ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第五章(1)


不死怪鳥の背に乗るネネコは日を跨ぎ、軍の基地が構える山岳地帯に辿り着いていた。
石や鉄鋼でつくられているのであろうか、山々の中にあって特異な外観を成している。
遠目に見ても、緩い放物線と鋭利な装飾を描く飛空挺が数隻、確認する事が出来た。

すでに陽は暮れかけている。
密かに潜入しようなどという目論みは初めからないが、余計な衝突は避けたい。

武器や特装を装備する軍人達を相手にするには危険が避けられないであろう。
ネネコは不死怪鳥に促し、ややも離れた林緑の陰に降り立たせた。
自身はともかくとして、不死怪鳥の赤子まで巻き込むつもりはないのだ。

「モ・パティ、ありがとう。もうここまででいいよ」
『ネネコなら、きっとエルマーを助け出せる。信じてるよ』
「うん!モ・パティも、気をつけてここから離れてね。
 それから……群れのみんなのところに戻らなくちゃ。迷子になっちゃ駄目だよ」

不死怪鳥の表情が変わるわけではないが、モ・パティは内心瞳を丸くする。
いまは自身と、エルマーの安否を思って気持ちに余裕がないのであろうに。

『……ネネコは優しいね。わたしは大丈夫。ありがとう、心配してくれて』
「ううん。それじゃあ……わたし、行ってくる」

ネネコは離れ、一度振り返って手を振ると山林の中へと消えていく。
少女の行く末を思うと不安も募るが、彼女の将来を信じたいと願う。

『わたしは大丈夫……迷子なのは、エルマーの方だよ。
 あの子の力になって、支えてあげて……それから、もうひとり』

モ・パティの姿が変わる。
翼と、長い飾り尾はその原形を留めてはいるが、二足二腕を持つ人型を形成する。
そして周囲には、桜色の光の粒を放出させるのだ。

「あなたが本当に困難に直面した時、わたし達は協力を惜しまない。
 それ以上のものを、あなたはもたらしてくれるのだから……ね、エモーザ」

精神波や意識などの類ではなく、はっきりと口から発せられる言葉を綴っていく。
その姿は何処か、エルマーと似ていたのかもしれない。


アス・カンタネルであるイールミュ・エルが封印されている地下の密室。
中佐が軍靴を響かせて狭い階段を降りていく途中、不意に背後から呼び止められる。
ミドレィ公かと誤解するが、立っていたのはユノン・マーダ大尉であった。

地下への入室は禁ずるものだと命じてある。
中佐は不快感を顕わにするが、ユノン大尉の表情からは何処か冷めたものを感じる。

「何処へ行かれるのですか、中佐」
「ユノン大尉……私に何か用かね」
「侵入者です。施設付近の監視兵から伝達を受けました」
「貴様が対処しろ。それよりも、この地下室には立ち入るなと……」

「すでに対処済みです」
「……?」

中佐の言葉を遮り、ユノン大尉は即答する。
多少横柄だと受け取れる態度を前に、中佐は違和感を抱いた。
この男は、目の前の事態を強行出来るような性分ではないと見ていたのだが。

「ならば問題はなかろう。元々、こちらにも伝達は来ていたのだ」
「もうひとつ、私は貴方に用件があるのです。バセス中佐」

ユノン大尉は抱えた冊子から一枚の書類を抜き取り、胸の前に小さく掲げてみせる。
押印された赤い跡が皇帝陛下の承認印である事は一目で解るが、
文面に目を通す間を受ける事もなく、ユノン大尉は粛々と言葉を続ける。

「オルデマス炎上の件で、貴方に越権行為の容疑がかけられています」
「越権だと?……それは貴様の物言いも同様ではないのかね。
 第一何故、私を介さず、皇帝陛下からの伝達が直接貴様の元に届いている……?」

「バセス中佐、貴方に与えられた階級と指揮権は仮ではありますが、剥奪されています」
「剥奪……?」
「駐屯基地の指揮権はすでに私に移され、貴方の身柄を拘束する様命じられています」
「拘束?馬鹿な事を。貴様は何様……いや、貴様は……何者なんだ……?」

どうにも話が上手く進み過ぎている。
オルデマスの一件は、意図的に本土への報告を行っていないにも関わらずにだ。
アス・カンタネルの確保を待ってからの伝達というのも、妙に作為的な物を感じる。

中佐の勘が部下の立ち振る舞いからも感ずるものがあり、怪訝な表情を浮かべた。
しかしユノン大尉は視線を落とす事もなく、淡々とした姿勢を崩さなかった。

「……私は本来、帝国特殊兵装軍に所属する者ではありません」
「?……何を言っている?」
「私の階級は特佐。帝国中央軍特別監査諜報部所属、ユノン・マーダ特佐です」
「特佐……特監の?」

特監の存在は知る所ではあるが、所属者と対峙するのは初めての事である。
特佐というのも通常の階級とは異なり、大佐と同等の権利の行使が認められる。
何故、この辺境の片基地に特佐レベルの人間が配属されていたのか。

「左巻きの保守派が……紛れ込んでいたとは……」
「本人を前に言う事ではないですね」
「俺が転属となる前から、本土は気づいていたのだな……上の人間達は」
「お答えする義務はありません」

薄暗い中では気配が感じられなかったがユノン大尉の後ろには黒服の男を従えていた。
大尉は言葉に感情を乗せる事もなく、彼等二人に命令を下す。

「中佐を拘束しろ。侵入者への対応もある……それまでは独房に監禁しておけ」
「了解しました」

黒服の男達は、駐屯基地に配属された兵ではないようだ。
見知らぬ顔を前に、いつの間に基地内に召致していたものかと頭を振る。
中佐が直々に機械人確保に乗り出していた間の事かもしれない。

