ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第五章(6)
ゲン・バウアは仰向けに転倒したまま静止している。
並外れた頑強さから察するに、大きな成果は見込めなかったはずだ。
しかしネネコは、相手の様子とは関係の無い事に気を取られていた。
「ゲン・バウア……あなたがリウ・オゥ?
だけど、ただ名前が違うってだけじゃあ……ないでしょうに」
エクリス語に酷似した文字で「RiU:ow」と表示されたプレート。
この文字はエルマーに刻まれた「ELM:er」との文字列とも酷似し、
またオルデマスの遺跡で多く見られた謎の言語とも良く似ていた。
関連性に注目してゲン・バウアを確かめてみると、
背丈や二腕二足の風貌がエルマーに似ていると感じられなくもない。
しかし、何故エルマーがこの文字列をネネコに伝えたいのかが解らないのだ。
「そういえば、モ・パティはエルマー以外にも助けて欲しい子がいるって言ってた。
それがリウ・オゥの事なんだとしたら……だけど、何もはっきりとしない」
互いが向き合う形で時間を取り、妙な間が生まれていた。
バセス中佐はしぶしぶとゲン・バウアの機体を起こし、
その動作と連動して視界も同様に変化する事を実感する。
「これは……なんともやりづらいが、逆に利点として活かす事も出来ようか」
頭の中でイメージした動作が、如実に反映されて視界を動かしていく。
身体を揺すり、一歩二歩と前進してみるとゲン・バウアとの一体感を自覚するのだ。
「イールミュ・エルめ……剣など、何処から出してきたのだ?
……思えば、アス・カンタネルは皆、何かしらの武器を構えていたな」
「バセスさん!」
「?……ネネコ・クローネル?なんだ、無粋だぞ」
「ゲン・バウアは、本当の名前なの?ゲン・バウアは、リウ・オゥなの?」
「はあ?何を言っているのだ、貴様は!」
ネネコの問いは直感的過ぎる行動であった。
バセス中佐にとって、話の筋と意図が見えないのも致し方あるまい。
「ゲン・バウア、突撃だ!」
「!……来る!」
いつかと同様に、ゲン・バウアは両腕を垂れ下げた姿勢で宙空に向かって突進してくる。
挙動が不自然であるために次の攻撃を読みづらいが、ネネコは正面から捉えようとする。
「避けないで!剣で、返り討ちにする!」
「大振りでは、避けてくれと言っている様なものだぞ!」
エルマーが両腕で振り被る動作を見せた時から、その剣閃を読むのは容易かった。
機体を錐揉みさせて重心をずらすと、軌道を避けて背後に回り込む。
しかし、エルマーの剣撃はまだ終わりではなかった。
空振りする勢いに乗せた状態で一回転し、横薙ぎの姿勢で二撃目に移る。
その派生はバセス中佐が想定する以上に迅速なものであった。
「エルマー、もう一度!」
「ぐううっ……後退だ!大きく避けろ!」
止む無く間合いを離さざるを得ない姿勢に追い込まれ、ゲン・バウアが至近距離を嫌がる。
しかし、剣先から逃れるだけでは駄目だ。
追随する光の帯まで考慮して下がらなければ、虚しくも斬り裂かれる羽目となる。
二度に渡って剣撃が空を切るにも関わらず、ネネコは構わず次の手を打つ。
体勢を整える暇さえ与えられないバセス中佐は追い込まれる一方だ。
「板っ布ブンブン振り回したって、大袈裟に風を切るだけなんだよ!」
「そんな事言って、一杯一杯になってるじゃない!」
「チ……図星だ!クソおっ!」
ただ刀身の直撃を避けるだけなら難しい事だとも感じなかったが、
一定しない光の帯の伸び幅にバセス中佐は苦戦してしまう。
先に見た、地盤を斬り裂く威力を見ているだけに当たるわけにはいかないのだ。
「まだ殴り合いをしてくれるだけなら、可愛げのあるものだったが……!」
「でええいっ!」
空中での戦闘に慣れていない事を言い訳にも出来ようが、
それでも全方位に開放された空間を巧みにつかい、バセス中佐は逃げ果せていた。
気になるのは、まだ一度も攻勢に転じる事が出来ないでいる状況だ。
エルマーの大剣は刃渡りが長く、大きい。
間合いを詰め、懐に飛び込もうと考えられるほどに無謀ではなかった。
「だが、必要なのは武器だ!ゲン・バウア、何かないのか!」
情報を伝える計器が無くなってしまった事を今更になって後悔する。
手元に細かく視線を泳がせてみても、やはり何も無いのだ。
エルマーの攻撃は素早く、鋭い。避けるだけでも集中力を必要とするのだ。
焦りが神経を無駄に擦り減らし、思わぬ内に隙を生んでいたのか。
エルマーが大きく斬り込んで来た。
「いまだよ!いけえっ!」
「オオオッ!?クロスだ、防げーっ!」
剣閃に当たるわけにはいかない、という大前提すら脳裏の外に抜け落ち、
バセス中佐は避けようもない攻撃を受けようと判断してしまう。
致命打と見られる剣撃が振り下ろされ、咄嗟に自身の顔を庇うバセス中佐が目を閉じる。
しかし、降り掛かると思われた激痛はいつまで経っても彼の身を襲う事はなかった。
