ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜

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第五章(5)


座椅子の傍らに浮かび上がる球体に掌を添えると、外の景色が浮かび上がった。
薄暗い、地下室の様子だ。これで二度目とはいえ、不思議な体験である。
ネネコが顔を上げると、眼前には無機質な灰色の天井が広がっている。

「エルマーが出るには、階段は狭いね……どうしようか」

運び込まれる時には、専用の昇降口をつかって搬送されたのだが、
エルマーにはそれが煩わしいと感じられたのであろうか、他の手段を提案する。
右掌を胸の前に掲げると、緑色の光が溢れると共に巨大な剣が姿を現した。

以前に見た、虹色に広がる光のバリアと似たような力であろうか。

「剣……エルマーは、剣で戦うんだね?そうか、これで……!」

エルマーは両腕で大剣を握り締め、身体を捻って力を溜め込むと
天井目掛けて勢い良く振り上げていく。
切っ先が直に触れたわけではないが、緑光輝の帯が天井を斬り裂いた。

「ようし、これで……ユノンさん達の所へ行くよ!一気に外に出て……ええいっ!」

同じ要領で四度、五度と剣を旋回して天井を斬り崩す事に成功する。
厚い石盤が傾れ落ちてくるが、器用に切り分けたためにエルマーは無事だ。
舞い上がる粉塵の先には赤い非常灯と月明かりが顔を覗かせている。

黄金の翼から緑色の光の粒を放出させ、エルマーは飛び上がった。

「酷い……これを全部、バセスさんがやったの……?」

先まで健在であったはずの軍人達の施設は廃墟と化し、
所々から炎と煙を燻らせている。良く目を凝らせば、特装の残骸も多く見られた。

いくつかの機体が傷を負った兵隊員を抱えて、戦場から離れて来ている様だ。
その先にはユノン大尉達と、ゲン・バウアを駆るバセス中佐が対峙しているはずだ。
こうなれば、もはや戦闘を避ける事は出来ないであろう。

「大丈夫……きっと、みんな無事に助かる事が出来るから」

エルマーの瞳に光が灯る。
中にいるネネコにその表情は確かめられないが、気持ちは伝わっているはずだ。

「エルマー、行けえっ!」

ネネコの咆哮がエルマーの瞬発力を生み、夜闇を割いて突き進んでいく。
形成した大剣に戦う意思を秘め、ゲン・バウアを止めるべくエルマーが迫った。


『おいユーノ、エルマーは動けるようになったのか!?』
「いや、俺が見ていた限りはそうした様子は無かったが……しかし、こちらに接近するか」
『あの嬢ちゃんのやりそうな事だ……まったく、相変わらずだな』

エルマーが動ける様になれば、ネネコ・クローネルがこうした行動を取る事を
ユノン大尉もエッジ少尉も予測出来てはいたが、実際にやられると幾らか呆れてしまう。
しかし、何処か安心に似た感情も芽生えるのであった。

彼等が一言二言言葉を交わしている間に、エルマーは直ぐ傍まで近づいていた。

「ユノンさん!」

突然、ユノン大尉の頭にネネコと思わしき声が響いてきた。
通信機を介して伝わってきたわけではないようだ。
それにしては、音質が明瞭過ぎるのだ。そして、実感としても否定出来た。

「ネネコの声……どうやって話をしている?」
「それよりも!ゲン・バウアとは、わたしとエルマーが戦うよ!」
「何を言っているんだ!解る様に話したろう……君達は、はやく逃げなさい。
 エルマーが動けるようになったのなら、尚更だ!」

しかし、すでにネネコには迷いがない。
エルマーの助力を得て、慢心とも増長とも異なる自信が胸の奥に宿っていた。

「ユノンさん、わたしは……わたしとエルマーは、逃げないよ。
 ユノンさんが話してくれた事も解る。
 だけど、わたし達にはわたし達だからこそ出来る事があるって、信じられるの」
「ネネコ……」

『ユーノ、言い分は俺にもあるし、本末転倒だとも思うが……
 ここはひとつ、ネネコのやりたい様にやらせてみようぜ』
「エッジ、話はそう単純な事じゃあない。命がかかっているんだ」
『そうだがな……我ながら無責任だとも思うが、奴等はスペシャルだ。
 どの道、実際に両者とやり合った者として言わせて貰えば、特装じゃあどうにもならん』

ユノン機が拾っている音声の主は、エッジ少尉の様だ。
聞き覚えのある声を聞いて、ネネコに幾らかの安堵が生まれる。

「エッジさん、良かった……無事だったんだ!」
「無事じゃない奴等だっている。遊びじゃねえって事、良く解ってるな?」
「うん……あの人は、ゲン・バウアは危険だから」

三者が妙な手段で言葉を入り乱せていると、エルマーに向かって邪念が襲い掛かる。
ゲン・バウアが専用のバズーカを発射したのだ。
しかし、咄嗟に反応したネネコがエルマーに反応させると難なく回避に成功する。

「この俺を差し置いて雑談かね?つくづく馬鹿にしてくれるな、貴様は!」
「バセスさん……言葉で話しても解らないのなら、力づくでも止めるからね!」
「生意気なんだよ!どの口で言ってる!」