しかし判明する事実の連続に混乱し、失意の中冷静な判断は出来ていなかったであろう。
呆然とした表情のまま、バセス中佐は連れ添われていく。


ネネコは施設構内に乗り出すが、直ぐに様子がおかしい事に気がつく。
人の気配がなく、照明らしき明りもすべて消灯されている。
難なく侵入できたのも、見張りの者がひとりとしていなかったからだ。

すでに夜闇が訪れ始めた後である。
剥き出しの鉄塔が悠然と伸び、無機質な庫倉の隙間からは冷たい風が流れて来る。
目を凝らして可能な限り遠方を注視しても、輪郭は闇に飲まれるばかりで何も見えない。

罠である事は間違いなかろう。
待ち伏せされているのだ。

見通しが悪い点ではお互いに共通しているが、ネネコにとって初めての場所である。
何処に何があるのかも解らない。エルマーを探そうとしても心当たりさえ掴めない。
ネネコは耳を澄ませ、邪魔になる足音を地面に染み込ませて足を進める。

風の流れ方が変わってきた。鋭く、力を持つ風が雲散したのを感じる。
広間に出たのだ。

すると突然、四方から強烈な明りがネネコに向けて照らされた。

「!?……まぶしい」

闇の中に順応していた瞳には刺激が強過ぎる。
庇う両腕の向こう側に注意を向けると、建物の傍には人影が見えた。
人影だけではない。何機かの特装が立ち並ぶ姿も確認出来る。

その中心に立つのはネネコにとっても顔馴染みの人物であった。

「ユノン・マーダさん……ユノン・マーダさん!」

ネネコの確信と共に、眼前に並ぶ兵隊員達の周囲の照明も点火される。
大尉の周囲には規則性を持って軍人達が浮かび、特装の数も一機や二機ではない。
四方からの明りは、彼等よりも高所からこちらに浴びせられているようだ。

「ここまで来てしまったか、ネネコ・クローネル」
「ユノンさん、エルマーは何処?エルマーに会わせて!」
「動くな!」

叫びながら駆け寄ろうとするが、張り上げる声を受けてネネコの身体が硬直する。
緊張した声色から危険を察知するが、間違いではなかった。

「ネネコ、君に対してモルドフのライフルが向けられている。
 これは脅しではない……この言葉の意味が解るな?下手に動けば発砲を命じる」

馴れ合いの対象ではないが、心の何処かでユノン大尉を味方だと捉えていただけに
予想外の態度と命令にはネネコも動揺を隠せない。
銃口を向けているというのは、眼前に横列するモルドフの話ではないようだ。

おそらくは照明の光源近く、高所からすでに狙いを定められているのではないか。
この周到さから考えると、一丁や二丁ではないであろう。
エッジ少尉からは二度、見逃されているが今度は事情が異なるのだ。

(ユーノ……一体、どうするつもりだ?フェイクではないのも解るが……)

エッジ少尉はモルドフに搭乗しているが、狙撃手ではない。
ユノン大尉の周囲の取り巻きの内の一機である。
大尉には、いざという時にエッジ少尉が発砲を躊躇する事が解っていたのだ。

「ネネコ、まずは……君が無事だった事に安心したよ」
「わたしは、あなた達と争いに来たわけじゃない……エルマーを迎えに来たの」
「こちらとしても無理を強いるつもりはない。
 だが、君とエルマーを会わせるわけにもいかないんだ」

両者が膠着状態に入り、問答を始める。
ユノン大尉の意図は解らなかったが、エルマーの姿を確認出来ない事に不安を隠せない。


(俺が転属となる前から、上層部はオルデマスに機械人がいる事を確信していたのだ。
 少なくとも、ユノン大尉をリル・ディスに送った特監の人間達にはな。
 それはいいが、機械人の発見と確保のために俺が踊らされたというのが気に入らない。

 本土で胡坐をかいている阿呆どもが、美味しい所だけ啜るというのか。

 越権、剥奪?拘束だと……。
 この俺が……この俺に対して、これ以上の屈辱はない。

 俺が亜人だからか?
 俺が亜人だから、適当に裁判をでっち上げ、罪人とし、すべてを奪うと?
 そうか、貴様等も……貴様等も同じ……やつらと同じだという事か……。

 機械人を、アス・カンタネルをくれてやるものかよ!)

移動の間、小声で何かを呟き続ける中佐の姿に異様な雰囲気を感じ取るが、
すでに錠はかけてある。独房に封じてしまえば問題もないであろう。

「バセス・チルノダ中佐。中へ」
「御苦労。君達も休み給え」
「は?……がっ!?」

振り上げた足が黒服の男の後頭部を捉え、鉄製の格子に打ちつけられて気を失う。
傍らの男が拳銃を引き抜き構えるが反転し、背で壁に抑えつけて錠の鎖を銃口に添える。
肺を圧迫され苦し紛れに発砲すると、弾丸が中佐の両腕に自由を与え拳銃を奪われる。

「ちゅ……中佐!」
「おやすみ、インテリ坊や」

バセス中佐の一連の挙動は電光石火の速さであった。
凶弾が急所を捉え、黒服の男は鈍い動作で沈み込んでいく。

「馬鹿にしてくれる……能無しにくれてやるものなど、ひとつもない」

気を失った男にも弾丸を送り、拳銃を放るとバセス中佐は踵を返す。
錠は両手首にかけられたままではあるが、一瞥すると口の端を歪ませて笑った。


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