宙に浮き、空からの視点として辺りを見渡す事が出来る。
イールミュ・エルに良く似た外見、そして体躯の巨人が両陣営に分かれ、衝突していた。
その数はひとつやふたつではない。視野を広げれば、それだけ多くの存在を確認出来る。
「機械人が……アス・カンタネルが、こんなにも存在していたのか」
「これもその一部だよ。多くの者は戦って死を迎え、ある者は人知れぬ場所に姿を消した」
「アス・カンタネルは……何故、衝突しているのだ」
「何を言うのか。彼等を操っているのは人間だよ。これは人間同士の戦争だ」
徐々に地上に向かって身体が降りていく。
距離が近くなれば、戦場の様子も良く解るようになる。
斧を持つ者、槍を持つ者。それぞれが武器を持ち、構え、振り下ろす。
傍らにはアス・カンタネルだけではなく、人間や騎馬の姿もあった。
全身を鎧で覆い、やはり武器を手に取って猛るのだ。
生身の肉体はアス・カンタネルの腕力の前に容易く吹き飛ばされ、血飛沫を上げる。
ここは町か、城塞なのか。
すでにほとんどが倒壊し、瓦礫が広がる中ではかつての姿を想像する事は難しい。
「アス・カンタネルは死ぬと……戦死すると、どうなるのだ?うおっ!?」
肩口から巨大な斧を振り下ろされたアス・カンタネルの身体が引き裂かれ、
振り切れずに鳩尾辺りで止まった獲物を乱暴に抜き捨てる。
倒れたアス・カンタネルは光の粒へと分散し、やがて消え失せてしまった。
止めを刺したのもまた、アス・カンタネルだ。
「残骸すら残さないのか……アス・カンタネルの死は……」
「頑強な肉体と特殊な能力を持つアス・カンタネルも、同士の攻撃には耐えられないのだ」
「意思を……心を持っていると言ったな?戦う事に、死ぬ事に恐怖を感じる事はないのか」
「人間と何も変わらぬよ。力と才能があろうと、弱い心を持つ事に違いはない」
「ならば何故、アス・カンタネルは人間に従う?操られているとはどういう事だ」
「人間を守るためだよ。パートナーを守護する事が、彼等の役割だからだ」
「なんと……いや、おかしい。そもそも、そのパートナーを決めるのは誰だ」
「アス・カンタネル自身だよ」
話している間にも、人が、そしてアス・カンタネルが互いの命を奪い、倒れていく。
戦場で犠牲となるのは屈強な男達だけではなく、女子供まで含まれていた。
これは民族に対する侵略戦争なのであろうか。区別、分別の容赦がない。
突如視界が変わる。
少女が何者かに追われている。
いや、視界の移り変わりから察すると追っているのはバセス中佐本人だ。
さらに正確に言えば、少女を追っている視点の持ち主と同化したというのが正しかろう。
瓦礫に足を取られ、態勢を大きく崩した少女がこちらを振り返る。
恐怖で視線は虚ろで、大粒の涙を流していた。
「や……やめろおっ!」
悲鳴を挙げたのはバセス中佐だ。
だがその叫びも虚しく、剣が少女に向けて振り下ろされる。
惨劇がバセス中佐の瞳深くに刻まれ、両の掌には現実味のある手応えがこびりつく。
「うああ……あああああっ!」
血に染まる両腕に戦慄を覚え、中佐は絶叫した。
その様子を見下ろすミドレィ公の視線の先にあるのは、イールミュ・エルだ。
バセス中佐は、イールミュ・エルに搭乗する戦士の視点となって悲劇を見ていたのだ。
「ハア……ハア……うう、う……」
「大丈夫かね、中佐殿。軍人だからと油断したが、刺激が強過ぎたか」
気がつけば、中佐と老人は元居た地下スペースの個室に戻ってきていた。
返り血を浴びていたのは自身の腕では無かったのだ。
しかし激しい動悸は収まらず、少女の最期の表情と断末魔の小さい悲鳴が心に響く。
膝をつき、頭を抱えて悶絶するが、すでに戦場の姿が視界に映らない事に安堵を覚える。
いま見たものが幻であったのだと自身に言い聞かせるが、気休めにもならないのだ。
「いま、お前さんはイールミュ・エルの心と強くリンクしていたのだ。
あの子供を斬り捨てた時、お前さんは何を感じた?その感じ方こそ、イールミュ……」
「黙れっ!やめろっ!」
罵声が狭い空間に跳ね返り、残響が鼓膜を揺らしてくる。
徐々に落ち着きを取り戻していくが、バセス中佐は立ち上がる事は出来なかった。
「すまん……少し、取り乱した……話は、良く解った」
「……もう一度聞くが、お前さんはイールミュ・エルを今後どうしようとしておる?」
「……」
「少しの間、ひとりにしてくれないか」
「……そうだな。心の整理も必要だろうて」
ミドレィ公が乾いた足音を残し、階段を上がってその場を後にする。