甲高い金属の衝突音と共に、エルマーの大剣が防がれる。
ゲン・バウアの両甲から鉤爪が伸び、十字を組んで受け止めたのだ。
「!?……か、鉤爪……?」
「防がれた……エルマーッ!」
「待てえっ!逃がさん……逃がさぁん!」
渾身の一撃が中途半端な姿勢のままで防がれ、ネネコは戦慄を覚える。
ゲン・バウアの突然の反応にも驚くが、自身の急所が完全に無防備なのだ。
このタイミングでの追撃はより危険だと考え、エルマーを引かせようとする。
待ちに待った好機を軽々と見捨ててしまいたいバセス中佐でもない。
両腕に三本ずつ、計六本の鉤爪が出現した。
効果の程は解らないが、躊躇している場合でもないのだ。
「ウラァ……いぃやああっ!」
「ううううっ!」
奇声はゲン・バウアの猛撃に上乗せされ、獣の如き速度で反撃に転じる。
彼の声はネネコの頭にも直接響き、萎縮する。
あまりにも野性的な咆哮を前に怯み、止む無く防戦に追い込まれてしまう。
ゲン・バウアは執拗だ。
大振りの大剣に対して、機微かつ小回りの利く鉤爪は手数で勝る。
バセス中佐の順応力も目を見張るものがあり、縦横無尽に攻撃を選り分けた。
「エルマー、駄目……一度剣をしまって!」
「諦めたかい!いまさら白旗を上げても遅いんだよ!」
「わたし達には、まだ武器があるもん!」
エルマーの大剣が緑色の光の粒と化して雲散する。
一瞬であれ、その光景に目を奪われたのか次の行動まで予測出来なかった。
不意に両腕の鉤爪の間に飛び込んできたのは、エルマーの右拳だ。
「ふ、はっ!でやあああっ!」
「うおあっ!い、今更に……!」
ネネコにとっては、不慣れな剣術よりも格闘術の方が勝るのかもしれない。
事実、エルマーは水を得た魚の様に息を吹き返す。
しかし、剣撃が生温い程の甘さを感じさせていたわけではないのだ。
バセス中佐からすれば、冗談では済まされない。
「エルマー、光をっ!力を溜めてっ!」
構える両腕に緑光輝のオーラを纏い、ゲン・バウアの懐に飛び込んでいく。
ネネコの拳には一定のリズムがない。
その自由豊かな連続攻撃は脅威となり、バセス中佐を揺さぶってくる。
回蹴撃が両者の間合いを離すと、エルマーはすかさず大剣を形成する。
「もう一度、剣で……いけえっ!」
「ウウ……ッ!ここは防ぐぞ……受け止められるのは解ってるんだよっ!」
再度、ゲン・バウアが両の鉤爪を交差させて防御体勢を取るが
握りを固く絞るエルマーが繰り出す大剣は破壊力を大きく増していた。
バセス中佐の両腕の筋が悲鳴を挙げ、勢いを殺す事が出来ずに地面に撃ち落される。
「ギャアアーッ!」
「これで何度目……だけど、ゲン・バウアに効いたかな……?」
直撃を浴びせる回数ではネネコが圧倒的に勝っていたが、
相変わらず、その成果は思う様に感じられないのだ。
どれだけ殴ろうと、緩慢な動作で立ち上がってくるゲン・バウアは不気味である。
「うう、ム……くそ、腕が痺れる……なんというザマだ!」
痩木に直撃し、幾本かを薙ぎ倒してようやく停止したゲン・バウアが立膝で空を睨む。
鋼の肉体を持つゲン・バウアはともかく、バセス中佐は両腕の痛みに苦しんでいた。
そもそも、何故操縦者本人の腕が殴られたような衝撃を伴うのかが解らない。
「弱虫の木偶と……!生意気な小娘に、どうしてこうも遅れを取らねばならんのだ!
鉤爪があろうと、話が変わらないではないか……
パワーを上げろ、ゲン・バウア!イールミュ・エルよりも強くに、だ!」
眼部に灯る赤い光は、その全身へと伝播していく。
湯気とも見紛うゆらめきを描き、夜闇の中で業々と立ち昇るのだ。
「足りないぞ……こんなものでは、まだ足りん!
欲するのは圧倒的な勝利だ!ここまでコケにされて、引き下がれるものかよ。
プライドはないのかね、ゲン・バウア……パワー・アップだ!」
バセス中佐の激情を吸い上げ、ゲン・バウアが膨れ上がる。
それは夢想か幻惑であったのか。
しかし見紛いでも思い過ごしでもない。その肉体が禍々しくも成長していくのだ。
「ゲン・バウアが、大きくなる……?
エルマー、わたしの勘違いじゃあないよね!?」
遠方からライフルの望遠を通して戦況を監視しているユノン大尉達にも異変が伝わる。
ゲン・バウアがその形状を変貌させ、影と輪郭を巨大に映し始めていた。
『なんだ……どういう事だ、ユーノ!?』
「解らん!……ゲン・バウア、バセス中佐が増長していく?」
「そうだ、膨らめ……パワーこそすべてだ!
足りないのならこの俺から吸い出してみせろ!幾らでもくれてやるぞ!」
ゲン・バウアはただ原形を留めて膨らみ続けるわけではない。
丸みを帯びた鈍重な容貌は鋭角的なラインを形成し始め、
徐々に怪物を髣髴とさせるシルエットを築き上げていく。
牙が生え、長い尾を揺らし、両腕は奇異的に肥大化して鉤爪をぶら下げる。
バランスの取れた人型は影を潜め、肩を吊り上げた上体は前傾姿勢を取り始める。