ネネコ・クローネルの冒険記
〜緑光輝の迷い子〜
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第五章(7)
肥大化した二腕を地面に投げ出し、折り畳んだ二足と長い尾に重心をかけて虚空を睨む。
仮面に大きな亀裂が走り、鋭い鋭角を見せる顔部には何処か表情が生まれたと感じる。
口から漏れる赤い光は眼部と同じく、妖しくも危険な印象を強めていた。
その姿は、化物である。
低い唸り声に吐息を思わせる伸縮が混じり、特装としての面影は失せてしまった。
「ゲン・バウアが、変わった……?」
変貌に虚を突かれ、ネネコとエルマーは上空に静止し、無防備となっていた。
甲を地につけていたゲン・バウアは掌を返し、地盤に叩きつける。
緩慢な動作で首を垂直に上げると、深く屈伸してエルマー目掛けて飛び上がった。
飛翔ではなく、跳躍である。
「!……エルマッ」
静から動への転換に反応し切れなかったのか、エルマーは難なく捕らえられてしまう。
そしてゲン・バウアはその重量を殺す事なく、拘束した状態で共に地表に激突した。
大地が震動し、粉塵が巻き上がる。
「う、ぐ……このっ……!」
エルマーは、ゲン・バウアに圧し掛かられた姿勢だ。
あおりの視点から見る化物は、恐ろしく巨大に映る。
圧迫され、呼吸もままならぬ状態から逃げ出そうとするが、もがこうとも微動だにしない。
「ハハハ……アス・カンタネルといえども、この力には叶わないかね」
「アス・カンタネル?……エルマーから、降りてっ……!」
「俺を見捨てた、裏切った貴様は……イールミュ・エル……!」
バセス中佐が吐く言葉からは、黒く濁りきった怨念が伝わってくる。
ゲン・バウアが発する赤い吐息は、彼の心情を表すには十分であった。
かかる力が増し、エルマーの身体と巻き添えとなった林の残骸が悲鳴を上げる。
「エッジ少尉、ダグ少尉、援護する。ゲン・バウアを狙撃しろ」
『ああ、狙うなら今しかねえ!』
『了解しました』
モルドフが構える長射程のライフルは、ゲン・バウアを常に照準内に捉えていた。
効果を望むのは厳しいが、目眩ましにでも、最低でも気を取られてくれればいい。
エルマーを押さえ込むその巨体は、格好の的である。外しはしない。
砲撃音が響く頃には、弾丸は目標に直撃していた。
「むう……?」
だが、ゲン・バウアの様子に大きな変化はない。
中佐本人は後頭部と背中、右肩に針の先で突かれた様な痛みを覚えるが、それだけだ。
ゲン・バウアはエルマーを封じた姿勢のまま、首を旋回して周囲を確認する。
ライフルで撃たれた事は解る。相手は離れた位置に機体を固定しているはずだ。
意識を集中して林陰を注視すると、闇の中でもモルドフの姿を捉える事が出来た。
「まだ潜んでいたか。地を這う芋虫どもが……!」
バセス中佐が一機のモルドフに狙いを定める。
捉えられたのは、ユノン大尉が操縦する機体だ。
上体を深く屈めると、溜めた力を一気に開放して跳躍する。
興味の対象から外れたエルマーは乱暴に投げ出され、地面を転がる。
ネネコは身体が解放された事を実感するが、このままではユノン大尉達が危ない。
「そんな人形遊びで、ゲン・バウアに拮抗出来るとでも!?」
「チ……そのゲン・バウアとは、一体何なんだ……!」
「さてな……特装とアス・カンタネルの、ハーフなんじゃあないのかい!」
飛び上がったゲン・バウアは、ユノン機の眼前に着地する。
この至近距離では、ライフルはかえって役には立たない。
腰部から携帯用の専用小銃を構えさせるが、その前にゲン・バウアが補助腕に噛みつく。
「この俺を拘束すると言っていたな?そらどうした、やってみせろよ!」
モルドフが軽々と持ち上げられ、ゲン・バウアが首を回すごとに八の字に振り回される。
急激な運動に耐えられなくなった補助腕が基点から捻じ切られ、本体が宙を舞った。
内部のユノン大尉に耐えられるものではない。
直後、ゲン・バウアの尾部が真上から叩き落され、彼は気を失ってしまった。
腹部から脚部までを歪ませ、大きく損壊したモルドフに止めを刺そうと迫るが
右側頭部に再度、鋭くも小さい痛みが走った。狙撃されたのだ。
夏の虫を思わせる中途半端な横槍に、鬱陶しさを感じる。
『ユーノ!』
「黙って待ってろよ……貴様も直ぐに、同じ道を辿るんだからよお!」
瀕死の獲物を無視し、苛立ちの原因を潰そうとゲン・バウアを走らせる。
肘を突き出し、四つん這いの格好で林道を掻き割って突撃してくる。
止まるつもりはないらしい。
剥き出しの牙が勢い良く激突するかという刹那、両者の死角から邪魔が入った。
エルマーが大剣を振り上げ、ゲン・バウアを阻止したのだ。
「エッジさん、ここはわたし達に任せて!ユノンさんを!」
「ネネコ!これじゃあ、どっちが支援してるのか解らんな……!」
倒れるゲン・バウアを尻目に、エッジ少尉がモルドフを走らせる。
ユノン大尉の安否も気になるが、意識を乱れさせているわけにもいかなかった。
