ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第五章(4)
「いま、外ではユノンさん達がゲン・バウアと戦ってる。
ゲン・バウアの事、解るよね?すごく強くて、おっかないの……
それを、ユノンさん達はわたしとエルマーを逃がすために戦ってくれてるんだよ」
口の中が酷く乾いている。
意識して大きく唾を飲み込まないと、上手く言葉を逃がす事が出来なかった。
「戦うのは、怖い事だよね。
危ない目に遭うのも、痛い思いをするのも……大切な物が壊れちゃうのも、すごく怖い。
それに、エルマーは自分が傷つく事よりも、誰かを傷つけてしまう事が怖いんだよね」
エルマーがそう話した事があるわけではない。
予想、推測。思い込みだと言われれば反論は出来ないが、懐疑心もない。
変わらず反応を見せない姿に落胆する事もなく、ネネコはエルマーを見上げる。
「わたしもそうだよ。
力が強くて、みんなから褒められる事もあるけど、戦う事が楽しくなんかないもん。
戦わずに済むなら、みんなで仲良く過ごせるなら……それが一番だと思う」
ネネコの指の先が震えてくる。
自覚すると、例え様のない震えは足の指まで伝わってくる。
エルマーを否定するわけではない。だが、いま話したい事があるのだ。
大切な事だからこそ、伝えたいのだ。
「でもね」
上擦る声に我ながら歯痒さを感じる。
瞳を固く閉じ、歯の一本一本が確かめられるまで顎を絞めると震えも収まってきた。
「でも、力があるのなら……何か出来る事があるのなら、きっと逃げちゃいけないんだよ」
エルマーの過去は解らない。
バセス中佐やユノン大尉が言う様に、歴史の中で犯した罪も知らない。
それでも、いまの姿が正しいとも感じられなかったのだ。
「戦いたくない気持ちも解るよ。人を傷つける事、わたしもしたくない。
だけど、わたしや……誰かの大切なものを守るためには戦わなくちゃいけない時もある。
守りたくても、力がなくて、どうしても守りきれない人もたくさんいるんだよ。
だから、わたしは……わたしの力を、誰かのためにつかいたいって思うの。
もちろん、わたし自身のためにも」
ネネコ・クローネルの言葉に力が生まれてくる。
何を話そうか、何を伝えられるのか、迷う雑念は一分もない。
「わたしが知らない事、わたしが出来ない事、たくさんあるよ。
数え切れないほどにたっくさんある……だけど、困った時には誰かが助けてくれるの。
足りなくて出来た穴を、誰かが埋めてくれる。
きっとみんな、そうしてつながっているんだよ」
ネネコの声を聞くエルマーはいま、何を感じているのであろうか。
直接ネネコの心に触れ、言葉を介さずとも伝わるものがあるのかもしれない。
光を失い、閉ざされた闇の向こう側にも心はあるはずだ。
「人を殴った時に感じる、胸の中に残る痛みは……人を傷つけた事への罰なんだよ。
だけど、その痛みがあるから、人は誰かに優しくなれるんじゃないかな。
撫でて、抱っこしてもらう温かさを知っているから、人を殴らずにいられるのかな、って」
一度、ネネコが言葉に詰まる。
ひとつだけ、エルマーに告白したい事があった。
「……わたしのママは、わたしがまだ赤ちゃんの頃に死んじゃったんだけど……
どうして死んじゃったのか、初めて聞いた時にすごく怖くなったの」
その時の感情と感覚を覚えているのであろうか。
眉に皺が寄り、拳は強く握り締められる。
しかし、話す事を止めようという意思はないようだ。
「元々身体が弱くて、子供を生んで耐えられる程健康じゃなかったんだって。
その時、それはわたしのせいなのかなって思ったの。
わたしを生んだから、ママは死ななくちゃいけなかったのかな、って……
怖くて、ベッドの中に潜り込んでひとりで泣いてた。
すごくいけない事をしたんだって、ママに酷い事をしたんだ、って」
そして俯いていたネネコが顔を上げると、笑っていた。
重い言葉とは裏腹に、陰りや虚勢は見られなかった。
「だけど、パパが教えてくれたんだ。
わたしを生んでからの数ヶ月間、ママはいつもわたしを抱っこしてくれていた。
わたしの事を大好きだって……撫でてくれていたんだって……。
ネネコって名前は、ママがつけてくれたの。
ママがくれた大切なもの。身体も、名前も……ママが残していってくれたの」
エルマーの瞳に、かすかに光が灯った事にネネコは気がついたであろうか。
反応しているのだ。
「エルマー。エルマーにお願いがあるの。
辛くて、苦しくて、やり切れないなら時には逃げ出してしまったっていい。
だけど、死んでしまった人を亡霊に変えないで。
思い出を、呪いに変えてしまうのはやめて。
別れた人も、過ぎた時間も、きっといまでもエルマーの中で一緒に生きているんだよ。
いつも一緒なら、何も怖くないでしょう?