エルマー以外に誰もいない事を確認すると、中佐は呻き声を上げ、額を床に打ちつけた。
どれだけの時間、彼はそうしていたのか。
バセス中佐は部屋の隅に腰をおろし、エルマーを見上げていた。
背中には軍服を挟んでも冷たい感触が伝わり、全身の体毛に緊張を与えている。
エルマーはアス・カンタネルであり、心を持つ生命体である。
目の前に佇む無機質な塊を眺めていると、とてもではないが理解も納得も出来ない。
しかし、ミドレィ公と共に見た世界が夢でも幻惑でもないのだとしたら、
イールミュ・エルと共に感じた慟哭と衝撃は、一体何物であったのか。
ネネコ・クローネルの言葉を思い出す。
イールミュ・エルは、エルマーは戦う事も戦争の道具となる事も望んではいないと。
「機械人……いや、イールミュ・エルよ。聞こえているか」
やがてバセス中佐は重く閉ざした口を開き、エルマーに向けて話しかける。
擦れた声では冒頭が良く聞こえなかったが、中佐は一言一言確かめるように綴っていく。
「俺は……小国の、辺境の村に生まれた。
世界の大半が詭弁と奇麗事にまみれた温さに浸っている中で、
俺の生まれ故郷はもう何年も……何十年も、くだらない理由で争い続けているのだ。
東の領土をターク、西の領土をオルカという種族が分かれて支配し、
タークとオルカの混血である俺達は侮蔑の目を浴びながら住処を点々として生きていた。
亜人で、その上混血の俺達の血筋は、ただそれだけの理由で冷遇されていたのだ。
イールミュ・エル、貴様は初めて人を殺した時の事を覚えているかね?
俺は今でも、はっきりと覚えている。
あの引鉄は……軽かったな。相手は、母を汚した男だ。
タークとオルカの紛争が始まると、決まって俺達の村は暴力と略奪の対象となった。
それでも、大人しく従っていれば食うものに困る事は無かったんだよ。
尾を振り、地に跪けばパンの片隅程度は投げてもらえたのさ。
だが、俺はそれが気に入らなかった。
この仕打ちは、そもそも血筋によるものだ。俺が決めたわけじゃあない。
誰が好き好んで、アスケルの子供に生まれるものかよ!
そもそも、オルカの人間達だけじゃあない。
俺の先祖も、親も親戚も、この血筋すべての奴等が気に入らなかった。
抵抗する事もなく、ただ黙って奪われ、なじられるだけの負け犬どもがな。
鬱屈し、鬱憤を晴らす場所も無かった俺は、爆発するきっかけを待ち続けていたのだ。
村に駐在するオルカの間抜けから盗み取った拳銃を、俺は常に懐に隠し持っていた。
そうした中で訪れたのが、オルカの強制検問だ。
奴は意味不明な御託を並べ、出来もしない要求を突きつけると、
俺の目の前ですべてを奪っていった……すべてだ。
どれだけ憎いといっても、どれだけ惨めな生き方でも、子供の俺にはすべてだった。
だから撃ったのさ。
あっけなかった……こんなにも、あっさりしたものだとは想像しなかったな。
あの時から、俺は狂っていたのだろうよ。
いや、生まれた時から定められていたのかもしれん。
タークとオルカが言うように、卑しい血筋の人間の性なのかもしれん。
俺はすべてが憎い。
この世界も、俺を生んだ血筋も、この俺自身も、すべてが憎くて破壊してやりたい!
……貴様なら解るだろう、イールミュ・エル。
アス・カンタネルとして力を持って生まれたが故に、戦う事を強いられる。
貴様の意思など汲まれる事もなく、戦い、奪い、使い捨てられていく。
イールミュ・エル、貴様は初めて人を殺した時の事を覚えているかね?
貴様が力を持つ限り、戦いは続いていくよ。逃げられはしない。
ネネコ・クローネルの存在を、特別だと感じているのだろう?
子供は、大人になれば変わる。人の心は弱い。相手を疑う事で自身を守るのだ。
貴様の過去を知れば、心は間違いなく貴様から離れていくぞ。
何よりも、貴様のためにあの娘が戦いに巻き込まれていく。
貴様が生きているから、貴様が生きているために!犠牲になるのだ!
……逃げられはしないぞ。生まれながらに抱えた運命からはな。
貴様と俺は良く似ている。
良く似た境遇に生まれたからこそ、俺は貴様を理解する事が出来るぞ。
……俺と一緒に来い、イールミュ・エル。
孤独には一生終わりは来ない。
だからこそ、俺と共に……この世界を変えようじゃあないか」
バセス中佐の心の奥底にあるのは、憎悪だ。
他者にも自身にも断ち切る事が出来ない、大いなる矛盾を抱えた無差別の破壊衝動。
誰にも見せまいと偽り続けた黒い意思が解き放たれてしまう。
エルマーの瞳に、かすかに光が灯る。