ゲン・バウアは、ただ転倒しただけだ。
手応えが感じられぬ中、何事もなく立ち上がろうとする姿が如実に物語る。
「……何をせっついている。焦らずとも、貴様は血祭りに上げてやるよ」
「そんな事、させるもんか!」
「『わたし達に任せろ』だと?特装もアス・カンタネルも、結果は変わらん!」
話を聞くまでもなくエルマーは大剣で斬りかかり、逆袈裟で二撃目を加える。
しかし軌跡の後にも傷ひとつつかず、再度振り下ろした時には受け止められてしまう。
「ぐ……エルマーの剣が……」
「掌に痛みが走るか。まだだ……まだ、足りんな」
異形の左腕でエルマーを弾き飛ばすと、ゲン・バウアが上体を挙げて咆哮する。
「もっとパワーを上げろ!完膚なきまでに叩きのめすのだ……
ゲン・バウア、世界を飲み込め!貴様の血肉に変えろおっ!」
ゲン・バウアがさらに巨大化する。
放出される赤い光は濁流の渦となり、草木、大地、空のすべてを巻き込んでいく。
留まる事のない変貌に圧倒されるが、ネネコが事態の異様さに注目する。
「え……何?草や木が……林が枯れていく?」
懐で、眼前で見上げるからこそ良く解る。
ゲン・バウアがその体躯を広げていくのに呼応して、周囲の草木が死んでいくのだ。
痩せ、萎れ、黒く変色するまでに命を吸い取られると、力無く朽ち果てていく。
「エルマー……エルマー、離れて!」
赤い光に触れたものから、その命を奪われていくのだ。
ゲン・バウアが巨大化する正体とは、他者の命を吸収する事にあったのか。
「エキスを奪って、大きくなるの……成長していくの、ゲン・バウアは!」
「んん?……ハハハ、そうか。そういう事か!
お前達、俺と共に来るか!ハハハハ、そうだ、来い!集まって来い!」
「やめて、バセスさん!みんなを連れて行かないで!」
赤い暴虐がその勢力を広げていくごとに、ゲン・バウアが膨らみ、山林が死んでいく。
止める事が出来なければ、このままでは全滅してしまうであろう。
惨劇の中で悲鳴を挙げるネネコの意識に、突如として声が響いてくる。
『助けて。私を止めて』
「!?」
エルマーの声ではない。
しかし、感触は良く似ていた。
胸を落ち着かせ、耳を澄ますと言葉は尚も響いてくる。
「誰……誰の声?あなたは誰?」
『私はラウュ・ウーフ。貴女がリウ・オゥと呼ぶ者』
「ラウュ・ウーフ……リウ・オゥ?何処にいるの、何処からお話しているの?」
『私の力を止めて。彼の心を止めて。このままでは、すべてがひとつになる』
「ひとつになる……?」
これまでに浮かんだ疑問、ひとつひとつが一本の糸としてつながっていくのを感じる。
リウ・オゥ、ラウュ・ウーフ。エルマーが反応していた存在、ゲン・バウア。
リウ・オゥが助けを求める声と、モ・パティから受けた願いも重なってくる。
ゲン・バウアが、この山林とひとつになっていく。
生命のエキスを吸収して、成長していくのだ。
リウ・オゥとバセス中佐を止めなければ、すべてがひとつになり、死んでいく。
『私は自身の意思で力を止める事が出来ない。ここから出して。私を解放して』
「解放……リウ・オゥを解放する?
……止めなくちゃ……やめさせないと、エルマー!」
エルマーの身体から緑光輝のオーラが噴出する。
ゲン・バウアの赤い渦と比べれば、小さくも弱々しく映るのかもしれない。
しかし、彼等に飲み込まれる事もなく、燦然と輝くのである。
「バセスさん!リウ・オゥの力を使わないで……みんなが不幸になる!」
「不幸だと?だったらこの、満たされる感覚は何だというのかね!」
「それがバセスさんだけの話だって、言っているんでしょう!」
「結構じゃあないか!素晴らしい……力を感じるぞ!」
緑色に輝く大剣が、ゲン・バウアを完全に捉える。
防御姿勢も取らず、回避行動に移る事もせず身体で受けたゲン・バウアに変化はないが
バセス中佐の身体には衝撃が走った。一瞬で消えた痛みだが、たしかに存在していた。
「なんだ……ダメージが増している?いかんな、まだ足りないというのか?」
「もう十分じゃない!」
「そうじゃあないんだよ!そうさな、だったら……目の前にあるすべてを導こうか!」
ゲン・バウアの背部が割れ、漆黒の翼が空を覆い、隠していく。
羽ばたきが空間を無造作に掻き回す中、ゲン・バウアが大空に飛び立った。
基地周囲の山林を迂回し始め、低空で飛行すれば彼等が通った道筋には何も残らない。
「そうだ、独りじゃあない。孤独を感じずに済むぞ。
この一体感は、人に希望をもたらすのだ。理想郷じゃあないか、ひとつになるのだ!」
バセス中佐が恍惚の表情で翼を広げる中で、被害と悲劇は拡大していく。
草木だけではなく、この山林で暮らす動物達や昆虫、小さな命も数多く生きているはずだ。
すべてが彼等の欲望のままに奪われ、吸い取られていくのか。
この基地には、顔を知る仲の人間達も残っている。
エルマーと共にゲン・バウアを封印しなければ、すべてを失う事になる。