わたしはいつも、エルマーと一緒にいたい。エルマーは、わたしの大切なお友達だから」
ネネコの言葉が終わると、エルマーの身体から緑光輝の光が溢れてくる。
瞳に、そして五体に飾られた宝玉に力が戻るのだ。
黄金の翼が更なる輝きを放出させ、腹部を展開してネネコを受け入れようとする。
「エルマー……エルマーに、光が戻った……
いつもの、優しい……あったかで、緑色の光……」
『ネネコ』
「!?……エルマー?エルマーの、声……?」
確かに聞こえた。
これで何度目になるのであろうか、心の奥に染み渡ってくる穏やかな意思。
間違いなく、エルマーの声である。
『ネネコ、ありがとう。
エルマーが、ネネコの力になるよ。
エルマーが、ネネコを護る盾になる。エルマーが、ネネコを護る剣になる』
「エルマー……」
『ネネコを護るために、大切なものを護るためにエルマーが戦う。
ネネコが一緒にいてくれるなら、きっとエルマーも強くなれるから』
いままでには、例え聞こえたとしても何処か片言であったエルマーの声。
しかしこの時は、明確な意思と言葉としてネネコに伝わってきた。
エルマーの本心と真意を受け止め、感情を抑えきれずにネネコは涙を零した。
「エルマー……エルマー、ありがとう」
『エルマーに力を貸して。きっとエルマーも、ネネコを支える事が出来るから』
「うん……行こう、エルマー。ゲン・バウアを、バセスさんを止めないと」
エルマーの腹部に足をかける時、身体に触れると温かかった。
見慣れた座椅子の傍らには、愛用のリュックサックが添えられていた。
ただ何気ない、変わらぬ光景ではあるがネネコが安堵を感じるには十分であった。
軍施設の四割がすでに破壊され、強襲を受けた幾つかの特装の残骸が転がる。
機械人を隔離してある地下室から遠避ける様に命を受け、
死守する事は出来ていたが被害の規模も甚大であった。ゲン・バウアの猛攻は凄まじい。
高機動の試作機と、バセス中佐の操縦技術が皮肉にも最悪の組み合わせとなり、
駐屯基地に所属する兵隊員達が拮抗するには分が悪い相手であった。
相手の攻撃には一切の躊躇いもない。
止めを刺す事への執着は見られないが、同時に殺める事への罪悪感もないようだ。
形振り構わぬ暴虐の嵐に、エッジ少尉達は戦慄を覚えた。
「クソッ!あんたは一体、何を考えてやがる!」
『指揮官としての任を離れる事になったのでな……答辞を兼ねての卒業試験だよ。
怠惰かつ矮小な貴様達への、せめてもの愛情だと受け止めてくれ給え』
「イカれてヨれて、憂さ晴らしの破壊行為かよ!」
ゲン・バウアを駆るのは、やはりバセス・チルノダ中佐であった。
素性を秘匿する気など毛頭ないようで、通信を入れてきたのも相手が先だ。
もはやまともに活動可能な僚機も限られてきた。
『無駄口を叩く暇があるのなら、まだ余裕があるという事かね?』
「グ……!こっちは、被害を抑えにゃならねえってハンデがあるってのによ!」
自らの攻撃で基地を破壊する事などあっては本末転倒である。
対して、無差別に重火器を乱射する中佐の粗雑さには苛立ちを覚える。
かといって、静止している事も出来ない。間もなく凶弾に撃たれる事となる。
戦闘不能となった機体に後退を命じてはいるが、好機の見られない戦いに焦りを覚える。
苦汁を舐める中、通信機の向こうからユノン大尉の音声が入ってきた。
『エッジ、御苦労だったな』
「ユーノ!……だがよ、戦況はまあ、見ての通り。最悪だ」
『だろうな。オズ・パッセ、エッジ機、ダグ機以外の機体を負傷者の回収に回せ』
『了解しました』
『エッジ少尉、ダグ少尉。悪いがもう少しつき合ってもらうぞ』
「ああ……了解!」
『了解しました』
ユノン機が合流するのと同時に、何機かのモルドフが計器の枠内から離れていく。
賢明な判断ではあるが、かといって残る三機で何をするつもりなのか。
ゲン・バウアの操縦席で眼を血走らせるバセス中佐は嘲笑を浮かべた。
『これはこれは特佐殿。今度は貴様がお相手かな?』
「貴方は何を考えている!これでは軍規法にどれだけ抵触しているか解りませんよ!」
『ハハハ……そうだな、ではすべてを粉微塵にして証拠隠滅するとしようか』
「子供の駄々だ!」
モルドフ三機がゲン・バウアを取り囲む様に展開するが、抑え込むには難しい。
まずダグ機に銃口が向けられ、陣が乱されるとユノン機に切り込んでいく。
「チ……その試作機、厄介だ……!」
『そうだろう?こいつは頭痛を生む。俺にとってもジャジャ馬なんだよ!』
「意味の解らない事を!」
施設南東域にゲン・バウアを誘い込んでいくが、相手の匙ひとつでバランスが狂う。
無力化させられる事が最も望ましい事は言うまでもないが、
いまはネネコとエルマーの安全を確保する事に注力したい。
しかし、目標である西域の地下施設付近に突如眩い光が生まれ、モニタに映り込んだ。
三機のモルドフが向き直り、そしてゲン・バウアもその不可思議な現象に我を失う。
「なんだ……緑色の光?まさか……!」
『目覚めるか、イールミュ・エル……小娘なんぞを招いて、忌々しい木偶が!』
姿を現したのは、緑光輝の中で純白の肢体を浮かべるエルマーだ。
施設行路、つまり地下室の天井を四角く切り取って登場したその右腕には
自身の体躯と同程度の長さはあろうかという、煌びやかな大剣を携えていた。