ゲン・バウアが乱暴にバズーカ砲を放棄すると、丸腰でエルマーに迫って来た。
火を吹く丸筒では無力である事を、先の戦闘を以って知っているのだ。

「ネネコッ!」
「ユノンさん、気持ちを裏切るような真似をしてごめんなさい。
 だけど、みんなを守りたい気持ちは、わたし達も一緒なの!」

言い終わらぬ内に、ゲン・バウアの右拳が迫って来た。
しかし、避ける事も身体で受ける事も選ばず、左掌で制止する事に成功する。

「ぬう……受け止めた!?」
「バセスさんも、ゲン・バウアも強い事は知ってる……始めから、加減なんかしない!」

エルマーがややも距離を離して間合いを取ると、剣先が当たらぬ位置から振り下ろす。
しかし、軌道に追随する光の帯がさらに広がり地面を斬り裂いた。
間一髪、縦軸の軌道を横に逃げる事で免れるが、バセス中佐は驚嘆した。

「なんだと……これもアス・カンタネルの能力だというのか!?」
「ゲン・バウアの赤い光に捕まるわけにはいかない!一気に攻めるよ!」
「赤い光……そうか、そうだったな!エイ・シイ・ドライブだ!」

バセス中佐が叫ぶと、ゲン・バウアの操縦席の照明が非常灯に切り替わると共に
計器には大きく「AC-DRIVE」とのアナウンスが表示された。
ゲン・バウアのパワーが飛躍的に上昇し、その眼部に赤い光が灯る。

すると同時期にエルマーにも変化が現れ、光のプレートには「RiU:ow」と表示された。

「え……リウ・オゥ?またどうして、こんなタイミングで!」

しかしやはり、周囲に新たな人影が現れた気配などないのだ。
東の空、そしてプレートが表示されるタイミング。
いくつかの例を顧みると、考えられる答えがひとつ、ネネコの脳裏に浮かんだ。

「まさか……リウ・オゥって、もしかして!?」
「イールミュ・エルを封じ込めるぞ!スパイダー・ネット!」
「!」

雑念が隙を生み、ゲン・バウアを中心として光が放出されるのを止められなかった。
赤い光は、周囲のモルドフを巻き込んで広がっていく。
間もなく強烈な電撃が彼等を襲う事になるであろう。何よりも停止するわけにはいかない。

「エルマー、剣でえっ!」

エルマーを包む空間に剣閃を走らせると、赤い光ごと分断させてしまう。
捕縛される事なく挙動が自由である事を確かめ、ゲン・バウアへと迫る。

「こんなの、効くもんかっ!」
「スパイダー・ネットを斬り裂いた!?ううおっ!」
「吹っ飛べーっ!」

勢いを遮断する抵抗に邪魔される事もなく、エルマーの蹴撃がゲン・バウアを捉える。
ネネコの叫びのままに後方へと吹き飛ばされ、基点を失った赤い光も消滅した。
地盤に叩きつけられたゲン・バウアは土砂を巻き上げて転がり続ける。

状況の変化をモニタと視認で追う事もままならぬユノン大尉が呆けるが、
我に返ると通信機を介してエッジ機とダグ機に指示を入れる。

「巻き添えに……足手まといにならぬ様、距離を置いて援護するぞ」
『ああ、たしかにこれは……足を引っ張る以外にないかもしれん』
『了解しました。ライフルの準備を始めます』


被害を受ける姿こそ派手ではあるが、ゲン・バウアはもとより
内部で操縦するバセス中佐の身体もやはり無傷であった。
赤い警告灯の中で何を思うのか、バセス中佐は歪んだ笑みを浮かべて言葉を吐く。

「さすがはアス・カンタネルというべきか。
 しかし、あくまでもこの俺を拒絶しようというのか……イールミュ・エル」

モニタには、宙空に浮かぶエルマーの姿が映し出されている。
計器には絶えず、エイ・シイ・ドライブの赤い文字が浮かんでいた。

「当初は起動方法すら解らなかったエイ・シイ・ドライブが、
 前回は勝手に動き出し……今回は、俺の望み通りに解放されたな、ゲン・バウア」

アス・カンタネルと二度目の交戦を開始し、
そしてミドレィ公と共に見たエルマーの記憶がバセス中佐の推論を確かな物にする。

「アス・カンタネルでも特装でもない、実に中途半端な存在だよ貴様は。
 まるで誰かみたいだなあ……誰の事かね?答えてみせろよ、ゲン・バウア」

狭い操縦席の中で膝を折ると、力任せに計器を蹴りつける。
硬質の軍靴の踵が亀裂を走らせ、バセス中佐の足に鈍痛が返ってきた。
苛立ちが増幅される一方なのか、彼は止まらずに無造作に蹴り続け、暴れ叫ぶ。

「俺の声ひとつで反応するのなら!こんなものは要らんだろう!
 計器もモニタも無線機も操縦桿も、鬱陶しい警告灯も!
 片づけろ、目障りなんだよ!聞こえているんだろう、ゲン・バウアーッ!」

踵を潰さんばかりに打ちつける足が対象を失い、不意に伸びきった腱に激痛が走る。
乱れる息と肌蹴た胸元に自意識を取り戻すと、周囲の変化に気がついた。

自身が座る座椅子以外に、そのすべてが消滅していた。

目の前には、外の空間が広がっているのである。
座椅子だけで放り出されてしまった様な状態だ。
これは奇しくも、エルマーの内部と同じ状況ではあるのだが。

「なんだ……すっきりと、見晴らしが良くなったじゃあないか、ゲン・バウア……
 何よりも、狭苦しさと赤い警告灯が失せたのが良い。あれは神経に障るのだ」

だらしなく開放された口の端からは涎が垂れてきた。
広がる空間を見渡すと、敷地内から随分と大きく蹴り飛ばされたようだ。
基地周囲の痩せ細った山林の中で徐々に落ち着きを取り戻していく。

丸く縁取る白い月に映る影は、空に浮かぶエルマーのものであろうか。


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